第二十一話 『鬼の力』
体を包む火炎に対し、俺は酒呑童子の霊力と俺自身の魔力で全身を覆うことにより抵抗する。
しかし、一向に勢いが衰える気配のない炎に対し、有効な手立てが思いつかない。
狂ったように笑う声に反応して、シルド団長を見上げると、口元から涎を垂らしてこちらを眺める姿が目に入る。
「やれやれ。儂の力をちゃんと使わんからこうなるんじゃ」
やおら脳内に響くのは、同化した酒呑童子の声。
儂の力って……。
この身体能力が酒呑童子の力じゃないのかと問いかければ、否と。
「儂の力がただの身体能力向上なわけなかろう。それはあくまで副産物のようなものじゃ。本質はまるで違う」
燃え盛る二枚の盾は何度も俺の身体へ上方から、何度も叩き潰そうと落下してくる。
その度に、狂炎を防ぐことができず、俺の身体は徐々に火傷が増えていく。
ローブが燃え落ち、それでも体を丸めて、亀のように守りに徹することしかできない。
「さて、この変態騎士にいつまでも構ってる暇はないぞ。早々にけりをつけて酒の飲み方を考案せねばならん」
頭の中に響く酒呑童子の声は、平時と変わらず。
あくまで自分の希望を優先するその姿勢に、本来であれば苦笑を禁じ得ないところだが。
正直、現状打つ手なし。
この状態では、笑うどころか、魔力コントロールに意識の大半を取られてしまう。
頭の中の悪鬼に、悪態をついてやれば、悪鬼は笑いながら応える。
「この程度の炎で、儂を殺せるわけなかろう!」
その言葉に導かれるようにして。
俺の頭の中に、一節の呪文が浮かび上がる。
「さぁ、ハルトよ! 儂の力を! 貴様の力の名を! 叫ぶが良い!」
◆ ◇ ◆
あの日、村が襲われた記憶は、未だに色褪せることがない。
一人安全な場所にいて、その目の前で他人が蹂躙され、燃やし尽くされる様。
恐怖と性的興奮をぐちゃぐちゃに混ぜ込んだ、名状しがたき感情。
ただの幼子であった俺は、あの日精通を迎え、その時の映像が忘れられない。
今もそうだ。
俺の炎によって炙られ、燃え盛る少年。
あどけなさが残る顔が苦痛に歪み、見ているだけで体の一部が隆起するのを抑えることなどできはしない。
これだ。
これが見たくて。
これを間近に見たくて俺は騎士になった。
王の傍らという場所は、平時であれば、これ以上安全な場所はない。
この場所からは実に様々なモノを見ることができるだろう。
今のように俺自身の手で蹂躙するも良し。
王を狙う凶悪犯が現れたとしても、部下をぶつけてやれば、どちらかが悶え苦しむ様を見ることができる。
ダメだ……これ以上、この少年を見ていることはできない。
この場でこれ以上、こんな苦しむ姿を見せられたら。
業火によって燃え尽きんとする姿を見せられたら。
――衝動が吹き上げてしまいそうだ。
◆ ◇ ◆
舌なめずりをしながら、ゆったりとこちらへ近づいてくる近衛騎士団長シルド・ドレーン。
その一物は天を向き、その目は耽美な悦びを隠しきれていない。
――こんな変態野郎に、殺されてたまるか。
――俺は、こんな理不尽を許せないから、今生でも戦うことを選んだんだ
――前世の親父と今生の父
――どちらにも恥じることのない生き方を、戦いを!
「ウオオオオオオオオオオッ!」
天に向かい、咆哮を放つ。
我が身を包む炎を、その上にある炎双盾を。
咆哮とともに立ち上る朱色のオーラが吹き飛ばす。
旋風が如く渦を巻き、やがて我が身を包む。
朱鎧とも言うべき闘気の衣となったオーラを纏う俺を見たシルド団長は、眉を顰める。
「やれやれ、せっかくの炎が……。その顔が! 未だ幼さの残るその顔が! 苦痛に歪み形を変える様こそ至高であるのに。」
舌打ち一つ。
そして、その目を愉悦に歪ませると。
「まぁ良い。すぐにまた、その顔に苦悶が満ちると思えば、楽しみが増えたと言える」
下唇を舌でなぞると、改めて炎双盾を詠唱。
近衛騎士団長は、両サイドに浮かぶ炎の盾の間で、その手に持つ剣を中段に構える。
「あっさり死んでくれるなよ、ハルト君」
「――それは、こっちの台詞だ」
近衛騎士団長の言葉を受けて、一歩前に出る。
朱い闘衣を身に纏い、誰の目にも止まらぬ速度で、シルド団長の眼前へ。
反応が遅れ、慌てた様子で剣を突くが……遅い。
首を傾ける動作で躱せば、右足で踏み込み、左腕を相手の顔面へ伸ばす。
こめかみを鷲掴みにしてやり、ギリギリと締め上げる。
「グオオオオッ! 貴様ッ! 離せッ!」
呻き叫んで両サイドの炎の盾で俺を挟み込んでくる。
俺が全身の魔力を使っても、防ぎきることのできない、爆炎とも呼ぶべき炎。
しかし、俺には今これがある。
――儂の身に流れる朱き血と酒こそ、儂の力の本流よ
酒呑童子の声が脳内に響き、俺はこの力の名前を叫ぶ。
「朱纏!」
途端身を包む朱き闘衣は、その回転を速めると、迫りくる狂炎を防ぎきる。
一切の熱を感じぬほど完璧に防ぎ、そして弾き飛ばす。
「バ……ッ! 馬鹿なッ!」
さっきも弾き飛ばしたの見てなかったのか?
