#09「この男優マジで察し良すぎ」
新宿駅西口でスタッフと合流してスタジオに行く予定だったが、集合時間はまだ家にいたので完全な遅刻だ。
なので最上ティアはノーメイクのままタクシーで直接撮影スタジオへと向かった。こんな事は彼女にしては珍しかった。
今回の作品はカラミ(♡なシーン)が3つあり、午前中に1カラミ目を終えた。
AVの撮影ではカラミが終わったら必ずシャワーを浴びてメイクを直さないといけない。その間にスタッフは大急ぎで次の撮影の準備をする。
ティアはシャワーを終えた後、バスローブ姿で女優控室に入った。
ヘアメイク担当者が女優にメイクを施すのが一般的だが、ティアはいつも自分自身でメイクをしていた。
自分でなければ最上ティアの顔は作れないし、鏡の前でのこの時間は彼女にとっては変身の為の“儀式”のようなものだったのだ。
女優控室のドアがノックされティアが「どぞー」と言うと、Tシャツの袖からよく鍛えられた逞しい二の腕が伸びている男性が入ってきた。
「おっはーティアちゃーん! 次のシーンはよろしくんにー!」
「あ〜タカケンさーん、よろしくっスー!」
彼は何度も一緒に仕事をした事があるAV男優・タカケンだった。
経験人数12660人以上を豪語する人気ベテラン男優で、すでに40代中盤を超えていたが見た目は若々しく、「体操のお兄さん」のような爽やかな印象だ。
タカケンの本名は知らなかったが、みんながタカケンさんと呼んでいるのでティアもそう呼んでいた。
「噂のギャルシーカー、あれティアちゃんっしょ?」
「うおっ! なんでバレてんの? タカケンさんどこで知ったん? もうネットで特定されてるとか?」
「僕以外誰も気がついてないと思うよー。僕は自分が触れた女性の体は見ればわかるの。自称日本一のすけべ男ですから! あっはっはっ!」
「すけべってすげえ……マジすげえ……」
動画サイトにアップロードされていた動画を観たというタカケンは、ティアの信じられない強さについて賞賛した。
「でもティアちゃんさ、すっげえ不思議なんだけどなんであんなに強いの?」
「それが、あーしにもわかんないんスよね。それまで雑魚としか戦った事はなかったけど、あのドラゴンの動きを見てたら雑魚と別に変わんないっつーか、簡単に攻撃は避けられるし一撃で倒せるなって気がして……」
「ふうん、なるほどねぇ」
タカケンはパイプ椅子を開いて座り、額に指を当ててしばらく考え込んだ。
「前からティアちゃんについて思ってた事なんだけどね」
「?」
「ティアちゃんのカラミって“センス”があるんだよね。男優の動きや息づかいや体温の変化なんかを感じ取って、相手がどう動くのか、どこを責められたら気持ち良くなるのかまで全部把握してんのよ」
「そ。そうなんスか? 自分じゃ全然意識してなかった……」
「それと同じ事がモンスターとの戦いでもできてんのかもよ? 動きを先に読んでどう移動してどこを責めたらいいのか……つまり弱点がわかる。男優もモンスターも“昇天”させるのが得意なんだよ! あっはっはっ!」
自分のAVでのカラミとモンスターとのバトルが、本当に同じ“センス”なのかはわからない。
けれど、言われてみれば確かに似ている感じもあった。
撮影での自分は計算して動いていたわけではない。
そしてあのドラゴンと戦っていた時も、どうして次の動きがわかるのか、どうして弱点がわかるのか、自分でも理屈では説明できなかった。
「ところですっぴんのティアちゃんはじめて見たけど、めっちゃ可愛いじゃん! ギャルの時のクールなお姉さんって感じもいいけど、今のおしとやかなお嬢さんって感じもいいよー」
素顔を褒められたティアは顔を真っ赤にした。
こんな爽やかすぎる笑顔で褒められたらうっかり好きになってしまいそうだとティアは一瞬思ったが、タカケンの左手を見てすぐに「やっぱないわー」となる。
「つーかタカケンさん……ずっと左手で股間いじりながら話してますけど、なんとかしてもらえないっスか?」
「僕はここに脳があるの! いじらないと考え事できないの!」
「大学教授や将棋の棋士を目指す人生じゃなくて良かったっスね……」
そしてタカケンが出ていき、女優控室はティアひとりだけになった。
ギャルメイクをしはじめた彼女は鏡に写る自分の顔を見て、ちょっと微笑んでいる事に気がついた。
――――センスかぁ……あーしには何もないって子供の頃から思ってたんだよね。




