幕間 『宿場町』
王都を出て三日、俺たちは王都とメインズの中間地点である、とある宿場町へと到着した。
特筆すべき特産品や観光名所があるわけではない。
しかし、アズワール王国最大の鉱山を擁するメインズと王都の間を移動する商人の数は多く、それらの商人たちがお落とす金銭によって、この宿場町は成り立っているそうだ。
「いやはや……やっと、まともに休めそうだね」
人並み以上に肥大した体で席に凭れ掛かるレオン。
かなりグッタリとした様子ではあるが、気持ちはわかる。
ここまで町らしい町もなく、道中の貧村に寄っては村長の家の一室を借り受けて夜を明かしていた。
そういうのは、気を遣ってしまう。
かと言って、野宿するのも難しい。
光の申し子とその護衛という表向きの身分では、野宿をする理由がない。
むしろ安全面から、先述の方法を選ぶことを余儀なくされる。
馬車に揺られているだけとはいえ、この長旅で体力は削られている。
休息の場でも、こちらに対して恐縮しきりの村長たちを相手せねばならず、気力もガンガン消耗した。
「ひとまず、宿屋の予約を取ってしまおう」
御者に行先の指示を出すレオンに俺は疑問を投げかける。
先にこの町の教会へ挨拶に行かなくて良いのだろうか?
教会って礼儀とかに煩いイメージあるけど……。
なんとなく疑問
「いや、いいよ。教会へ赴けば、歓待と称してアレコレ時間を取られるのが目に見えている。今日くらいは宿屋でゆっくりと休んで、明日挨拶へ伺うさ。……この町の教会は、僕が望む派閥ではないしね」
確かにこんな状態で、無駄に時間を取られるのも癪だな。
それに、教会内部のドロドロとした部分に関しては、俺自身はノータッチでいたい。
いや、レオンに頼まれたら多少は検討するけど、ただでさえ任務の内容がハードそうなのに、今そんな教会の権力闘争まで降りかかってきたら、ストレスで倒れそう。
やがて、馬車は宿屋の前へと到着。
この宿場町にはいくつかの宿屋があるそうだが、その中でも平均的な店らしい。
御者曰く、高級宿に宿泊したりするのも、万が一助祭という身分が周囲に判明すれば、あまり良い感情を持たれないことがあるとのこと。
平均レベルの店であれば、それほどとやかく言われることもないだろうという計算のもと、今回はこちらの店を選んだらしい。
入ってみれば、一般的な宿屋らしく、一階は酒場というか食堂というか……。
二階以降が客室になっているらしい。
「ハルト。護衛という立場ではあるが、ここは敢えて別室にしておくよ。僕のダイナマイトボディは、お酒の入ったハルトを誘蛾灯の如く、誘い惑わせてしまう危険があるからね」
軽口をたたくレオンに対して俺は深く嘆息する。
この野郎、誘蛾灯の如く、燃やしてやろうか。
火の魔法使えないけど。
◇◆◇
「ガーハッハッハッハ! 来たぞ! 待ちわびたぞ! ハルトよ! それ早く! 早く呑むぞ!」
俺の契約した霊というか、召喚した妖怪に酒を呑ませてやる約束をしている話をレオンにすると、彼はその何重にも重なった顎の脂肪を震わせながら、是非見たいと申し出てきた。
アベール家の人間が契約した怪異というのは、死霊術という特殊な魔法の中でも、特別な位置づけであり、見たいからといって見せてもらえるものでもない。
戦場なら別として、普段どういう風に契約者と死霊が接しているのかなぞ、当人同士以外には知る由もないことであり、それを拝めるなら酒くらいいくらでも奢ってやる。
意外にミーハーなレオンのお蔭で、本日の酒代がタダになったわけだ。
別段隠しているわけでもないので、奢られなくとも見せるくらいは別に良いかなって思ってたけど。
仕方ないよね。お金って大事だもの。
流石に酒呑童子を召喚するのに、一階の酒場で堂々というのは、ちょっと周囲に迷惑すぎると判断。
宿屋のオーナーに無理を言って、酒や食い物を自室に運んでもらった。
なお、悪鬼の馬鹿でかい声が周囲に漏れないよう、レオンに頼み、消音魔法を使用してもらっている。
さすが、神童。
全属性の適正があるってのは半端じゃない。
「……あぁん? 見かけん奴じゃな。ハルトの知り合いか?」
「これは失礼を。私は、レオン・クラーベ。クラーベ伯爵の次男であり、救世教会の……っと、こんな身分なぞ酒呑童子殿には関係ない話ですな。私は、ハルト・アベールの友です」