もう俺にそれは通用しない。
「……炎双盾ッ! 炎双盾ッ! 炎双盾ッ――!」
シルド団長が、無詠唱で必死に生成したのは、百を超える炎盾の群れ。
並の兵士どころか、小規模な魔物の集団暴走ぐらいなら、一瞬で片付きそうなほどの熱量を持ち、それらが一気に俺目掛けて突っ込んでくる……が。
「――お分かりいただけただろうか。俺にはもうその技は通用しないってことが」
身に纏う朱き旋風は、その全てを弾き飛ばし、掻き消して――その場には無傷の俺だけが残る。
「馬鹿な……。そんな馬鹿な……」
シルド・ドレーンの声から覇気が消えていく。
その様を見届けて、首から手を離してやる。
立っていられず、膝をつく。
何度か立ち上がろうと、膝に手を乗せるも、その度に力が抜けるように崩れ落ち、やがて両手を地面につく。
「ハァ……ハァ……なぜ? ……なぜだ? 貴様……なにを……なにをした……?」
まるで酩酊したかのように、意識が朦朧とし、立ち上がることもできなくなった近衛騎士団長。
シルド団長の問いに対する答えは単純。
朱纏とは、酒呑童子が前世で呑んでいた、人の生き血交じりの純度の高い酒精を、酒呑童子の霊力で再現したもの。
単純な魔力としての運用はもちろん、酒としての効能も有しているわけだ。
だから俺は、右の肩をぐるりと回しながら、応えてやる。
「――相手にわざわざ種明かしする趣味はないんですよ」
倒れこむシルド団長の髪を左手で掴み、無理やりに立たせる。
暴虐の悪鬼をその身に宿した笑みは、シルド・ドレーンには酷薄に映ったのだろう。
犬歯を剥き出しにして笑って見せる俺に、ヒィッと息を呑む。
「そういえば、その昔シルド団長は大鬼や小鬼に襲われたことがあるそうですね」
シルド・ドレーンの怯える目を見つめながら、ゆっくりと顔を近づける。
「――もう一度、鬼の怖さを教えてあげますよ。最強の鬼、酒呑童子として」
◆ ◇ ◆
あの日、村が襲われた記憶は、未だに色褪せることがない。
一人安全な場所にいて、その目の前で他人が蹂躙され、燃やし尽くされる様。
恐怖と性的興奮をぐちゃぐちゃに混ぜ込んだ、名状しがたき感情。
ただの幼子であった俺は、あの日精通を迎え、その時の映像が忘れられない。
そうだ、恐怖だ。
燃やされ犯されるあの女を見ながら。
俺は確かに恐怖を。
鬼という種に恐怖を。
犬歯を剥き出しにして笑う鬼どもに殺されると。
そうだ。恐怖だ。
あの日思ったじゃないか。
順番が違うだけで、等しく今夜死ぬと。
例外はないと。
俺は生き残れたと思っていた。
恐怖に苛まれることのないよう、安全な場所へ一人逃げ出した。
それなのに。
ここは安全なはずなのに。。
ここに、なんで――。
◆ ◇ ◆
「なんでッ! なんでッ! ここに鬼がッ! 嫌だ! イヤダアアアアアアアアアッ!」
悲鳴を上げるシルド団長の顔面へ。
「ウオオオオッ!」
渾身の右ストレートをぶちかます!
ぐしゃりという感触とともに、近衛騎士団長は真っ直ぐと吹き飛び、やがて線を越え、訓練場の壁へぶち当たって――沈黙する。
一瞬の間の後、審判たるトマス軍総司令官の声が響く。
「しょ……ッ! 勝負あり! しょ……しょ……ッ! 勝者! ハルト! ハルト・アベール!」
その声を背に、俺は右拳をグッと握りしめた。
明日は第二十二話を投稿予定です。
せっかく、普段死霊術や妖怪といったものをテーマにした作品を投稿しているので、本日「夏のホラー2019」用の短編を投稿してみました。
興味をお持ちいただけた方は是非一度、お読みいただければ幸いです。




