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第二十二話 『酒と予感』

 トマス・ミーファ軍総司令官によって勝利を宣告された後、俺はそのまま前のめりに倒れこむ。

 特に背面部は、シルド・ドレーンの代名詞たる炎双(ファイアツイン)(シールド)を何度も叩きつけられたために、大きな火傷を負ったわけだ。

 正直もう泣きたいくらい痛い。

 あと、何故か体に力が入らない。

 ――魔力を使いすぎたかな。

 息を荒げながら、立ち上がろうともがき、それでも力が入らず、何度も倒れてしまう。

 だんだんまぶたが重くなり、やがてもがくことすら出来なくなって……。

 途端に舞台の上が騒がしくなり、それでも意識に靄がかかって――俺は意識を失った。






 ◆ ◇ ◆






 ――暗い。

 そこには闇があった。闇しかなかったとも。

 暗闇の中で、俺はあちらこちらへと視線――意識を向ける。

 やがて、ふわりと音もなく、ぼんやりとした灯りが視界の端に映りこむ。

 そちらへ意識を向ければ、灯りの正体は……鬼火。


 あぁ、そうか。

 ここは俺の――――。


 やがて、鬼火は形を変える。

 朱い炎はそのまま、悪鬼たる酒呑童子へ。

 ニヤリと口角をあげた不敵な笑みで、しかしそこに悪意を感じることはない。


「悪いの。こんなとこに呼び出してしもうて」


 そう言って、その場に座り込む。

 と言っても、闇しかなく天地すらはっきりとしないこの空間で、胡坐をかいた鬼はその状態で浮いているように見える。


「呼び出したのは、一応ハルトに説明しておいた方がよいだろうと思うことがあったからじゃ」


 腰の瓢箪を手に取り、それに口をつけようとして――固まる。

 やおら瓢箪を逆さまにして振るも、そこから一滴の酒も出てはこなかった。


「儂の力の源は、先ほどの朱纏(しゅてん)の通り、この身を流れる血酒じゃ。しかし、儂はお主と地獄で語り合ったときに交わした契約に従い、この世に血酒より旨い酒がないと分かるまでは、血酒を造ることはないし、勿論呑みもしない」


 確かにそうだ。

 俺の必死のお為ごかしに敢えて乗ったのだ、この悪鬼は。

 契約を交わした悪鬼は、律儀に契約を守ってくれた。

 反故にしたって、俺では止めることができないだろうに、敢えて契約を遵守してくれている。


「……つまりじゃ。儂の身に流れる血酒は、限度があるということじゃ。儂の霊力で再現しておるが、同時に儂の霊力の元たるものが血酒じゃからのう。このまま血酒を補給できんと、いずれ儂は力を奮うことができんくなるじゃろうな」


 それは、俺との契約によって生まれた縛りとも言うべき部分。

 俺に文句を言う権利はないだろう。


「ハルトとの契約を反故にせず、なおかつ儂の力の源を補給する方法。それ即ち、酒の補給じゃ。血の部分に関しては、ハルトの血を利用させてもらえれば、他者の血を奪う必要はないからのう。もちろん、気に入らん奴を殺して血を奪ってよいということなら、そうさせてもらうが」


 そう言って獰猛な笑みを浮かべる悪鬼に、俺はかぶりを振って応える。

 もう二度と、こいつに悪さをさせはしない。


「……そうか。それならばハルト。今後は儂の力を、朱纏(しゅてん)を使用するたび、貴様の血は失われることを忘れるな」


 諾、と頷けば。


「それと、酒を呑む方法を見つけよ。さもなくば、いくらハルトの血を奪おうとも、儂の力を発揮することは叶わんぞ」


 力の源というだけじゃない。

 わざわざ世界を渡って俺を追いかけてきたのも、旨い酒探しのため。

 だから俺は心当たりを伝えてみる。


「一つ聞きたいんだが、さっきの戦闘で俺が火傷を受けたり、炎の盾で何度も叩かれたとき、酒呑童子は何か感じたか?」


 その問いに、フンと鼻を鳴らし。


「儂ほどになれば、あの程度で痛痒を感じたりせんわ!」


 あれ?

