第二十九話 『思惑』
「いやはや、仕方ないよね。こんな暗闇に包まれた個室なんて、否が応でもそういう雰囲気になるじゃないか」
その豊満すぎる体を揺すりながら笑うレオン・クラーベ。
アズワール王国の国教である救世教会において、最年少で助祭の地位を得た神童であり、現在は司祭の地位を得るため修行中であるはずの彼が、なぜこの馬車に乗っているのか。
「その司祭の地位を得るためには、いくつか段階を踏む必要があるんだけどね。その中の一つに、地方の教会へ赴き、その土地の司祭や司教から説法を受けるべしという決まりがあるんだよ」
なにその旅の修行僧みたいな修練。
神官なのに。
「とは言っても、本当に説法を受けて祈りを捧げていたのも昔の話さ。今は、派閥争いの一環だね。自分がどの派閥に属するか決定して、その派閥に属する司教や司祭へご機嫌伺いというか、要は顔見せってやつだね」
そして聞かされるドロドロとした内情。
確かに救世教会ほど大きな組織となると、組織運営や教徒獲得なども含めて、多少汚いというか実利的というか、そういった面が出てくるのも仕方ない気がする。
「教皇になったり、その土地の教会で司教にまで登ろうと思えば、派閥争いに勝つ必要があるわけ。そのためには、色々と物入りになるでしょ? 今はまだマシだけど、今後は名誉や金銭みたいな俗物的なモノを得るために、信心を捨てる人が出てこないとも限らないわけ」
もう既に信心を捨てている人間がいるとは言わないんだな、と何気なく思った。
しかも、今レオンが語っている内容は、護衛対象として馬車に乗ってる理由にはならないと思うのだけど。
「ただ、助祭程度の身分でそんなことを声高に叫んでも、何も変えられないのは目に見えてたからね。僕は巷で呼ばれる光の申し子という立場を利用することにしたわけさ」
レオンはまるで悪戯小僧のような、面白がるような笑みを湛えて語りだす。
「宰相閣下にお会いして、僕の心配事を話したわけさ。だってそうだろ? 名誉や金銭を得たいと考えたとき、どうすれば一番手っ取り早いかと言えば、それらを持っている人間から貰うのが最上の手段さ。そして、名誉や金銭を他者へ譲れるほど所持している人間や、渡すことのできる地位にいる人間というのは、どうしても限られてくるじゃないか」
金銭であれば、大金持ち。
例えば大規模な商活動を行う商人。
名誉であれば、誰に勲章を授与するか決定する行政府の人間なども考えられる。
だが、それらはやはり少数派だといえる。
レオンが言うような、地位や金銭を得ている人間の大半は、ある同じグループに所属している。
それは――。
「……貴族か」
呟く俺に対し、肉がつきすぎた顎をプルプルと震わせて笑うレオン。
「ご名答。今後は貴族と教会が、ひいては政治と宗教の距離が近づきすぎるのではないかと、宰相閣下へご相談したのさ。すると宰相閣下も同じことを憂慮されていたようでね。話はトントン拍子で進んだよ」
クラーベ伯爵の次男として生まれ、光の申し子、最年少助祭など、様々な呼称を得るにまで至った俺の親友は、どれほどの努力をしてきたのだろうか。
きっと俺の知らない部分で必死に藻掻いてきたのだと思う。
その努力の理由――レオン・クラーベの夢が語られる。
「僕は、救世教会の体質を、行く末を変えたい。救世教会の本分たる、心を救う活動にこそ心血を注ぎたい。そのためには、教会の舵取りが行える立場にまで登る必要がある。……そのための助力を宰相閣下は約束してくれたよ。その代わりに、宰相閣下からもいくつか条件がつけられたけどね」
俺の目を真剣に見つめながら語った夢の後、その視線に込められた熱意がフッと弱められる。
苦笑交じりで語られるのは、宰相閣下との謀の一部。
「その条件の一つが、ハルト。君と協力することさ」
「……俺と? それで宰相閣下に何のメリットがある?」
