第二十八話 『護衛対象』
宰相室を辞した俺が、待ち受けていたメイドの道案内に従って、進んだ先は備品室であった。
そこで俺は、表向きの身分である護衛兵としての正規装備の支給を受けた。
黒を基調とした軍服には、その徽章と同じく老緑のラインが走っている。
肩口から袖へと走るこのラインの色が鈍く光る銀色である場合は、それを着用する者の所属が軍部であることを示す。
一方で、その身分と同じく高貴な金のラインがあしらわれているものは、近衛騎士団への所属を示す。
本来、行政府に所属する文官は、軍服ではなくローブが正式な服装となり、ローブに走るラインは臙脂色である。
ところが護衛兵は、その任務の性質上、軍服を正規装備としている。
行政府に所属していながら武力行使する可能性のある者は、護衛兵か査察官の二択である。
軍服のラインが老緑ならば、護衛兵。
軍服のラインが臙脂色ならば、査察官。
まぁ、護衛兵はともかく、査察官が武力行使する事態というものは本来あり得ないらしい。
あくまで調査・報告が任務であり、身に危険が迫る場合や、証拠の確保や犯罪の防止のために武力行使が必要になる事態がないわけではないが、非常に稀だと。
ところが、初任務がさっそく前任者が死んでるかもしれない案件を任されるとか、初任務の難易度じゃねーぞまじで。
武力行使に及んでも問題ないほどの腕力というか、最低限身に降りかかる火の粉を払える程度の実力というか……むしろ、火事場から逃げ出すための走力が試されてる気がする。
正規装備品たる護衛兵の軍服を受け取り、家路につく。
そして迎えた初任務の朝。
俺は、宰相に言われた刻限より少し前に王宮の正門前にいた。
馬車には、俺が表向き護衛する対象として協力してくれる人物が乗っているということであったが、果たしてどのような人物であろうか。
俺の知っているところだと、例えば本日まだ見かけていない案内のメイドさんとかが、協力者でしたとかだと嬉しいところである。
やはり、任務の性質上、それなりの期間一緒にいることになるわけであるから、それが異性であれば……。
なにせ、なかなか就職先が決まらず、未だ婚約者すら居ない身である。
多少のロマンスに期待して何が悪いだろうか。
馬車を待ちながら、期待に胸を膨らませていると、一台の馬車がやってくる。
聞いていた装いとは違った馬車であったため、そのまま通り過ぎていくかと思いきや、ちょうど俺の目前で停車する。
やがて馬車の窓が開き、そこから顔を出したのは、巨大すぎる蛙。
醜く肥え太り、この世の贅を全て身の内に貯めこんだような様相を呈する男。
ドレーン公爵たるフルーム・ドレーン。
「おやァ、そこにいるのはァ……。なるほどォ、軍服に老緑のラインということはァ、護衛兵に就職したのだなァ」
その声に敬礼を返す。
返答もせず、ただ不動で立つ俺に向かって、ドレーン公爵はさらに言葉を重ねていく。
「そういえばァ、先日は申し訳なかったねェ」
「いえ。既に済みました話でございます」
「そう言ってもらえるとォ、こちらも助かるよォ」
その目を歪ませニタリと笑うフルーム・ドレーンは、馬車の中で何事かを指示する。
すると、馬車の扉が開き、中からドレーン公爵のお付きと思われるメイドが一人、こちらへと歩み寄る。
その手には白い包み。
「それはねェ、謝罪の証だと思ってくれて良いィ。君や君の親に支払った慰謝料とは別にィ、今後ドレーン公爵家としてもォ、アベール子爵家や君自身とは上手くやっていきたいものだからねェ」
「そのような……。既に和解の条件は満たされております」
謝罪の証を受け取った日には、何を言われるか分かったもんじゃない。
失礼にならないように、断りの文言を連ねる俺に対し。
「私は心配しておるんだァ。今後、私や君の父もいずれ引退し、次の時代を担うのは、カストロや君のような世代だオァ。ところがァ、カストロはあまり人付き合いが上手いとは言えないィ」
俺の言葉を聞いていないかのうように語りだす。
どこを見ているのかわからぬ眼差しで、少し早口になりながら話す内容は。
「人は一人では何もなし得ないものォ。それ故ェ、カストロの味方ァ、いや中立でも構わないんだがァ、敵以外の存在をなるべく増やしておきたいと思う。子を思う親の心だァ。君とはシルドのせいで可笑しくなった関係を、カストロへ引き継がせてほしくないのだよォ」
建前こそ親心だが、本音の全く見えない、奇妙な不安感だけが煽られるような、そんな話。
だからこそ、俺の背筋にゾクリと走った悪寒。
「受け取ってくれるねェ?」
なんら感情のない、まるで爬虫類がごとき瞳で笑いかけてくるフルーム・ドレーン。
そうだ、この眼。どこかで見たことがある。
学院……いや、違う。いつだ?
