第二十話 『炎』
現世に顕現せし、暴虐の悪鬼をこの身に宿す。
自身の身体の隅々まで行き渡る魔力は、前世で言うところの酒呑童子の霊力。
「それは……その角はなんだ?」
近衛騎士団長の問いは、暗殺者たるマルティスが発した言葉と本質的に同じ。
身に宿る魔力量を認知してなお、目につくほどの見た目の変化。
「これは私が契約した怪異、酒呑童子の角です」
頭部の二本の角は分かりやすい異形の証明。
腰もとの瓢箪は、身に纏った学生用のローブでシルド団長の目には触れていない。
「シュテンドウジ……聞いたことのない名だ」
この世界にも鬼という種は存在する。
小鬼や大鬼の二種類が特に有名だ。
オーガは数が少ない代わりに、危険度が高い。
身の丈二メートルを超える体は、筋肉の鎧に覆われており、魔法こそ使用しないが、並の兵士では抵抗すらできない。
ゴブリンは逆に数が多い。圧倒的な繁殖能力と成長速度でその個体数を増やす。
身の丈はオーガの半分程度であり、一匹一匹の危険度はそれほどでもない。
この二種は、同種故に共生関係である。
他種族は人や魔物の区別なく襲うが、鬼同士で争うことはないのである。
「念のため確認するが、それが近衛騎士たるマルティスを退けた力であるか?」
近衛騎士団長シルド・ドレーンが生まれ変わることとなった、とある村の惨劇を生み出したのもこの二種。
オーガは足りない数を、ゴブリンは足りない力を互いに補い合って、村を襲ったのである。
「はい。これが私の、アベール家の末席を汚す者としての力です」
これらの種は一定の経験を積むことで進化をすることがある。
ゴブリンメイジやオーガジェネラルといった、様々な進化先を持っており、進化した個体はその能力を一気に向上させる。
それらの種が行き着く先はキングと呼ばれる。
ゴブリンキングやオーガキングとなると、それはもう手のつけようがなく、また率いる群れのサイズからも一個師団程度の兵士を動員する羽目になる。
「そうか。つまりそれが俺に通用しなければ、貴様の言の信用度は下がるわけか」
そして、それらの鬼とは完全に別種。
酒呑童子とは、この世界の鬼とは一線を画す存在。
「えぇ。そして、この力で貴方を打ち倒すことができれば、私の証言は実行可能であると証明されるわけです」
俺はまだゴブリンキングやオーガキングをこの目にしたことはない。
だが、前世と今生を合わせても、酒呑童子以上の暴威とは、ついぞ出会うことはなかった。
酒呑童子は、ゴブリンキングやオーガキングですら軽く捻ることができる。
そう信ずることができる。
なぜなら、この世界にゴブリンキングやオーガキングの討伐記録はいくらでもあるが、前世における酒呑童子はたったの一度しか負けたことがない。
――そう、神便鬼毒酒も童子切安綱もないこの世界で、酒呑童子が負けるはずがない。
「減らず口を……小僧」
その眼だけで心臓の弱い者なら簡単にあの世へ行けるだろう。
獰猛な笑みを浮かべ、唇を吊り上げたシルド・ドレ―ンは、その手に持った剣を上段へ構える。
「これ以上時間を無駄にするわけにもいかん。生意気な口を二度ときけない体にしてやろう」
その言葉を受けて、俺は猛然と駆けだす。
獣の如くその身を地に這わせるようにして、一気にシルド団長との距離を狭める。
先ほどより上がった速度に対して、しかし近衛騎士団長は一切の油断はなく。
正面から俺を迎え撃つ。
「ハアアアアァッ!」
俺を唐竹割りにせんと、まっすぐ振り下ろされた剣速もまた最速。
頭から突っ込んでいく俺には、左右へ避けたりブレーキをかける余裕はない。
だからこそ、俺はここで加速する。
振り下ろされる剣の、その鍔に向かって下から上方へ右手を振り上げる。
プロのボクサーが見れば笑ってしまうほど大振りのアッパーは、鍔にぶちあたり、一気にその剣身を跳ね上げる。
正面、がら空きになった近衛騎士団長の顔面に向かい、右足を踏み込みつつ、右肘をぶち込もうとする。
その瞬間ニィッと不敵に笑ったシルド団長の顔……罠かッ!