「今日の酒代は、全てレオンが持ってくれるそうだ。心の底から礼を言えよ」
はしゃぐ悪鬼がレオンに気付く。
俺は酒呑童子に、レオンと悪鬼の立ち位置の差を教えてやる。
費用負担者と飲兵衛。
「おぉ! そうじゃったか! ハルトの友なら儂の友とも言えるな! よしレオン! 今夜は飲み明かそうぞ!」
だから礼を言えよ糞鬼。
ジト目で俺が睨むのを目にした酒呑童子は、悪びれる様子もなく、はようはようと急かす。
「悪いな、レオン」
先に謝罪しておく。
親友たるレオンは、その謝罪に笑顔で首を振る。
「構わないよ。僕が望んだことだ。さぁ、料理が冷める前に頂こうじゃないか」
確かに、と同意して酒呑童子と憑依する。
途端に体中から酒呑童子の霊力たる魔力が溢れ出す。
制御しとかないと垂れ流しになりそうだな。
「……凄いね。僕は戦う力をそれほど持っているわけじゃないけど、それでもその身に纏う魔力の濃さは分かるよ。素人である僕にも分かるほどに、魔力の質も量も変わるんだね」
少し呆れたように呟くレオンに俺は肩を竦める。
そりゃ俺の本来の魔力じゃないもんな。
テーブルには、メインとなる肉料理とパンとスープ、それから酒。
肉料理は、串に刺さった肉になにやら濃密そうなタレのかかった料理である。
……焼き鳥みたいなものかな?
「これは、ブラーマの肉をタレ焼きにしたものらしい。味も濃いし、酒が止まらなくなるとのことだったよ」
レオンの言葉にふむと頷く。
寡聞にしてブラーマという生き物が何かは知らんが、前世の料理でいうところの焼き鳥だとするなら、使われているのは野鳥が精々といったところだろう。
なんの躊躇いもなく、一本の串を手にとりブラーマとやらの肉に齧り付く。
タレの濃く甘辛い味が最初に舌の上に現れる。
やや歯応えのある肉を噛みしめていくと、獣臭さと旨味が徐々にタレの味と混ざり合っていく。
やおら、テーブルのグラスに手を伸ばす。
中身は、先日父ユジンからもらった赤ワインである。
少し口に含んでみれば、腐葉土のような香り、呑み下せば熟成のすすんだフルボディがガツンと腹に響くような心持ちになる。
口内の獣臭さも押し流され、そしてまたその獣臭さが欲しくてブラーマの肉へと食指を伸ばす。
……確かにこれは止まらない。
「気に入ったみたいで良かったよ。好きなだけ食べていいからね」
必要なら追加注文でもしたらいいさ、と気軽に言いながらレオンはスープを口にする。
レオンも食わないと、そのダイナマイトボディを維持できないぞ。
「……これが、この世界の酒か」
音もなく、俺の隣に浮かぶ悪鬼。
勝手に憑依を解いたんかこいつ。
「……あぁ……確かに、確かに旨い。だが、血酒と比べて特筆すべきほど旨いかと問われれば分からん」
俯く悪鬼に、俺は前世で交わしたという契約の内容を思い出す。
一瞬顔が青褪めるが、そんな俺の心配を払拭するように、レオンが朗らかに話しかける。
「おや、酒呑童子殿はお気に召しませんでしたか。もしかすると赤ワインが好みではないのかもしれませんな」
「……確かに。こないだもらった酒は赤くはなかった。琥珀のような色をしておった」
「この世界には、何種類もの酒がありますよ。赤ワイン一つとっても、今飲んだもの以外に山ほどあります。――酒呑童子殿も大変ですね」
「何故だ? 何が大変なのだ?」
「旨い酒を、好みの酒を見つけるのは、それはもう大変な道のりでしょう。なにせ山のようにある酒の中から自分にとって一番を見つけるためには、まず全ての酒を飲み、比べていくしかありません。さぁさぁ、悩んでいる暇はありませんよ! この宿屋にも何種類かの酒があり、ユジン殿から頂いた琥珀色の酒もあるのでしょう。ドンドン飲み比べしましょう!」
明るく言うレオン。
顎を震わせながら、笑いかけるレオンに、酒呑童子はそのどんぐりまなこをぐるりと回し、破顔して言った。
「確か……レオンと言ったか。――気に入った! 今日はつぶれるまで飲むぞ!」
俺へと溶けおちていきながら、犬歯を剥き出しにして笑う悪鬼。
その悪鬼に頷きながら、レオンは俺にも語り掛けてくる。
「どうやら今夜は長くなりそうだ。せっかくだし楽しもうじゃないか」
――翌日、俺とレオンは二日酔いに悩まされることになった。
現在鋭意第二章作成中です。
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