第二十三話 『家族会議』
父ユジンが持参してくれた学生用のローブを羽織った後、用意された馬車に乗る。
向かうは、アベール家の邸宅。
普段は寮で生活しているため、長期休暇くらいでしか帰ることはない。
まだ交霊の儀からそれほど日が経っていないにも関わらず、帰宅する羽目になるとは。
「……本来ならすぐ休ませるべきところだが、すまないね」
窓の外へ意識を向けていた俺に、対面に座る父親が話しかけてくる。
その声には、家族を心配する父親としての情が込められている……ことが家族には分かる。
もう少し快活な見た目や雰囲気に変えれば、英雄ユジン・アベールの人気もうなぎ登りだろうに。
「いえ。もともと私の身から出た錆。むしろ、あの場に父上がいてくれたことが大変心強く、また嬉しかったです。本当にありがとうございます。」
失礼な感想は捨て置き、心からのお礼を述べる。
正直、父上が居てくれたおかげで、俺はシルド団長との戦闘に踏み切ることが出来たと言える。
試合の勝敗に関係なく、王宮内でなんら権力を持っていない俺なぞ、簡単に捻られてしまう。
秘密裏に処刑されていても可笑しくはない。
だが、父ユジンがあの場にいたことで、話は変わった。
英雄ユジンの前で、その家族に無体なことをすれば、最悪戦争だ。
ユジン・アベールの使う死霊術は、国との戦争すら単騎で行いうるが故に、戦闘という枠組みで収まらないのは目に見えているのだから。
「父親としての役目を果たしただけだから、そんなに気に掛ける必要はないよ」
微笑む父親に謝意を込めて頭を下げる。
虎の威を借る狐みたいで恥ずかしいが、それほどの力を持つ父親があの場にいてくれたことを最大限に利用したわけだ。
俺の証言が握り潰されることのない状況だった故に、俺は裁判の場で啖呵を切ることができた。
勝敗をひっくり返されたりしない状況だった故に、近衛騎士団長シルド・ドレーンと戦うことを承諾した。
あの場に父親がいなければ、逃げの一手しか打てなかったことを考えるに、本当にユジンさまさまである。
馬車は速度を落とし、やがて停まった。
窓の外には、愛すべき我が家。
馬車から降りた父親は、目の前で腰を折る執事に、家族を書斎へ呼ぶよう言付ける。
そして俺とともに、玄関扉をくぐり、まっすぐと書斎へ。
部屋付きのメイドへ、全員分の飲み物を用意するよう頼むと、父親は書斎机へと向かい席につく。
少しして、順に家族が書斎へやってくる。
母親たるミランダ・アベールは、豊かな金髪を軽くまとめており、陰気な配偶者の分まで明るいオーラをその身から発している。
父ユジンと同じく軍に所属する長兄、ベイリー・アベールはいつも通りしかつめらしい表情で入室してきた。
そして、もしかすると今回の件で一番迷惑をかけることになるかもしれない近衛騎士団に所属する次兄、アラン・アベールは、母親譲りの黄色いオーラを身に纏って入室してきた。
家族が全員揃うのを待って、父ユジンが口を開く。
「皆、このような時間にすまないね。ただ、今日の件はすぐにでも家族全員で共有しておくべきことだと私は考える」
一旦言葉を切り、家族を見回すと、事の始まりから順に話し出す。
数日前、俺が寮で暗殺者に襲われたこと。
俺が暗殺者を撃退し、その旨を寮の管理人を通して兵士、ひいては国へ報告したこと。
それらの調査が行われ、後日、俺のもとへ和解の場へ参席するよう命令書が届いたこと。
和解当日の朝、和解ではなく裁判の場へ加害者として俺を出頭させることが決まったことを知り、急遽裁判室へ参席したこと。
やがて、裁判室に魔力を封じる手枷をされた状態で連行される俺が入ってきて、裁判が始まったこと。
裁判の場で、暗殺者がクライン伯爵家の、マルティス・クライン近衛騎士であったこと。
しかし、クライン伯爵や近衛騎士団長シルド・ドレーンは、マルティス近衛騎士には俺を殺す動機がなく、また近衛騎士でを倒せる実力を一介の学生である俺が備えているとは思えないという理由から、俺の証言が虚偽であると申し立ててきたこと。