「先日、ドレーン公爵家と揉めたんでしょ? そのとき、宰相閣下は大きな問題に直面したんだろうね。 国王陛下の采配によって、英雄ユジン・アベールと、その息子であり一対一において最強と謳われた近衛騎士団長を下したハルト・アベールが大きく不満を頂くことになった。もし、アベール家が国家に反旗を翻すような事態になれば、国力の低下は如何ほどになるか、とね」
たしかに、裁判の後、実家で父が語った本心は、国への愛や忠誠は変わらないということだった。
――国王陛下への忠誠とは言わなかった。
「宰相閣下は、ハルトやひいてはアベール家からの心証を良くしたいんだろうね。本人たちに反逆の意思がなくても、安心を買いたいんだろうさ」
「……そして、俺の行動や愚痴なんかは、レオンを通じて宰相閣下へとお届けされるわけか」
「そうだね。ハルト・アベールの監視もまた条件の一つさ」
明け透けに語りながら、苦笑するレオンの顔を見やりながら、俺はため息をついた。
「そして、君の身分を誤魔化す一助として、今回護衛対象として同行することになった。表向きには、司祭になる為の修練の一環として、メインズの教会へ赴く光の申し子たる僕は、立場の特殊性を鑑みて護衛が必要であると具申した。その申し出を受けた行政府が手配してくれた護衛兵が、ハルト・アベール、君ということになる」
「レオンがこの馬車に乗っている理由については納得したよ。――これから宜しくな」
そう言って手を差し出すと、レオンは笑顔で俺の手を握った。
「意外だね。多少の批難は覚悟してたんだけど?」
決まったことにグチグチ言っても仕方ないだろうに。
俺は何も言わず、肩を竦めて返答とした。
◇◆◇
「――ところで、その包みはなんだい?」
走り出した馬車の中で、互いに対面に座る。
窓の外を眺めながら、のんびりとしていたところにレオンは質問を投げかけてくる。
その視線は、俺が隣に置いた白い包みに向けられていた。
「さきほど、レオンの馬車が門に来る前にドレーン公爵を乗せた馬車が通ったんだよ。その際に、公爵から貰ったものだ」
そう言って包みを持ち上げる。
大きさ以上の重さを感じるし、ジャラジャラと音がする。
――包みを開けば小袋。
――こっそりと中を除けば、いわゆる袖の下というか、要するに金貨が十枚ほど。
「……ふーん。ドレーン公爵といえば、凄い変わったよね」
「え? なにが?」
変わるって、レオンと同じようなダイナマイトボディが多少変動しても分からんぞ?
それとも顔つきが人間から蛙に変化したとでも言うのか?
「ドレーン公爵って、昨年までは枯れ木みたいに細かったんだけど知らない? 目つきとかはあんまり変わっていないけど、たった一年であんなに太って、健康面は大丈夫なのかな?」
なにそれ、あの蛙野郎ってそんなに細かったの?
驚きに目を剥く俺に対し、アハハと声をあげて笑うレオン。
「僕と同じような見た目になったのは、本当に最近の話さ。一時期は王宮でも話題だったみたいだよ? まぁ、ドレーン公爵相手に面と向かって太ったなんて言える人はいないからね。誰も注意できないまま今日まできた結果が、あの体形なんでしょ」
鏡を見せてやりたい。
とはいえ、なんで急に太ったんだろうか?
「さぁ? 贅沢三昧で病気になったんじゃないかっていう意見が多かったみたいだけど、本当のところは誰も知らないんじゃない?」
贅沢三昧という言葉になんとなく違和感を覚えるが、その理由は分からない。
「まぁ、ドレーン公爵の体調より、ハルトが心配しなきゃいけないことはあるんじゃない?」
確かに今は初任務が最優先だな。
覚えた違和感に蓋をして、俺は先のことを考えることにした。
護衛兵に扮する俺と、その護衛対象として選ばれたレオン・クラーベを乗せた馬車は、街道を進む。
向かう先は、アズワール王国が誇る鉱山と鍛冶の街――メインズである。
明日は第一章エピローグを投稿予定です。
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