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第十八話 『証明の時』

 シルド・ドレーン。

 国の武におけるエリート集団、近衛騎士団のトップを務める。

 三大公爵家が一つ、ドレーン公爵の弟という高貴な身分でありながら、アズワール王国における一対一(タイマン)最強の男。

 

 元来、三大公爵家に名を連ねる者は、その血ゆえか生まれつき優秀な人間が多い。

 魔法の適正や地頭の良さ、身体能力でもそうだ。

 大した努力をせずとも、平民はおろか並の貴族を軽々と超える成績をたたき出すことができる。


 近衛騎士団の団長というポストは、ドレーン公爵家が占有している役職の一つである。

 個人の力量がどれだけ低かろうとも、ドレーン公爵家の係累の中から選ばれた人間が、団長の席に座る。

 尤も、いかに力量が低くとも、その血によって一定の質は保たれている。


 しかしながら、持って生まれた能力や権力にあぐらをかく者も多い。

 そのため、実質的に近衛騎士団を動かすのは副団長等であり、近衛騎士団長に限って言えば王族の盾という機能を失って久しかった。

 そこに流星の如く現れた天性の才を持つ偉丈夫(いじょうふ)

 シルド・ドレーンは、恵まれた体躯と圧倒的なまでの魔法センス、そして上に立つ者として求められる様々な知識を、十二分に備えた魁偉である。

 彼はその身に流れる血以上に恵まれた素質を持ち、それ故に幼少期は努力を鼻で笑う、一般的な公爵家の人間であった。

 

 シルド・ドレーンが生まれたドレーン公爵領は、王都の東に広大な農地を有する、まさにアズワール王国の食料庫ともいうべき土地である。

 王国中へ流通するドレーン公爵領の農作物は、ドレーン公爵領を豊かにしてくれる。

 その一方で、その恵みを狙う者も呼び込んでしまう。

 魔物や亜人と呼ばれる種族が、盗賊に落ちた同族が、ドレーン領の村々を襲うのだ。

 

 本来、そういった外敵と実際に戦うのは、雇われた兵士や冒険者たちである。

 ところが、兵士が常駐していない村が襲われれば、その村に住まう住民たちは自身の手で戦うしかない。

 そのため、ドレーン公爵領では、村々を数日単位で巡回していく兵団を複数用意し、日々治安維持に努めていた。

 

 幼き日。

 公爵家の係累として近隣の村で歓待を受けている最中に、その村を魔物が襲った。

 オーガ。

 配下たる子鬼(ゴブリン)どもを複数引き連れた、この世界の大鬼。

 圧倒的な暴力を背景に村を襲い、兵士たちは最優先で幼きシルド・ドレーンを守ることとなる。

 兵士たちによって匿われたのは、村はずれに建つ一件の納屋。

 用具入れに押し込まれたシルド・ドレーンは、息を潜め、眠れぬ夜を過ごす。

 

 翌朝、納屋から出たシルド・ドレーンが目にしたのは、崩壊した村の姿だった。

 家屋は損壊が激しく、すでに雨風をしのぐことすらできないようなあばら屋と化していた。

 そして、シルドが想像するよりも圧倒的に死体の数が少なかった。

 引きちぎれた部位を集めても、村の人口の半分にも満たなかった。

 

 蹂躙され、ある者は食料として。

 ある者は繁殖のため。

 連れ去られた人間以外は、ここで死体と化した。

 村に生きた人間は、シルド・ドレーンしか残っていなかった。

 

 この日を境に、シルド・ドレーンは生まれ変わった。

 剣術も、魔法も、学問でさえも、一切手を抜くことはなくなった。

 故郷を離れ、王立学院へ入学した後も、それは変わらなかった。

 それどころか、たまの長期休暇の際は、兵士に混ざって村々を巡回し、魔物や賊を駆逐していく。

 貴族であり、学生であるシルド・ドレーンが、平民混じりの兵団の中で、同じ釜の飯を食い、民を守るため命を賭ける。

 実戦を通して鍛え上げられた武人としての腕は、いつしかアズワール王国中に響き。

 シルド・ドレーンはその後も順調に功績を挙げ続け、王家から、騎士団から、民からも望まれて、近衛騎士団長の席に座ることとなる。

 名実ともに武人の鑑。


 ――近衛騎士団長シルド・ドレーンは、腰の剣を抜き放ち、正眼に構えて俺と相対す。


 




