第三十四話 『鍛冶屋街』
翌朝、少し遅めの朝食を取っていると、岩鶏亭の扉が開く音がした。
何の気なしに顔を上げると、ゴーサさんが扉をくぐりこちらへと歩いてくるのが見えた。
「おはようございます、ハルト様」
「おはようございます。ゴーサさん、朝早いですね」
挨拶を交わした後、ゴーサさんは対面の席へと腰を下ろす。
朝食を女将さんへ注文しつつ、こちらへと手紙を渡してくる。
「この手紙は、レオン坊ちゃんからでございます。また、手紙とは別件で、本日護衛を頼みたいとのことでした」
「本日ですか? もちろん構いませんが、引継ぎした救世教会の護衛ではなく私が護衛ということは、どこか遠出でもされるのですか?」
頭に浮かんだ疑問をそのまま口にすれば、ゴーサさんは頭を振る。
「いえ、本日も私が御者を務めるのですが、行先は町長のいる役所だと聞いております」
街中の移動であれば、本来は教会の護衛がその任を請け負うはずだが、敢えて俺を護衛として連れていきたいってことは……護衛兵ではなく、査察官の仕事絡みか。
「そうですか。すぐに準備した方が良いですか?」
「いえ、昼食後に教会へお迎えにあがることになっております。申し訳ありませんが、ハルト様におかれましては、お昼に教会で合流するか、この宿でお昼前に一緒に馬車へとご乗車頂ければと思います」
なるほど……。
特にどこへ調査へ赴くか、当てがあったわけではないので、今日の護衛は全く問題ないが、昼までの時間をどこで潰そうか。
「かしこまりました。では、教会で待ち合わせでも良いですか?」
「勿論です。……あぁ、それからこれをお返しします」
ゴーサさんの手には袋、中には数枚の大銅貨。
「あぁ、もしかして――」
「はい。昨日お支払いいただいた宿泊費用と食事代です」
律儀な人だなぁ。
どうせ後で俺からレオンに言えば済む話なのに、きちんと自分で雇い主へ事情を説明して、お金を持ってくるとは。
「……確かに受け取りました。そうだ。ゴーサさんってこの街には詳しいですか?」
「人並み程度には。どこへ行かれたいんですか?」
流石はクラーベ伯爵家に代々仕える御者といったところか。
きちんと下調べはしてくれてるみたいだ。
「そうですね。二か所ほど行きたいところがあるんですが、一か所は昨日言った仕事絡みなので時間がかかりそうなんですよね。なので、そちらは後日ということにして、今日はちょっと鍛冶屋を覗きたいんですが……」
「鍛冶屋ですか……、どこかお目当ての店がおありですか?」
「いえ、恥ずかしながら下調べする余裕もなかったもので……」
苦笑いで頭を掻く俺に対し、ゴーサさんは鷹揚に頷く。
少し考える素振りを見せたあと。
「――でしたら、鍛冶屋街に行きましょうか。なんてたって、メイガスには山ほど鍛冶屋があります。それらを一区画に纏めた場所があるので、そこでいくつかの店を覗いてみられては?」
「それは妙案ですね! そうしたいと思います」
「でしたら、食後に馬車を表に回しますので、準備が出来ましたら部屋までお呼びに伺いますよ」
笑顔で提案してくれるゴーサさんに、甘えさせてもらう。
「お手数おかけします。宜しくお願いします」
◇◆◇
ゴーサさんの馬車に揺られて、メイガスが誇る鍛冶屋街へと顔を出した俺は、一人で通りを歩いていた。
この辺りは鍛冶屋か、その鍛冶屋で働く人間が食べにくる飲食店くらいしかない。
適当に店を見た後、教会へは自力で行くと伝えてゴーサさんとは別れた。
さて、正直店構えを見たところで、まったく分からん。
とりあえず店に入って適当に商品を見せてもらおうかなぁと考えていると、道の先で人だかりができているのが目に入る。
喧嘩や揉め事が多い町だとは聞いていたけど、さてさてどれほどのものかとその喧噪へと足を向ける。
人の輪の中心にいたのは、立派な体躯をした男たちが三人と、その三人組と相対する豊かな白いひげを生やし、頭部をツルツルに剃り上げた……なんというか前世の漫画やアニメでみたドワーフのような見た目の爺さんであった。
