第三十二話 『岩鶏亭』
宿場町を出て二日、王都から数えて五日。
俺たちは目的地であるメインズへと到着した。
メインズは、アズワール王国最大の鉱山を擁する街である。
王都から西南方面に位置するこの街は、古くから鉄鉱石が大量に産出し、それ故に鍛冶も大変盛んである。
三大公爵であるミーファ公爵領に属するメインズは、最大の産業が採掘であるがゆえに、気性の荒い人間が多く、喧嘩やイザコザが絶えない街である。
あまり治安が良いとはいえない反面、取引の為に商人などが大勢集まることから、治安維持や不正に対して厳しく監視が必要であるとされ、ミーファ公爵領の領都から派遣された代官が町長を務めている。
「さて、流石にこの街の教会には挨拶しないわけにはいかないね。僕の望む派閥の一員でもあるし」
メインズでは、街へ入る際に必ず門を通る。
東門又は西門の二か所からしか出入りできぬよう、高い塀が組まれている。
門にはそれぞれ担当の兵士たちが、出入りする人間や馬車を厳しく検査している。
俺たちも先ほど検査を終え、やっとメインズの町へ足を踏み入れることが叶ったわけだ。
「教会で挨拶をした後は、おそらく歓待を受けることになるし、今夜からは教会の一室を借り受けて修行生活を送ることになるから、その間僕は動けない。けれどまぁ危険なことなんてないから、ハルトには表向きの仕事である僕の護衛から離れて、本来の業務に当たってもらうことになる」
教会へ向かうため、馬車に揺られながら町を走る。
窓の外には、王都とは違うメインズの街並みが流れている。
王都の平民区は、木造建築がほとんどである。
しかしメインズは石造りの家が多く、灰白色の建物が軒を連ねている。
街道は王都と同じくらいに整備されている。
武具や鉄鉱石等を輸送する関係で馬車の数が多く、利便性を考えれば道路の整備は必要不可欠であるが故だと思われる。
今もまた一台の馬車とすれ違いながら、少し先に見えてきた教会へと馬車は進んでいく。
「だから、ハルト。教会での歓待が終わった後は、この馬車や御者と一緒に、どこかで宿屋を取ってもらうことになる。その後、僕に連絡を取りたい場合は、教会へ人か手紙をくれればいいから。僕の方からも連絡をする場合もあるかもしれないから、その辺りも気に留めておいてほしい」
是と頷きながら、ふと脳裏によぎった疑問を口にする。
「……そういえばさ、俺は宰相に連絡をしなきゃならないのだけれど、どうやって連絡すればいいんだろうか? 手紙でいいのかな?」
「それを今頃疑問に思うのは、僕の本気の駆け足より遅いくらいだと思うけどね。……大丈夫だよ。僕が風の魔法で宰相に連絡を入れてある。今日、メインズに着くことも伝えてあるから安心して。宰相からハルト宛に連絡が届くから、それに返信する形で良いはずだよ」
確かに走るより転がったほうが早そうだもんな、お前。
俺は脳内で樽を転がすように、レオンを蹴り転がしながら、ホッとため息をつく。
あの優秀なベルガル・ソラーシュ宰相のことだ。
俺に説明しなかったってことは、説明する必要がないくらい手配がされていると思っていいよな?
というわけで、ノープランで連絡を待つことにする。
やがて、馬車はその足を緩め、救世教会の前で止まる。
「さて、挨拶と歓待は同行してもらうよ。恐らくそこで教会にいる間の護衛に関して引継ぎがあるはずさ。……今回のハルトの任務に関係のある話が聞ければ良いけど、実際には難しいと思う。教会関係で集めた情報は、逐一ハルトへ連絡するから、宿屋が決まったら僕に必ず連絡してくれよ?」
分かったと返答した後、馬車から降りる。
なるべく護衛らしく見えるよう、必死に装いながら教会へと足を運んだ。
◇◆◇
無難に教会への挨拶と護衛の引継ぎを終えた俺は、歓待をやんわりと断ると、御者と共に宿屋探しへと向かった。
メインズにはいくつかの宿屋があるが、商人御用達の高級宿ではなく、商人たちの護衛を行う冒険者たちが利用する、比較的リーズナブルな値段の宿屋を探す。
――岩鶏亭という看板を見つけた御者が、あそこではないでしょうかと指を差す。
先ほど、教会を出る際に、シスターの一人に宿屋を聞いたのだが、彼女が教えてくれた宿屋が岩鶏亭であった。
扉を開けると、日が落ちた時間帯であることも相俟って、一階の食堂と思しきフロアは、既に酒場へと変貌を遂げていた。
喧噪に満ちた空間に尻込みしかけるが、とりあえず店の人を探そうと一歩踏み出し、周囲へと目を配る。
「あら! お客さんかい?」
横合いから声をかけてきたのは、恰幅の良い女将さんであった。
手にはいくつかの料理を持った状態で、こちらへと声をかけてくれたのだが、見るからに手一杯といった感じだ。
「……宿泊はできますか? 一人部屋を二部屋希望したいのですが」
「はいはい、大丈夫だよ! 一部屋につき一泊銅貨四十枚で、食事は別料金だよ」
「ではとりあえず三泊分をお願いできますか?」
俺は懐から、銀貨を三枚取り出し、女将へと渡す。
「はいよ! えーっと、三泊二部屋で銅貨二百四十枚だから……、お釣りは銅貨六十枚だね」
女将は奥へ引っ込むと、大銅貨を六枚引っ掴み戻ってくる。
「銅貨六十枚のお釣りだから、大銅貨六枚でいいね?」
小銭をジャラジャラさせる趣味はないので頷き、お釣りを受け取る。
「じゃあ二階の奥の部屋と、一つ手前の部屋を使ってくれ。鍵はこれだよ」
鍵を二つ受け取り、一つを御者へと渡してやる。
こういう費用は経費として宰相へ請求してよいのだろうか?
というか、まだ俺は給料をもらったわけではないので、完全な自腹を切っている状態なのだが……。
「ところで兄さんたちは、食事はまだかい? まだなら是非食べてっておくれよ! うちは質はそれなりだけど量は結構なもんだよ!」
確かに、テーブルに所狭しと並べられている料理は、どれも結構な山盛りである。
単純に冒険者という職業は肉体労働であるので、良く食う奴ばっかだからかと思ってたけど、これがこの店の名物みたいなもんなのか。
「是非に。先に部屋へ荷物だけ置いてきても良いですか?」
「はいよ! カウンターを開けておくから、用が済んだら来ておくれ!」
第二章の本編スタートです。
まだ第二章は全然書き溜め出来ていません。
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