しかし、その主張を真っ向から俺が論破し、それ故に一度は流れがこちらへ傾いたが、ドレーン公爵家の長子カストロ・ドレーンが盤面をひっくり返す起死回生の一手を打ってきたこと。
それによって、俺と近衛騎士団長の試合が行われたこと。
それまで黙って聞いていたが、そこで家族の顔に緊張が走る。
「おいおい! マジかよ! よく生きて帰ってこれたな!」
次兄アランは、俺の肩に手を置きながら話しかけてくる。
苦笑いで頷いていると、母ミランダがその瞳に憂いを帯びさせて問いかけてくる。
「ハルト、怪我はありませんか?」
「大丈夫です。治療も済みましたし、今のところ違和感などもありません」
俺の返答を聞いてホッとした表情を浮かべると、その目元にうっすらと涙を浮かべる。
前世を合わせて三十年以上生きても、まだまだ親に心配をかけっぱなしな自分が恥ずかしい。
「しかし……それでは、ハルトの言は信用されなかったのでしょうか? こうして無事に帰ってきてるのを見るに、それほど悪い結果にはならなかったのかと思ったのですが」
思案顔で問いかけるベイリーに対し、父は少し困り顔で応える。
「結論から言えば、ハルトの言は信用された。しかし、想定していた最良の結果とは到底言えない結末でもある」
一度言葉を切り、メイドが机に置いていったコーヒーに口をつける。
「ハルトはね、近衛騎士団長に勝ったよ。交霊の儀で召喚した酒呑童子殿と力を合わせて戦うハルトは、私の想定を遥かに超える実力を示したよ……。近衛騎士団長は、全治1カ月だそうだ」
父の言葉を受けた家族は――――全員固まっていた。
俺も出来すぎな結果だとは思う。
まさか勝てるとは思わなかった。
負けるとも思わなかったが、勝ち切るのも難しいというのが俺の見立てであった。
「ま……まさか。相手は父上と同じく最強の名を冠するシルド団長だったのに?」
驚愕の表情を浮かべる次兄アランが、なんとか声を絞り出す。
「……一体どうやって?」
普段しかつめらしい表情で固定されている長兄ベイリーであっても、その瞳から驚きを隠しきれていない。
そして、その長兄の言葉を受けて反応したのは、父ユジンであった。
「それは私も知りたいな。あの能力、――朱纏と言ったか。見ていてもその効果は分からなかったよ」
確かに外観からは分かりにくい能力ではある。
「朱纏は、酒呑童子の能力です。体に纏うことで身体能力を向上させ、また自分の身体を保護する鎧のような効果があります。それだけでなく、あの体に纏う朱い渦は、酒としての性質を持たせることもできます。シルド団長に触れる際に、酒としての性質を高め、高濃度の酒精によって一気に酩酊状態へと持ち込んだことにより、なんとか勝ちを拾いました」
簡潔に説明し、納得を得る。
「なるほど! 要するに人を酔っ払いにする魔法か! そりゃ初見じゃ防ぐのは難しいだろうな! なんせ近衛騎士の正規装備は、元素魔法への抵抗力を向上させる術式は付与されてても、酒への抵抗力を上げる術式なんて付与されてるわけないからな!」
破顔する次兄アランの言を受けて、空気が弛緩したのを感じる。
「さて、近衛騎士団長との勝負はハルトの勝利で決着した。本来であれば、ハルトの証言の信用性が上がり、それ故ハルトの無罪。また、ドレーン家から今後の手出しをさせないような裁決が下るはずだったのだが……」
話し出した父ユジンの声は、先ほどの空気に再度、緊張感を孕ませる。
「ハルトが医務室に運ばれた後、一人の男があの場に参席したのだよ」
手元のコーヒーに再度手を伸ばす。
一息ついて、その男の名を口にする。
「その男の名は、フルーム。フルーム・ドレーン――現ドレーン公爵家の当主たる男だ」
明日は第二十四話を投稿予定です。
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