「おいおい爺さん、いい加減にしてくれよ。あんたの店が売れ行きが悪いのは、あんたの腕が悪いからだろうが。それをこんな往来で喧嘩吹っ掛けるような真似しないでくれよ」
三人組の男は、嘲るような笑みを浮かべ、まるで周囲へと吹聴するかのように、大声で話す。
ドワーフのような……面倒だからドワーフ爺は、顔を茹蛸みたいに真っ赤にしながら、負けじと大声を張り上げる。
「ふざけるな! 貴様らが、儂の店の前で商品にケチをつけたり、儂の客に脅しかけるような真似をするからじゃろうが!」
「おいおいおい! 程度の低い商品しか作れないってのは事実だろうが。事実を言うことがケチをつけることになるってのかよ」
ドワーフ爺の怒声に対し、一人の巨漢が煽るかのように返答すると、さらにもう一人の大男が同調する。
「まったくだ! 俺たちは脅してなんかいやしねーよ。ただ、質の悪い装備じゃ命は守れないってことを親切心で説明してやっただけさ」
「そうだぜ! 俺たちはこんな質の悪い装備を売ってる店じゃなく、向かいの店にしたらどうだって提案しただけだぜ? たまたま向かいの店が俺たちの店ってだけでな!」
ギャハハハと品のない笑い声をあげる三人の男たち。
彼らは、怒声を上げて詰め寄るドワーフ爺を突き飛ばすと、さらに手に持っていた角材でドワーフ爺を小突く。
ふむ……。
要するに向かいの店と客の奪い合いをしてるわけか。
ただ、ドワーフ爺の店で作られているのが本当に粗悪品で問題があるのか。
それとも、事実無根の誹謗中傷を三人組の男たちが行っているだけなのか。
周囲を囲む人だかりへと目を向ければ、何人かの人間がコソコソと話しているのが耳に入る。
「……また、こいつらかよ」
「ハンス爺さんも可哀想に……、こんな馬鹿どもに目を付けられちまってよ」
「まったくだ……、あいつらの店こそ粗悪品だらけのボッタクリ店のくせしやがってよ……」
それらの言葉のどれかが耳に入ったのだろう。
三人組の男のうちの一人が、周囲の野次馬へと振り返り吠える。
「あぁ? 誰だ? 今文句言った奴は!」
手に持つ角材を振り上げて、周囲の人間を脅しかけるように睨みつける。
すると先ほどまでコソコソと文句を言っていた野次馬たちも、一斉に目線を外し、その場から立ち去っていく。
うーん、気持ちは分かるけど、逃げるのかよこいつら。
なんだかあんまりメイガスという街を好きになれそうにないなぁ。
俺は去ろうとする野次馬たちの流れに逆らって、その中心。
ドワーフ爺の元へと歩く。
今日までも何度か暴力を受けてきたのだろう。
打撲痕だらけの顔や腕が見える距離まで近づくと、ドワーフ爺に対して手を伸ばす。
「大丈夫ですか? 立てます?」
「……なんじゃい、お前さんは? 関係ないやつは引っ込んでおれ」
口の減らない爺なのは良いけど、人の好意は素直に受け取るべきだと思うがね。
「関係ないんですけど、正直気分が悪かったものですから」
「おい! テメーはなんだ! 邪魔すんのか? あぁ?」
今俺ドワーフ爺と話してるのに。
俺は振り返り、三人組を見ながら口を開く。
「今日のところはもう十分じゃないですか? それより、この爺さんの店は粗悪品だらけということでしたが、貴方たちの店には粗悪品はないんでしょうね?」
俺が笑顔で話しかけてやれば、一人の男がニヤリと厭らしい笑みを浮かべて応える。
「あぁ! なんだお客さんかい! 商売の話なら仕方ねーや!」
「そうです! 剣を買いたいのですが、立場上、粗悪な商品を掴まされては困るんですよ。貴方たちの店の剣が粗悪品でないなら是非購入したいんですがね」
是非この場へ持ってきて見せてもらえないかとお願いすれば、一人が向かいの店へと走り、飛び込んでいく。
「……貴様、なんのつもりだ?」
唸るようにドワーフ爺が問う。
俺はそちらを見やり――ニコリと微笑んでみせた。
さてさて、では巨漢三人組のお手並み拝見といこうかね。
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