 一切何も感じないなら、俺の考えた方法じゃ無理かも……。


「じゃあ痛みも熱さも一切感じないのか?」


 俺の問いに、酒呑童子は少し嫌そうな顔をする。


「確かに痛みや熱さという感覚はある。ハルトほどのたうち回ることがないだけじゃ」


 不貞腐れたような態度で、ツンケンと。

 しかし、返ってきた内容は俺にとっては都合がよいものだった。


「それなら……。酒呑童子が俺に憑依した状態で、俺が酒を呑んだら――」


「――儂も酒の味が分かるかもしれん!」


 食い気味に答えた悪鬼は、破顔する。

 そして、俺を急き立てるように、声を荒げる。


「早速! 早速試さねば! 何をしとる! こんなとこにおる場合か! さっさと目を覚まさんか!」


 悪鬼の様子に、苦笑しながら。

 確かにそうだ、そろそろ目を覚まさないと。


 やがて、俺の意識は浮上――覚醒する。






 ◆ ◇ ◆






 目を覚ます。

 ゆったりと上半身を起こせば、見慣れないベッド。

 左手は壁。

 右手には、似たようなベッドが数台。

 ――医務室かな?


 体には特に違和感はない。

 痛みも、火傷した皮膚のツッパリも感じることがない。


「……目が覚めたみたいだね。ハルト」


 手を握ったり開いたりしながら、体の様子を確認していると、医務室の扉が開く。

 入室してきた我が父ユジン・アベールは、優し気な声で話しかけてきた。

 その手に新品の学生用ローブを持っており――あぁやっぱり着ていたローブは燃えカスになったのだと実感する。


「どこか調子が悪かったりはしないかい?」


 俺の様子を心配そうに見やる。

 陰気な顔で俺を覗き込むような姿勢の父は、他人から見れば、まるで俺の瞳を覗き込みながら呪詛を吐いているように見えるんだろうなぁ。

 めっちゃ良い人なのに。見た目って大事だと思わされる。


「……いえ。どこにも違和感はありません」


 無難に応えた俺に対し、安堵の表情を浮かべる。


「なら良かった。一応着替えは準備したからね」


 そう言って手に持ったローブを手渡してくる。

 俺が受け取って、ローブを着るのを眺めながら、ポツリと言葉を漏らす。


「さっきの……。先ほどの戦いは凄かった。酒呑童子殿の力も、ハルト自身の力も、私の予想――いや、あの場にいた全員の予想を超えていたと断言できる。あのシルド・ドレーンに勝てるだなんて予想を立てた者など誰もいなかったはずだ」


 そう言って俺の手を握る。


「ハルト。国王陛下の沙汰が下った。あまり気分の良い結末ではないけれど、ハルトが近衛騎士団長に勝ったという事実によって、楔は打てたはずだ――ハルト・アベールに手出しすれば、例え最強と言われる存在でもただではすまないのだと」


 気分の良い結末ではないという部分が凄く気になる。

 そんな心情が漏れ出ていたのだろう。


「……ハルト。ここは人の目につくかもしれない。一度、寮に戻る前に自宅へ寄ることはできるかい?」


 特に予定もないし、頷いてみせれば。


「なら、ハルトが意識を失っている間のことは、家に戻ってから話すよ。ハルトだけじゃなく、家族も知っておいた方が良いだろうし。馬車を手配するから、もう少しここで待っていてくれ」


 俺を置いて、医務室から出ていく父親の背中を見ながら。

 勝利の余韻に浸る暇もなくやってきた厄介ごとの予感に、ため息を零したのだった。






明日は第二十三話を投稿予定です。

現在小説家になろうで行われている「夏のホラー2019」用に、短編を投稿しました。

怖い話が苦手な方以外は、楽しんでもらえると思います。

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