第三十七話 『ゼスト・ランベルグ』
「大変お待たせいたしました、レオン・クラーベ助祭殿。私は、ミーファ公爵家よりこの街へ派遣された代官であり、このメイガスの町長を務めておりますゼスト・ランブルグと申します。どうぞお見知りおきを」
教会で親友たるレオンや御者のゴーサさんと無事に落ち合った後、俺たちはゴーサさんの馬車に揺られてメイガスの町役場へと赴いた。
本来であればレオンの護衛任務は、メイガスにおけるレオンが司祭へ昇格するための修練が終わった後、つまりメイガスを離れる日まではお役御免であったはずである。
ところが、レオンより申し出があり、俺は本日改めて護衛任務へと着くこととなった。
俺の本来の任務を知るレオンがわざわざ声を掛けてきた以上、ただの護衛任務というわけでないと考えるほうが自然だ。
案の定、道中にレオンが俺へと語った内容は、俺の本来の任務たる鉄の値上がりと前任の査察官についての調査に関わる内容であった。
「鉄はメイガスにとって重要な産物で、武具へ加工したり、そのまま売っても結構な利益が出る商品でもある。その鉄の値段が上がっていれば、この街の財政に少なくない影響を与えているはずだよね。だとしたら、町長のような財政状況の報告を受ける立場の人間がなんら把握していないなんてことはないと思うわけ」
非常に肉付きの良い、というか良すぎる体が馬車の振動に合わせてブルンブルンと揺れる。
レオンはその見た目から侮られることも多い。
ところが本人は、相手が自分に抱く印象すら計算に入れて動いているフシがある。
それが出来るだけの頭の良さってのがあるわけだ。
本来レオンが町長との会合で意識するべきは、救世教会の助祭として無難に挨拶することである。
レオンが救世教会でのし上がっていくための力として、この街の町長との強い繋がりを求めるなら、今回の挨拶では無難という印象には留まらない様、しっかりと自らと組する利益をアピールする必要がある。
つまり、レオンの用事だけを考えれば上記二つの方策のうち、どれか一つを選んで実行すればそれで仕舞であるのだ。
にもかかわらず、きちんと俺の本来の任務への影響も勘案したうえで、今日の予定に俺を同行させることを決めてくれたわけである。
一方で、俺はと言えば普段鉄を仕入れており、鉄とは切っても切れぬ関係を持つだろう鍛冶屋のブラミスと知己を得たにもかかわらず、武具だけ依頼して鉄の状況を聞きもしないという大失態……。
だってさぁ、せっかく鍛冶で有名な街に来たら自分の武具を購入したくなるってのが人情じゃない?
俺ってプライベートと仕事はきっちり分けるタイプだから!
心の中で言い訳を繰り返しながら、レオンと馬車に揺られることニ十分程度。
メイガスの町役場へと到着した俺たちは、受付と思しき場所で来訪を告げると、そのまま応接室と思しき部屋へと案内された。
部屋の真ん中にはテーブル。
両サイドには、ソファが置いてあり、その一つへとレオンは腰掛ける。
俺は表向きの任務である、護衛兵としての役割を果たすため、レオンの後方で立ったまま待機する。
メイドが運んできたお茶を啜るレオンを眺めること約十分。
部屋の扉が開き、入室してきたの人物は冒頭の挨拶を述べると、レオンとは反対のソファへと腰を下ろした。
年の頃は、おそらくゴーサさんと同年代である四十代後半から五十代といったところか。
その体躯は多少腹は出ているが、肩幅や腕にはしっかりと肉がついており、まだまだ戦場に出ても現役で暴れまわりそうな印象を受ける。
軍の最高権力者たる席を保有し続けるミーファ家から、代官として派遣されてきたとのことだが、この男もまた軍属であったのだろうか。
「お初にお目にかかります、ゼスト・ランブルグ町長。お忙しい中お時間を割いて頂き、誠にありがとうございます」
まずは無難に挨拶を交わすレオン。
そのまま、ゼストの人となりを見極めんと言葉を重ねる
「ランブルグ男爵家と言えば、軍でも有数の実力者を輩出されておられる、まさに武の名門。その名はアズワール王国中へ轟いております。そしてゼスト・ランブルグ様といえば、当時のランベルグ家でも指折りの実力者。私のような門外漢ですら、ゼスト様が卓越した手腕を戦場で披露されていたのだろうとの想像は容易いことです」
「いやはや、そのように誉めそやされると恥ずかしいですな。なにせ最後に戦場に立ったのは、先の戦争が最後ですからな。もう十年以上も前になります」
俺がまだ子供の頃、前世の記憶が戻った十歳を迎えるより前に起こった戦争。
この戦争を最後にアズワール王国は、他国との戦争を行っていない。
「あのような惨たらしい戦争で、ゼスト様のような有能な方が傷を負われたりしていれば、それは国家の損失でありましょう。ところで、先の戦争において最も有名になった、アズワール王国の英雄ユジン・アベールという男はご存知ですよね?」
「もちろんだとも。彼はまさしく英雄であった。私は今でこそ軍を離れてしまったが、当時彼ほどの実力者が軍にいることを喜んだのは、間違いなく我々軍人であったよ。――軍人というのは死ぬのは怖くない、というと語弊があるか。死ぬことより怖いことがある。それは守れないことだ」
ゼスト・ランブルグの弁に、だんだんと力がこもる。
俺は、彼の表情からゼスト町長が俺の父たるユジンに悪感情を抱いているわけではない――むしろ、言葉通り好意的に見ていてくれた人物だということに少し意外性を感じた。
鍛冶屋街では、悪い噂を聞いてしまったが故の先入観からだろうか。
「ユジン・アベール。彼の存在は、軍人にとって希望だよ。彼がいれば、例え自分が死んだとしても祖国は守られる。そう信じられるほどの実力を持っていた。……一つ残念なのは、華がないことだ。あれほどの英雄が、その印象からあまり持て囃されないという事実に深い落胆を覚えるよ。彼は国中から祭り上げられて良い存在だと思うんだがね」
軽くため息をついたあと、レオンへと笑いかけるゼスト町長。
そして、そのタイミングを見計らっていたのであろうレオンがここで一歩攻めの手を打つ。
「そうでしたか……。それでしたら、是非紹介させてください。私が本日護衛として連れているこの男は、教会から派遣された護衛ではありません」
言いながら後ろを、つまり俺へと振り返るレオン。
訝し気に俺を見やるゼスト・ランベルグへ、俺はレオンからのパスを受け取って挨拶する。
「ご紹介にあずかりました、私の名はハルト・アベールと申します。ユジン・アベールを家長とするアベール子爵家の三男であり、レオン・クラーベ助祭の道中を護衛する任務を負った護衛兵であります」
敬礼しつつ、名を名乗れば、おぉと歓声を上げるゼスト町長。
「ユジン殿のご子息か! 確かご長男は軍へ、次男は騎士団へそれぞれ勤務されていると聞いておりましたが、なるほど三男のハルト殿は行政府へ務めておられるのですな」
「はい。本年より王立学院を卒業し、行政府にて勤めることとなりました。若輩者ではありますが、何卒ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」
俺の挨拶の効果……というより、父ユジンの名の力によって、完全に相好を崩したゼスト・ランベルグは、そのまま当時の軍の話を熱く語りだす。
俺とレオンは、その話をにこにこと聞き、時折相槌を打ちながら、次の一手を打つ瞬間を待ち構えていたのだった。
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