第二十七話 『初任務』
「――お待ちしておりました、ハルト・アベール様。宰相閣下のもとへご案内致します」
初出勤の朝、王宮の正門へ到着した俺に声をかけてきたのは、俺の就職会議ともいうべき日に、会議の間へ案内してくれたメイドだった。
お願いしますと言葉を返し、メイドの後ろをついていく。
長い廊下を歩き、階段を上る。
来客向けの設備を整えたスペースよりさらに奥。
行政実務の場たる空間へと足を運ぶ。
その最奥、今まで見かけた扉より少しだけ大きめの扉の前でメイドは立ち止まった。
「ハルト・アベール査察官をお連れ致しました」
ノックし、室内へと声をかける。
「……入れ」
一瞬の間の後、入室許可の声が届けられた。
その声に従い、メイドは扉を開ける。
扉をくぐり、奥の執務机で書類の山に囲まれている宰相閣下へと敬礼する。
「ハルト・アベール。参上しました」
手元の書類へと向けていた視線をあげる宰相ベルガル・ソラーシュ。
長い白髪を撫でつけ、ゆったりとしたエンジ色のローブに身を包んだ宰相閣下は、俺の姿を確認すると、書類と万年筆から手を離した。
「先日はご苦労だったのう、ハルト・アベール査察官」
執務机から立ち上がり、歩み寄ってくる宰相閣下。
執務机と扉の間には、来客スペースとも言うべき、ソファ二台とそれらに挟まれたローテーブルが置いてある。
そのソファへと腰掛けると、俺にも対面の席へ腰掛けるよう促してくる。
宰相閣下の好意に甘え、ソファへと座る。
それほど質の良いソファとも言えぬ感触にすこし驚く。
他愛もない世間話をにこやかに振ってくる宰相閣下。
無難に返答しながら、その意図を探る。
業務に追われているだろう宰相が、世間話に興じる理由とは何だろうか。
先日はご苦労だったのう。
父上たるユジン殿にも、ご足労をかけてしまったのう。
確か次男のアラン殿は近衛騎士団に所属していたと思うが、その後どうかね?
母君や長兄のベイリー殿もさぞ心配しただろう。
無事この日を迎えることができて、儂も嬉しく思っておる。
――会話の合間に挟まれるこれらの台詞でようやく気付く。
この人は、宰相閣下は、俺を通してアベール家の意向を把握したいのだと。
俺がその鈍い頭でようやくそのことに思い当たったのを見計らったかのように、宰相閣下は話の舵を切った。
「――さて、ではそろそろ仕事の話に移ろうかのう」
どこか好々爺じみた様相であった宰相閣下が、その居住まいを正す。
「昨今、価格が上昇傾向にあるものがいくつかある。その中で短期間で大きく価格を上昇させたものが二品目ある。一つは、小麦じゃ。現在食料品全体の値が上がってきておるが、とりわけ小麦の上昇幅はかなりのもんじゃ」
食料品全体の値段が上昇傾向にあることは、数か月前に知った。
王立学院で出会った親友。
最年少で助祭の地位を得た、光の申し子とも言うべきレオン・クラーベ。
彼が零した愚痴である、救世教会の炊き出しが難しくなってきている理由が、食料品価格の高騰だったからだ。
「これについては、理由が判明した。ドレーン公爵より、彼の領村がいくつも焼き払われており、その痕跡から恐らく襲撃したのは魔物ではなく、人間である可能性が高いと報告を受けておる。おそらく、複数の盗賊団が出没しており、そやつらのせいで収穫や流通に影響が出ている。それ故、先日国王陛下はドレーン公爵領のある東部を守護する方面軍に、盗賊団の壊滅を命じられた。じきに解決するじゃろう」
東部は肥沃な大地によってアズワール王国を支えている非常に価値の高い土地である。
一方で、他国と接した国境もあり、常に警戒を怠ることのできない土地でもある。
それ故に、この地を守護する東部方面軍は非常に練度が高く、その東部方面軍が出張るのであるならば、宰相閣下の言う通り、盗賊団はすぐさま壊滅するだろうと信ずることができる。
「問題は、もう一つのほうじゃ。鉄の値段が類を見ないほど上昇しておる。アズワール王国最大の鉄鉱石の産地であるメインズへ確認のため連絡したが……、そこへ派遣しておった査察官からの返事がない」
それは、査察官が任から逃げ出した故か。
それとも、秘密を探る中で消された故か。
緊迫した空気が流れる。
やおら、宰相閣下はソファから立ち上がり、その身に威厳を纏いて宣言する。
「――ハルト・アベール査察官。メインズへ赴き、鉄の値段が上昇した理由及び前任の査察官について調査せよ」
すぐさま俺も立ち上がる。
前任者が仮に殺されているなら、そんなヤバい案件を最初の任務に宛がうとか、この爺耄碌してんじゃねーのかと、心の中で悪態をつきつつ、そんな感情をおくびにも出さず、最敬礼で返答する。
「身命に代えましても、必ずや」
そんな俺に鷹揚に頷いてみせる宰相閣下。
「うむ……。明日、王宮の正門前に馬車を用意してある。その馬車に乗り、早速メインズへ向かってもらいたい。また、査察中のハルト君の表向きの身分じゃが、一つ面白いものを用意した」
そう言って、宰相は懐から二つの徽章を取り出す。
「こちらは、君の査察官としての身分を示すものじゃ」
紺碧の徽章は逆三角形をしており、中心に天秤が描かれている。
天秤の片側には金貨の山、反対側には一冊の本がそれぞれ乗せられており、本側が少し沈んでいる。
知識は大金より価値があるとでも言いたいのか?
「――そして、この五角形の徽章は、君の表向きの身分を示すものじゃ」
老緑ともいうべき、深く暗い緑色をした徽章。
中心に大きな盾が一つ。
その盾を囲うように四方に配置された四つの盾。
「……護衛兵」
その徽章の意味するところを呟く。
俺の声に、宰相は眉をピクリと動かす。
「よく勉強しておるのう。……左様。知っての通り、この国の近衛騎士団は、数が少なく、国の賓客や要人を護衛するには些か数が足りんのじゃ。かと言って、軍部の人間を護衛につけるには、礼儀作法や知識といった面で相応しいと言える人間は少ない。それ故、行政府にはそういった方々がアズワール国内で滞在・移動される間、警護に当たることのできる人間――護衛兵を用意しておる」
近衛騎士なみに、高い実力と知識を要するこの仕事だが、実際に護衛兵になる者は少ない。
近衛騎士の劣化版、王族を守護させてもらえない近衛騎士とも呼ばれる。
護衛兵になる者は、大半が近衛騎士の試験に落ちた人間であるのも事実だ。
「君には、護衛兵としてその街へ赴いてもらう。護衛対象として同行する人物を、実際に護衛する必要はないが、ある程度はそう演じておいたほうが都合が良い場面もあるじゃろう」
二つの徽章を受け取りながら、護衛兵っぽい装備品をすぐさま用意しなくてはと、頭の中で段取りを組んでいく。
「明日、馬車には護衛対象も同乗する。そこで挨拶するとよい。話は以上じゃ。検討を祈る」
出来れば、話しやすい美人が良いなぁと願いながら、俺は再度敬礼した。
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