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#57 深度53 ……そして、あった。

トロールはティアに覆い被さるように上半身を前に倒し、振りかぶった両腕を彼女の頭に叩きつけようとしていた。


地面に仰向けに倒れているティアは、上半身をほんの少しだけ浮かせ、両手のひらをトロールに向け、顔の前にかざして防御している。



ここから、どうすれば助かるのか?


この体勢では体をひねっても頭は潰される。

トロールの足は太く、蹴ってもビクともしないだろう。



――――助かる方法……ひとつでもあればいいからっ!



本当にないの?


ないの?


ないの?


ないの?


ないの?


ないの?


ない……








――――――――あった。













……ボワッ。



ティアの手のひらから、彼女の火炎系スキルによる炎が現れる。


魔法が不得意なティアの炎は小さく、弱い。

そして、勝手に天井に向かってあがってしまう。


それは、魔法に憧れたティアが一番最初に習得したスキル。

国洞20号に挑んだときに配信用ドローンを壊してしまった、あの火。



仰向けのティアが自分の顔を守るためにかざしていた手のひら。


その真上には


――――前傾姿勢をとっていたトロールの目があった。



ティアの手のひらから出た火の玉は、勝手に上昇する。

至近距離にあったトロールの片目に、避ける間もなく直撃する。



「ヴァ!? ヴァギュアアア!!!!」



トロールは振り下ろそうとしていた手をほどき、自分の目を押さえて叫んでいる。

ティアは体を回転させ、うつ伏せになってから立ち上がった。


もう終わりかと諦めかけていたコメント欄の、その空気が一変する。



“!?”

“…………火?”

“火炎魔法!?”

“マジか……”

“嘘だろ……”

“ここでまさかの、火炎魔法かよ!”

“おおおおおおおおお!!!!!”

“ティアさんが自信なかった魔法で……”

“みんなティアっちの魔法を笑ってたよな……”

“やばい俺もう泣きそう”

“ずっと泣いてる。でも涙の意味が変わった”

“大逆転だ! ティアさん!”

“ティアっちのターン!”

“イケーーーーーーーーーーーー!!!!”

“走れー!!!!!!!!”



ティアは聖剣ブリトニーが落ちている場所まで走った。

そしてブリトニーを拾う。



「…………言っとくけどぉ!!」



片目を押さえて攻撃体勢のトロールに向かって走り、右腕を前に伸ばす。



「令和のギャルはマジ最強だからぁ!!」



ブリトニーの剣先がトロールの胸に突き刺さる。

剣は体に深く沈んでいく。



「243波だろうがぁ! 500波だろうがぁ! 撃退してぇぇぇ……」



もう彼女は外さない。

その読みの力で見抜いた弱点への一撃だけで十分だ。




「ダンジョン完全制覇しちゃうんだっつーの!!!!!」




聖剣ブリトニーの剣先は、“普通とは逆側にあった”トロールの心臓を貫き、そして体を貫いて背中から出てきた。



ティアは剣身を引き抜く。


トロールは大きな音を立てて地面に倒れ、そして蒸発するように消えた。



“わーーーーーー”

“やったーーーー!!!!!”

“うおおおおおおおお!!!”

“ティアさーーーーん!”

“第243波終わったー!”

“かっけーーーー!!!!”

“え!?”

“ポータルが”

“色が”

“武道館のポータルのライブ映像!”

“変わった!?”

“今回の攻撃が最後だったのか……”

“ティアっち、おわったよー!”

