第十九話 『炎双盾』
正眼へ剣をゆったりと構え、こちらを睨みつけながら口上を述べる近衛騎士団長に対し。
俺は大きく後方へ跳びつつ、詠唱を開始する。
「永久の生など夢物語 万物を穿つ死を ここに顕現する 骨長槍!」
着地した俺の背後に浮かび上がるは、先端を削り尖らせた骨。
一本の長槍に見立てるのも烏滸がましい見た目だが、詠唱によって召喚したため、威力はお墨付き。
そして。
「骨長槍! 骨長槍! 骨長槍!」
詠唱を破棄し、同様の長槍を追加で三本。
威力は先の一本に劣るが、見た目は同じ。
尖らせた長い骨を背後に合計四本浮かばせた俺は、右手を眼前へ突き出す。
「疾ッ!」
詠唱破棄された三本の骨長槍が同時に空を駆ける。
最初の詠唱で生成された骨長槍がそれら三本に追随し、近衛騎士団長シルド・ドレーンに肉薄する。
「ほう……。それなりにはやるようだな」
迫りくる骨長槍に対し、シルド団長は正眼に構えた剣を八相に構えなおす。
大きく息を吸い、そして。
「キエエエエエエイ!」
気合と共に剣を勢いよく振り下ろす。
放たれた袈裟斬りは、先行する三本の槍を簡単に弾き飛ばす。
残る最後の一本を斬り上げで粉砕させるや否や、俺との間合いを一気に侵略する。
魔法の間合いから、剣術の間合いへ。
駆け寄りながら、剣を片手に持ち替える。
右手で剣を握りながら、そのまま右肘を後方へ引き絞っていく。
左手を前方に突き出し照準を定めると、後方に引いていた剣を持つ右手を前方へ突き出しながら、飛び掛かってくる。
「ハアアアアァ!」
気炎を吐きながら、俺の顔目掛けて飛んでくる刺突をそのまま受けるわけにはいかない。
その場に足を止め、どっしりと構えた状態で防御魔法を詠唱する。
「死は生と円環を成し その力の一端を ここに顕現する 骨円盾!」
暗殺者たるマルティス・クラインの風魔法を相殺した防御魔法を紡ぐ。
俺の眼前に生成された骨円盾に、近衛騎士団長は、一切の躊躇なく、その剣を突き入れる。
ガリリッと一瞬の抵抗を見せるも、簡単に突き破られる骨円盾。
壁をぶち抜いた暗殺者の暴風の砲弾と同等以上の攻撃力が、あの突きに込められている。
しかし、そんなことは分かり切っている。
シルド・ドレーンはアズワール国の一対一最強の男。
俺の防御魔法では防げるはずがない。
だからこそ……俺はその剣の先にはいないぞ!
生み出した骨円盾を目くらましに、俺は右側――シルド団長が剣を持たぬ左手側へ回り込む。
「骨長槍ッ!」
叫び、自らの右手へ生成した槍を、遮二無二突き入れる。
しかし……。
「炎壁」
詠唱せず召喚された炎の防御魔法。
俺が使う盾より広範囲を防ぐことができる文字通り壁の魔法は、突きこまれた骨の槍を瞬く間に炭化させる。
シルド団長の身に届く前に、ボロボロと崩れ去る。
慌てて手を引っ込めると、急ぎ後方へ跳び退る。
火の魔法。
火・水・風・土・光・闇の六元素魔法と呼ばれる、一般的な魔法区分の中でも、適正のある者が多い元素魔法の一つ。
光や闇の魔法と違い、火・水・風・土の魔法適正は、大半の人間が大なり小なり持っているものである。
もちろん、我がアベール家では、誰も使用できないのだが。
そんな火の魔法の最たる特徴は、攻撃力。
その他の元素魔法のように、通信に使えたり、傷を癒したり、敵を邪魔することはできない。
殺すことに特化した元素魔法、それが火の魔法である。
火の魔法は適正持ちが多く、また攻撃力の高さを併せ持つにも関わらず、軍や騎士団に所属する人間の中で、火の攻撃魔法や防御魔法を主軸に戦う人間は少ない。
理由は至極単純。扱いが圧倒的に難しい。
一度術者の制御下を離れた炎は、術者の身すら焼き焦がす。
極度の緊張状態に陥ることの多い戦闘時に、なんらかの理由で集中を欠き、結果として防御魔法で守ったつもりの仲間へ危害を加える結果になることもある。
そのため、タバコや薪に火をつけるなど、小規模な火種を生み出す以外で使用する者は少ない。
