第三十五話 『町長』
「おい、兄ちゃん! うちの剣を持ってきたぜ!」
三人組の巨漢のうち、一人の男が店から走って戻ってくる。
俺はドワーフみたいな爺さんから、彼らへと向き直る。
男が持ってきた剣は、三本。
鞘に収まった状態であるため、刀身を窺い知ることはできないが、一般的なロングソードの形状であり、三本にはそれほど大きな差異は見受けられない。
「これがうちの商品だぜ、兄ちゃん! あんたの腰のモンと同じサイズのロングソードを持ってきたぜ」
確かに、俺の腰にはロングソードが刺さっている。
でもこれは、護衛兵としてそれなりに見えるように提げているだけで、まだ一度も使用したことがない。
見た目って大事だからね。
「これはこれは……ご丁寧にありがとうございます。ところで、なぜ三本も?」
「これは俺たち、三兄弟それぞれが製作した剣さ! お気に召したものを買ってもらえりゃいいぜ?」
ニヤニヤしながら、商品を押し付けてくる巨躯の男。
さて、それじゃあ一応見てみますか。
とは言っても、目利きなんて出来やしないんだけど。
「なるほど……、あと念のため一応聞いておきますけど、これらの剣が粗悪品ってことはないですよね?」
「おいおい兄ちゃん! そこの爺と同じに思ってもらっちゃあ困るぜ! こちとら本気で商売してんだからよぉ」
「では、これらの剣は粗悪品ではないですね?」
再度問う。
「しつこい兄ちゃんだなぁ! 心配しなくても粗悪品じゃねーよ! 万が一、粗悪品だったなら俺たちは店を畳んでやるぜ!」
よし、言質は取ったからな。
それじゃあ、勿体ないけど粗悪品になってもらおうか。
「それでしたら安心ですね。一度試しに振ってみても?」
「おうよ! なんだったらその爺さんを試し斬りしてもいいんだぜ?」
ギャハハハと大口を開けて笑う三人組の前で、一本の剣を鞘から抜く。
それを両手で握り正眼に構えると、一言、口の中で転がすように呟く。
「……来い、酒呑童子」
やおら体中に溢れる魔力。
血液のように体を循環しながら、俺の身体能力を向上させていく。
人の常識を軽く凌駕するほどの膂力を持って、握った剣を真っ直ぐに振り上げ、そして振り下ろした。
ゴウッと音が鳴る。
振り下ろした剣の風圧で、俺の正面にある店――この三人組の店――に亀裂が走る。
そして、それほどの衝撃を生み出した両刃の剣身は自壊した。
まるで瘡蓋のように、一枚、また一枚と剥離するように鋼が崩れ落ちていく。
「うーん……、こんな試し振りで壊れちゃうような剣は、言っちゃ悪いですけど粗悪品っていうんじゃないですか?」
俺は、茫然とする三人組の男へ問いかける。
ギギギ……と古びた人形のようにこちらへと首を向けた男たちに笑顔でさらに言葉を重ねる。
「――えっと……確か、万が一粗悪品だったら店をどうされるんでしたっけ?」
「ふ……ふ……ふざけるなッ! こんなもん! 粗悪品がどうとか関係ないだろうがッ!」
まぁそうなんだけどさ。
でもまぁそれを言い出すと……。
「粗悪品じゃなきゃ何だというんですか? そうですねぇ……証明のために、こちらの方の店の剣を振りましょうか?」
「テメーが壊さないように振るかもしれねーじゃねーかッ!」
「なるほど……つまり、貴方たちは私がどちらかに不当な肩入れを行うと言うわけですね」
「あぁ! 違うって証明できるのかよ?」
彼らは残っていた剣と木材を手に持って威圧してくる。
……が、当然ながらその圧力は、近衛騎士団長シルド・ドレーンと比ぶるべくもない。
俺は懐から徽章を取り出し提示する。
老緑ともいうべき、深く暗い緑色をした五角形の徽章。
中心に大きな盾が一つ。
その盾を囲うように四方に配置された四つの盾。
「私は、護衛兵として国に仕える役人である。民に対して不誠実な行いをすることはない。そして、不誠実な行いをする不届きな輩を見逃す気もない。……あと、何故かやる気みたいだが、私に勝てると思っているのか?」
さっきまで呆然としてたのに、なんで暴力に訴えようとするのか。
普通ビビらない?
俺の疑問に答えるように三人組はニタリと笑いながら語り掛けてくる。
「あんた、この街の役人じゃねーだろう? この街の役人なら、俺たちに喧嘩売ったりしねーからな。護衛兵と言ったか? 要するに王都勤めの役人ってことだろ?」
なんでこの街の役人がこいつらを取り締まらないかは知らんが、その理由が俺に関係あるとは思えないんだが……。
すると、俺の後方で座り込んでいたドワーフ爺が、嗄れた声で話しだした。
「……この街の町長が懇意にしている商会の長が、この街に出したのが目の前の店。こいつらの雇い主が、町長と懇ろなのはここいらじゃ有名な話さ。だから、こいつらがどんな悪事をしようが、この街のトップが揉み消しちまう」
そして、痛む体をおして立ち上がり、俺の肩へと腕を伸ばす。
「助けようとしてくれたんだろう? 巻き込んじまって悪かった。もう逃げてくれていい」
「おいおいおい! 何言ってやがる! 許すわけねーだろう?」
三人組の男は、ヘラヘラと笑いながらその手に持つ凶器をおもむろに振り上げる。
「……ところで、一つ教えてほしいんだが」
「あぁ?」
俺もまた、唇を吊り上げて笑う。
目には殺気を込めて、体の中に押しとどめていた魔力を一気に噴き上げる。
「おまえらを今この場で殺して、誰がそのお偉いさんに伝えるんだ?」
「……は?」
「俺は国の役人だが、その前に貴族だぞ。たかが平民如きが偉そうな口を聞いて許してもらえると思ってるのか?」
俺は一歩、また一歩ゆっくりと彼らへと近づく。
「俺の名はハルト・アベール。アベール子爵家の末席を汚す者だ。この街に代官を派遣しているのはミーファ公爵家だろう? 俺の父、ユジン・アベールはミーファ家がトップを務める軍ではそれなりの地位を築いている。……さて、もう一つ質問だ。おまえらと俺、どちらの方がこの街の町長にとって価値が高いだろうなぁ?」
「ちょ……ちょっと、ちょっと待て!」
急に慌てだし、後ずさる男たちを追いつめるように、敢えてゆっくりと歩を進める。
「この場を見ていると、どうやらお前ら相当嫌われいるみたいだが、俺がお前らを殺して、それをわざわざ役人へ伝える人がいるだろうか? 仮にそんな奇特な奴がいたとして、お前らのために俺を裁くのと、俺を見逃すのとでは、町長にとってはどっちの方が利が大きいだろうか?」
その言葉に、彼らは見たくもない現実が見えたのか。
錯乱し、ギャーッと奇声を上げて、俺へと突っ込んできた。
「喝ァ!」
迎え撃つように、俺は一歩踏み込む。
震脚に魔力をのせ、衝撃波とする。
フギャァッと間抜けな声をあげて吹き飛び転げまわる彼らへと歩み寄り、腰の剣を抜いて目の前へ剣先を突き付ける。
「……さて、言い残すことはあるかい?」
必死に詫びる彼らを尻目に、俺は午後からの予定が少し憂鬱になるのであった。




