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第三十話 『反逆者の物語』

 ハルト・アベールを乗せた馬車が王宮の正門前を離れ、やがて街道を進み始める。

 その後ろ姿を王宮の一室から見下ろしながら、隣で床に膝をつき息を荒げる父へと視線を送る。

 ――我が父ながら、よくぞここまで肥え太ったものだ。


「い、言われた通りにィ、きちんと渡しておいたよォ……。だからァ、早くゥ……」


「まぁ。まぁ。まぁ。少し落ち着いてくださいよ父上」


 自慢の顎を右手で擦りながら、父上へと向き直る。

 蛙のような醜い顔を苦痛に歪ませ、地べたを這いまわるように、こちらへと進み手を伸ばす父上をみながら、その浅ましさに一種の興奮を覚える。


「しかし。しかし。しかし。まさか叔父上が負けるとは思いませんでしたよ。流石に、流石に、流石にいくらこの私といえども、このような無様な結果を予見することはできませんでしたねぇ」


 父上は私の皮肉にビクリとその身を震わせる。

 常人以上に付きすぎた脂肪がブルリと揺れ、私の嗜虐心を煽ってくる。


「シルドの奴がァ、まさか学生に負けるとはァ……。今回の責任は奴めにィ……。あァ……頼むよォ……私はきちんと言われた通りこなしたじゃないかァ……」


 哀れみを乞うような声で必死に言い募る父上。

 その姿を見ながら私は懐へと手を伸ばし、内ポケットより薬包を取り出す。


「あァ……ッ! お願いィ……オ願イシマスゥ……!」


 薬包へと両手を伸ばし、必死に懇願する父上。

 私は愉悦が表情に出ぬように抑えることもできず、むしろ更なる享楽を得るために薬包を持った右手を上げてみせる。

 あァ……ッと悲鳴じみた声をあげる父上の姿に、声を漏らす。


「クックックッ……。そんなに! そんなに! そんなに慌てなくても、きちんとお渡ししますよ」


 薬包を掴んでいた指を離すと、途端に自由落下を始める薬包。

 それを見て大慌てで薬包の下へと滑りこみ、両の掌で薬包をキャッチすることに成功した父上。

 薬包の中身は、錠剤。

 しかし父上は、最早我慢とならぬばかりに中身を確認もせず、すぐさま口に入れ、嚥下する。


 ――錠剤が効果を表出するまでにかかる時間は約十秒。


 醜く壊れゆく父上の姿をわざわざ目に入れたいとは思わないので、部屋の扉へと歩を進める。


「今後も! 今後も! 今後も! ご褒美が欲しければ、私の命令にきちんと従ってくださいね」


 振り向きもせず、言葉を残して扉から出てゆく。

 返事は――ない。


 バタンとしまった扉。

 数秒後、押し寄せる強烈な快楽の波に嬌声を上げることになるだろう父上を残し、私は王宮の廊下を進む。


 ――あの薬が精製されたのは、まさしく偶然の産物であった。

 ドレーン公爵家では、領内の村々を巡回し、日々の仕事が正しく行われているか確認をする義務がある。

 シルド叔父上は、この巡回の途中、とある村で歓待を受け、そしてゴブリンやオーガから襲撃を受けた。

 そんな危険なら止めるべきだ。

 高貴なるこの身が汚される可能性が少なからずある悪しき風習だと、私は嫌悪していた。


 私があの村を訪れたのは――この錠剤の原料を手に入れたのは、一昨年の話である。

 その村では、異端とも言うべき土着の信仰に情熱を注いでいた。

 田舎の農村ゆえに、救世教会から派遣された神官もおらず、教会なんてものはそもそもない。

 彼らは、大地に眠る精霊とやらに祈りを捧げ、その精霊と交信する術を持った祈祷師(シャーマン)を村長として扱っていた。

 田舎の農村から受ける歓待なぞ、高貴な身に相応しいはずもなく、それ故鬱屈とした感情を持て余していた私は、土着信仰の事実を知るや否や、新しい玩具を手に入れたとばかりに喜んだものだった。

 すぐさま村長たる祈祷師(シャーマン)に、精霊と交信する様を見せるよう命じた。


 村長の家の一室。

 星明りが一切入らぬよう、窓には暗幕のようなカーテン。

 扉を締め切り、部屋の中央には壺が置かれる。

 その壺の周りを囲うように、村人が輪になる。

 村長たる祈祷師(シャーマン)は壺の中へある植物を放り込み、呪いを口にしながら、壺の中に火種を入れる。

 村長に続くように、輪になった村人たちも呪いを唱える。


 やがて壺の中から立ち上る紫煙。

 部屋の中に煙が徐々に広がり、その煙を吸った村人たちが、奇声を上げ始める。

 咄嗟に手を口元に当てるが、既に私の身体もふわふわとした多幸感に包まれ始めていた。


 ある種のトランス状態となった村長と村人たちは、舞い、踊り、叫び、悶えていく。

 興奮の絶頂をその身に感じながら狂う村人たちは、やがて精魂尽き果てた者から崩れおちていく。

 その様を見つめ、同じように煙に犯されながら、私は一つの天啓を得た。

 その煌めきのおかげで、私は自我を失うことなく、翌朝を迎えることになった。


 村を去り王立学院に戻った後、独自に人を派遣し、紫煙の元となる植物を特定することに成功した。

 その植物を加工し、粉末状にしたものを生み出した。

 この粉末を固めて精製した錠剤――さきほど父上に渡したこの錠剤は、私の切り札。

 もともとの紫煙にはない、強烈な依存性を付加することに成功した。

 ()()()()()()()()()()()()の人間だけが知っていたこの植物を利用し、私は――――。


 父上は既に堕ちた。

 父上の名の元に、ドレーン公爵領も叔父上も私の手中にあると言っていい。

 私は、公爵程度の身分で収まるつもりは毛頭ない。

 まずは少しずつこの錠剤を流通に乗せる。

 やがて膨大な資金を手に入れて、その暁には――。


 夢に思いを馳せると顔がにやけるのを止められない。

 ここは王宮。

 あまり怪しまれるような行為は慎むべきだ。

 それに……。


「ハルト。ハルト。ハルト・アベール。いや、アベール家……か。あの家をどうにかせねばな」


 私の名はカストロ・ドレーン。

 やがてこの国の王となる男である。




 第一章 妖鬼の拳と反逆の三日月 fin

第一章終わりです。

皆様の応援のおかげで、ここまで続けることができました。

第二章も楽しんで頂ければ幸いです。

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