その扱いの難しい火の魔法を巧みに使いこなす者。
特に、敵と距離のある状態で詠唱、発動が可能な遠距離魔法使用時ではなく、敵を目の前にした白兵戦において、対象だけを燃やせるよう精緻にコントロールする術を身に着けた者はほとんどいない。
その数少ない例外が、シルド・ドレーン近衛騎士団長。
生まれ故郷はアズワール国の食糧庫とも呼ばれるほど恵み豊かな土地である。
それらの土地を守るために、敵を土地ごと焦土に化していては本末転倒。
シルド・ドレーンは、実戦を通じて、火の扱いを学んだ。
骨を炭化するほどの温度を孕んだ炎が目の前にあっても、俺やシルド団長には火傷ひとつない。
あの炎の壁に触れた者だけを燃やす。
それほどの熱量、精密さを兼ね備えた炎を無詠唱で生成することができるほどに。
「……反応速度はそれなり。だが……」
瞬間、彼我の間にあった三メートル程度の距離が一瞬でなくなる。
一気に俺へと肉薄した近衛騎士団長は、その豪腕で俺の顔面を横殴りにする。
ぐッという呻き声と共に、一気に吹き飛ばされ、転げながら、線を越えぬよう体制を立て直す。
そんな俺を尻目に。
「しかしまぁ、それなり程度でしかない。先ほどの魔法もそうだ。とても近衛騎士に勝てるレベルに達しているとは思えん」
そして、低く腹に響く声で詠唱を始める。
「炎よ 万難を排す 盾となれ 炎双盾!」
詠唱の終わりとともに、近衛騎士団長の両隣にそれぞれ炎の盾が浮かびあがる。
先ほどシルド団長が使用した炎壁のように、魔法名に壁が入る防御魔法は、範囲に優れている。
一方、俺が使用した骨円盾のように、盾と魔法名に入る防御魔法は、範囲に劣る代わりに、防御力に優れる。
そして、シルド・ドレーンが近衛騎士団長として、望まれた理由もここにある。
圧倒的攻撃力を持つ炎の魔法は、本来防御魔法としては性能が高くない。
土魔法のように、物質を生成する魔法は物理的に相手の攻撃を止めることができるが、炎の魔法は火力が足らなければ攻撃が貫通してくるからだ。
その炎の魔法で圧倒的な防御力を手に入れたのがシルド・ドレーン。
強烈なまでの火力を精密にコントロールすることにより、その盾に触れた者は総て灰と化す。
自らの名前と同じ盾たる炎の魔法を持って、文字通り王家の盾となる者。
二枚の盾に阻まれ、一切の攻撃が通じず、それ故に一対一最強。
「さて……。そろそろ諦めるか、隠した奥の手があるなら見せておくべきだと思うぞ」
獰猛な笑みを浮かべながら、浮いている一枚の盾を俺に向けて突進させる。
「死は生と円環を成し その力の一端を ここに顕現する 骨円盾!」
生成した骨の盾は、しかし一瞬の均衡も許されず、まるで貫通したかのように炎の盾は俺へ肉薄する。
とっさに左方へ崩れるように転がるも、たなびくローブが盾に触れ、燃えカスのようになって消滅する。
自らの名前と同じ盾たる炎の魔法を持って、王家の矛となる者。
二枚の盾に攻められ、一切の防御が許されず、それ故に一対一最強。
「……ふむ。一応聞くが、降参するかい?」
シルド団長が放った問いにニヤリと笑ってみせる。
確かに、今生の俺の力だけではどうすることもできない。
だから……。
「我が身を依り代に 顕現せよ 暴虐の悪鬼」
理不尽に打ち克つため。
前世が紡いだ絆によって、今生で形を成したのは。
我が身が、その理不尽と化す――憑依。
「――来いッ! 酒呑童子ッ!」
俺の身体を中心とし、同心円状に広がる衝撃は床に亀裂を生む。
突風吹き荒れる中、大声で笑う悪鬼が俺の背後に顕現し、そして俺と一体化していく。
「ガーハッハッハッハ! やっと喚んだか! さっさと終わらせて、お前の親父さんからもらった酒を飲む方法を考えようや!」
明日は第二十話投稿予定です。
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