直観を信じて、踏み込んだ右足をそのまま踏み切り足として後方へ跳躍すれば、シルド団長の眼前に炎盾が両サイドから挟み込むように移動してくる。
炎揺らめく盾の隙間より垣間見えるシルド団長の眼は、猛禽類のような鋭さの中に、暗い愉悦を孕んでいる。
――まっすぐ突っ込んでいれば、そのまま俺の右手は消し炭だった。
「カアッ!」
シルド団長の吐いた気炎がそのまま形を成す如く、炎の盾が両方とも真っ直ぐに突進してくる。
その盾に追走するように、近衛騎士団長が一気に駆けてくる。
先ほど俺が骨長槍四本でやったことと内容はほとんど同じだが、威力は桁違いだろう。
俺は軽く左足を前に出し、膝を軽く曲げてステップを踏む。
左腕は肘を軽く曲げると拳を目より少し高く、右腕も同様に肘を軽く曲げると拳は顎の前へ。
前世のボクサーのように構えると、ギリギリまで炎双盾を引き寄せる。
俺の顔目掛けて突っ込んでくる盾に向かい、こちらからも一歩踏み込む。
ダッキングで潜りぬけると、正面で大きくに剣を引き絞るシルド団長をこの眼に捉える。
剣身を完全に躱すのは不可能だと諦め、ならばと右手に力を――酒呑童子の霊力を込める。
大きく突き出された剣先に対し、正面から放つのは。
暗殺者たるマルティス近衛騎士を屠った――正拳突き。
「疾ッ!」
右の拳に込めた酒呑童子の力は、剣の切っ先に抉られるはずだった俺の右手をカバーし、結果として相打ち。
すぐさま互いの武器を引き、次撃を放たんとするが、剣より拳の方がリーチが短いのが幸い。
一瞬先に動き出したのは俺だった。
すぐさま、一歩踏み込み、剣の間合いから拳の間合いへ。
互いが密着するほど肉薄する。
この距離なら剣での攻撃は間に合わない。
自慢の炎双盾も後方に置き去り。
踏み込んだ左足に体重を乗せ、放つは――左ボディ!
俺の左拳は、シルド団長の鳩尾にボキリという感触と共にめり込み、その身を浮かせて吹き飛ばす。
「うぐぅ……ッ! ……おのれッ!」
後方へ吹き飛び、着地した瞬間に膝をついたシルド団長だが、その眼に憎悪の炎を滾らせる。
あばらを圧し折ったが、まだ折れないか。
しかし、ここで勝負を決める!
未だ膝をつくシルド・ドレーンに駆け寄ると、大きく右拳を振りかぶる。
刹那、後方から接近する死の気配。
躱せない!
全身に込められた酒呑童子の霊力を、背面に集中して注ぎ込む。
後方から迫った炎双盾は背後から俺へと迫り、酒呑童子の霊力によって生み出された防膜と拮抗する。
――近衛騎士団長シルド・ドレーンの代名詞とも言うべき炎双盾を防いだことで生まれた、心の隙間を、シルド・ドレーンは見逃さなかった。
――真一文字に放たれた剣身は、俺の胴を横薙ぎにする。
――避けられないなら、根性で耐えろ!
「ぐあああぁ!」
声をあげ前のめりに倒れこむ俺に対し。
「ほう……。よく対応した。まさかあの状態から腹部に魔力を持ってくるとは」
立ち上がり、俺を見下ろす近衛騎士団長。
「ここまでの流れは、なるほど学生の範疇には収まらんな。だが、それでも勝敗は変わらん」
立ち上がろうとする俺の上方から墜ちてくる炎双盾。
近衛騎士団長シルド・ドレーンは。
「イヒッ……イヒヒヒヒ」
燃え盛る俺を見て、その眼を愉悦に歪め。
こらえきれず哄笑をあげながら。
その下腹部を大きく膨らませていたのだ。
◆ ◇ ◆
遠い昔。あの日、村が襲われ。
お付きの兵士どもによって納屋の用具入れに押し込まれた。
こっそり用具入れを出て、納屋の窓からこっそり村の様子を窺っていた。
村中から聞こえる怒号と悲鳴。
轟音を伴って舞い上がる土埃。
逃げ出そうとする村人を追い回す複数の小鬼。
村のあちこちに、その手に持つ松明のようなもので火をつけて回り、村を蹂躙していく。
必死に戦う兵士たちを嘲笑うかのように、一人また一人と襲われ、ある者は連れ去られ、ある者は殺されていく。
ゴブリンを引き連れた、この群れのトップたる大鬼は、剣を振り回し魔法を放つ兵士を一人ずつ、その手で鷲掴みにし、腕や足を引き千切っていく。
手足を捥がれて、芋虫のようになった兵士は、ゴブリンの波に呑まれていく。
恐怖。
順番が違うだけで、等しく今夜ここで死ぬ。
例外はないと。
窓越しの映像に震える。
そんな納屋の手前まで、一人の村人が必死に逃げてきて。
そこでゴブリンどもに捕まり、引きずり倒される。
あぁ……あの女は確か、先日婚姻したばかりだと……。
助けてと、必死に夫の名を呼び、抵抗する女を下卑た笑みを浮かべたゴブリンどもが襲う。
服を剥ぎ取られ、その場で股を開かれ、犯される。
嫌だと、泣き喚く女に対し。
「グギャギャギャギャ!」
と汚い笑い声をあげながら、その手に持つ松明を女に押し当て、髪が燃えあがる。
何匹ものゴブリンに燃やされ、犯され、必死に手を伸ばした女は、その手の先で怯える俺と目が合った。
助けてと、必死に俺の名を呼び、手を伸ばす女を見て俺は……俺は……。
「イヒッ……イヒヒヒヒ」
その両目から涙を流しながら、精通を迎えた。
明日は第二十一話投稿予定です。
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