内心の疑問に答えの出ぬまま、俺は怖気を振り払い、包みを受け取る。
「……では。ドレーン公爵閣下のご恩情、確かに承りました」
相も変わらず、内心の一切見えぬ貼り付けた笑み。
歪んだ目元よりもニタリと笑う口元よりも。
一切の感情の浮かばぬ空虚な瞳が、俺に生理的嫌悪感を与える。
「よかったァ。それではァ、これでェ。任務の成功を祈っているよォ」
窓がしまり、やがて馬車は走り出す。
その後ろ姿を見送りながら、俺は額の汗を拭った。
◇◆◇
ドレーン公爵の馬車が去り、俺が平静を取り戻した頃、一台の馬車が道の先からやってくるのが見えた。
その馬車は王宮へ近づくとその速度を落とし、やがて停車する。
馬車の到着に合わせて、いつもの案内のメイドが俺の背後から姿を現す。
「ハルト・アベール様。大変お待たせしました。こちらの馬車で、メインズまで赴いて頂きますよう宰相閣下より言付かっております」
その声に振り返りながら、メイドのいつも通りの装いに落胆を隠せない。
「……かしこまりました。念のために伺いますが、護衛対象の方は馬車の中に?」
「はい。そのように聞いております」
旅立ちの装いじゃないのだから、それも当然か。
さて、では護衛対象のご尊顔でも拝しますかね。
異性であれば、細かいことは言わない。
出来れば、旅の間お互いに気を遣いあうことが苦痛じゃないような、そんな関係が築ける異性でお願いします。
馬鹿なことを考えながら、馬車の扉に手をかける。
声をかけ、扉を開いた先にあったのは、――闇。
人はおろか、内装さえ見えぬほどの暗闇が馬車の中を支配していた。
まさか……。
「アァッ! まだ! 開けて良いだなんて言っていないではありませんか!」
暗闇の中から声がする。
馬車内の一角にスポットライトのごとき光が差す。
明かりに照らされ浮かび上がるのは。
「万が一、この密室で見られたら恥ずかしいような行為に耽っていたら、こま……困る? 困らない? いやむしろ……? 開けてほしい! 返事を待たず開けてほしいッ!」
王立学院時代は、120㎏はあろうかというほどの恵体。
体脂肪率は俺の目算で70%。
学院を卒業した今は、その溢れんばかりの脂肪に磨きをかけ、さらに一回りサイズアップに成功。
そんなダイナマイトボディは、聖職者たる身分を示す純白の法衣であっても抑えつけること能わず。
「密室じゃない。ここは馬車だぞ……。ったく相変わらずだな、レオン」
苦笑いを浮かべる俺に対して、学院時代と変わらぬほど屈託のない笑みを浮かべる男。
親友、レオン・クラーベが座席に座っていたのだった。
明日は、第二十九話を投稿予定です。
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