“ダンジョン外のポータルの色が変わりました”

“最後がトロールは予想外すぎるよ”

“最下層到達・ダンジョン制覇確定”



日本武道館の隣にある北の丸公園第三駐車場の奥……そこに浮いている国洞1号のポータルの色が変わったことを報告するコメントが書き込まれていく。


塞がれていたこの空間につながる穴も、いつの間にか元に戻っている。



「やったーーー! 終わったーーー! あとごめん、500波はちょっと盛りすぎたわ! 冷静に考えるとやっぱさすがにそれは無理だわ!」



ティアのその言葉に笑いとツッコミのコメントが流れる。

それを眺めていたティアは、なぜだか涙が勝手に溢れてきた。



その時――ティアのぼやけた視界に不思議なものが映った。


地面からほんの小さい“何か”が大量に浮かび上がっていた。

 


“!?”

“え……”

“なんだ……”

“まだ何かが起きるの?”

“もう勘弁してあげてよ……”

“なんだろう? 小さい石のような”



ティアはすぐに気づいた。

それが第243波までに倒したモンスターたちの心核だと。


浮かんでいる心核はボスモンスターのものほど大きくはなく、砂利の一粒くらいだったり、大きくてもビー玉程度のサイズだ。


おそらく10万個を超えるその小さな心核はティアの背よりも高く浮かび、魔法陣を中心にして回りはじめた。


まるで、小さな星々でできている銀河のように。



無数の心核は回転しながら光の輪を描き、その輪は次第に小さくなって、魔法陣の中央へと収束していった。


そして光が消え、何かがゆっくりと魔法陣の中心に降りてきた。





それは……巨大な魔鉱石だった。


直径は30センチほど。これまで見たどんな魔鉱石よりも大きい。


ティアはその魔鉱石に近づいた。



「もしかして……いや……でもやっぱ、そうかも」



腕を組んでひとりで何かを考えているティア。

コメント欄には「?」の文字が流れていく。



「紅鯨団のおっさんがさー、質のいい魔鉱石ってなんでかモンスターが多かったり強かったりする場所にあるって言ってたけど、そりゃ当然かもねー」



ティアは「よいしょ」と魔鉱石を持ち上げる。

かなりのずっしりした重さだった。



「だって魔鉱石ってさ、モンスターの心核からできてたんだもん」



“魔鉱石は心核からできていた……?”

“あの小さい粒は雑魚モンスターたちの心核だったのか”

“倒されたり自然死したモンスターの心核が魔鉱石に!?”

“それってすごい発見じゃね?”

“凄いどころじゃない”

“全世界のダンジョン学者が椅子から落ちてると思う”

“今回の配信……最後までヤバすぎる”

“この魔鉱石が達成の副賞的な?”

“スイカくらいあるじゃん!”

“魔鉱石ってあんなサイズになるのかよ”

“売れば5億? もっといくかも”

“あれ?”

“ちょっとノイズが”

“画像が乱れてる?”



配信用ドローンのランプが点滅していた。

ティアはドローンのそばに寄り、カメラに向かって手を合わせて申し訳なさそうな表情をした。



「あー、みんなーごめんっ! さすがに魔鉱石バッテリーが限界で、マドンナもう止まるっぽいから『アゲぽよギャルさんぽ』の配信はここで終了だわ」



“ドローンの名前……マドンナw”

“まさかの……マドンナwwwww”

“ここで衝撃の事実が!w”

“平成どころか昭和で草”

“いやいやマドンナは平成もバリバリですよ”

“配信終了りょうかいです!”

“無事に帰ってきてください”

“帰れる?”

“そっか、帰路があるんだった”

“魔鉱石を持って帰るの……しんどいな……”

“またあの道をひとりで……”

“大丈夫?”



「大丈夫だって! ちゃんと帰ってくるよー! じゃあ次におめーらに顔見せられんのはダンジョンの外に出たらかな? 一応最後にみんなにさ――――」



何かを言いかけている途中で画面はプツっと真っ暗になり、音もなくなる。


いつも最後が締まらない。

だけど、そのティアらしさに視聴者たちはきっと笑っているはずだ。



『このライブ配信は終了しました』

ティアの火炎魔法スキルが登場したのは

#27「魔法? どうなっても知らねーぞ」となっております。

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