 三日月公爵たるカストロ・ドレーンの言葉によって、裁判の場は紛糾した。

 我が父ユジン・アベールが、その瞳から殺気を隠そうともせず、なぜ明らかに適正を欠くほど技量に差がある人物との対戦を強要するのかと問えば。

 その顔を愉悦に歪ませたカストロは、強要はしていない、実行できると言うから証明できるのか聞いているだけと嘯く。

 複数人の近衛騎士に抑えつけられているクライン伯爵が、そうだそうだと三日月公爵に賛同の声を上げ、宰相は頭痛をこらえるように頭に手をやる。

 

 反対に、槍玉に挙げられた俺や近衛騎士団長は、一切の反応を示さなかった。

 当人が声を上げる必要はない。

 俺は国王陛下の言に従うと宣言したばかりだし、近衛騎士団長としてもどちらに転んでも問題ないだろう。

 戦わないことに決まれば、俺の証言の信用度が落ちるだけ。

 戦うことになれば、俺を殺せばいいだけなのだから。

 

 喧々諤々の論争の後、国王がゆっくりと手を上げる。

 全員が、その口を閉ざすと、しゃがれた声で俺に一言、証明せよと。

 

 そして、場面は裁判室から、兵士の訓練場に移ることになった。

 戦闘用の装備に身を包み、俺と騎士団長は、向かい合うこととなった。

 とはいっても、近衛騎士の正規装備を普段から身に着けているシルド・ドレーンは特に着替えの必要はない。

 俺もまた、徒手空拳がメインとなるので、学生服としてのローブから特に着替えもせず。

 

「ほ……っ。ほ、本当にその恰好で……よ、よいのか?」

 

 震える声で問うてくるのは、この試合の審判役を務めさせられることになった軍総司令官トマス・ミーファ。

 近衛騎士や俺の父では、どちらかに有利な采配をしたと文句が出かねないとのことで、まだ中立性が高い彼に白羽の矢が立ったわけだ。

 

「はい。戦い慣れた恰好がベストだと思いますので」

 

 首肯し、力強く返事をすれば。

 

「う……うむ。そっ……! それでは、へ…、へ、陛下、よろしいでしょうか?」

 

 体ごと振りむき、陛下に問う。

 俺たち三名が立っているのは、兵士の訓練場の一区画。

 武闘会などに合わせて、一辺が十メートル程度の正方形に区切られたスペースである。

 特に壁があったりするわけでもなく、床に線が引いてあるだけだが、武闘会ではこの線を越えたら場外負けということになる。

 

 陛下やクライン伯爵、宰相や我が父はその線の外でこちらを静観している。

 万が一にも攻撃の余波が陛下を傷つけないように、複数の近衛騎士が護衛についている。


 陛下が頷くのを見ると、改めてこちらへ向き直ったトマス軍総司令官がルールを念押ししてくる。


「こ……こっ、今回の勝負は、あ……あくまでハルト・アベールの証言の信憑性の確認のために行われます。そ……そ、そのため、ルールは武闘会と同じものを採用しております。せ……戦闘不能や、こ、こ、降参宣言、場外が敗北条件になります。か……かっ、過度な攻撃で故意に相手を死に追いやる場合も同様です。よ……よ、よろしいですか?」


 トマス軍総司令官に俺は頷き、同じく近衛騎士団長も諾と応える。

 声を裏返しながら、試合開始の宣言を行ったトマス・ミーファは、そのまま一歩二歩と後ろへ下がる。


「さて、このような展開は予想していなかったが……。まぁ、自分の手で決するのも一興か」


 腰から剣を抜き放ったシルド・ドレーンは、正眼へ構えると、その剣よりも鋭い眼差しを向けてくる。

 猛獣の唸り声のような、腹の底に響く重く低い声で。


「かかってこい、小僧。格の違いを教えてやる」

明日は第十九話投稿予定です。

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