#58 深度0 帰還
小学生のときに教師から言われる「帰るまでが遠足です」という言葉がある。
最下層の深度53から上へ上へ登り、無事に国洞1号ダンジョンを脱出するまで最上ティアの冒険は終わりではなかった。
ティアは魔鉱石を包むようにロープを巻きつけ、リュックの外側にしっかりと固定して出発した。
――――深度51
ティアは岩壁の突起に手足をかけてよじ登っていく。
「き、き……きっついわ、これ! 持って帰る人のことを1ミリも考えてないプレゼントじゃん! 巨大な花瓶の引き出物かよっ!?」
魔鉱石はリュックに固定しているので岩壁を登ること自体には問題はなかった。
けれど14時間以上戦い続けて満身創痍のティアには、行きよりも増えた背中の重さがかなりつらかった。
――――深度43
紅鯨団と一緒に深度の記録を更新し、その後、彼らに守られながら睡眠をとった場所を通過する。
時間的にはそこまで経ってないはずなのに、ずいぶん前のことのように感じられた。
「おっさんたちは、いま深度20のセーフエリアあたりかな? 無事に戻れてたらいいけど……まあ、経験豊富っぽいシーカーだし大丈夫かな……」
――――深度35
紅鯨団と合流した深度39を越え、深度35をゆっくりと歩いていると……どこかで聞き覚えのあるバカでかいダミ声が鍾乳洞にこだまする。
「おーい! 最強のギャルさーん!」
「え? あ……あれれ?」
それは紅鯨団の三人だった。
呆然とした顔で立つティアの元に、三人は小走りで来た。
「なんで? なんでここにいんの? まさか帰りに迷子になってたとか?」
「あんたの帰路を手伝いたくてセーフエリアからまた潜ったんだよ。その背中の魔鉱石は俺たちが大事に運んでやる。しっかし、俺も長いこと魔鉱石を追い求めてきたが、こんなとんでもねぇのを見たのは初めてだ」
「わざわざまた潜った!? あーしのために!? マジ泣きそうなんスけど……」
――――深度31
ティアの希望でダンジョン温泉に寄っていくことになった。
身体の疲れと汚れを落とすその湯は、彼女にとって人生最高の温泉だった。
「気持ちいいー! みんなも入れば良かったのにー!」
紅鯨団の三人は温泉には入らず、ティアから離れた場所で魔鉱石を見張った。
――――深度20
ティアはセーフエリアに到着した。
そこにいた30人以上のシーカーがいっせいにティアを取り囲み、次々と賞賛の言葉を浴びせてきた。
そして……そのシーカーたちの影から小柄な女の子が顔を出した。
それはティアと一緒にスライムキングを倒した江成彩音だった。
「彩音ちゃん!? 家に帰ってないの? スライムキングの液体は?」
「窒素で劣化を防いでいるので大丈夫です。あの後ここに戻ってシーカーの皆さんと配信を観ていたんですが……ティアさんが帰ってきた時に何かしてあげたいという気持ちになってしまって……」
シーカーたちはセーフエリア内宿泊所の「たまねぎ荘」からテーブルを持ってきて料理を並べる。
「亡くなった先代の管理人から預かってた、もしこの国洞1号を制覇する人間が現れたら開けてほしいってウイスキーがありましてね」
そう言いながら、たまねぎ荘の管理人が酒瓶を二本持って現れた。
「この子が料理を手伝ってくれたんですよ。せっかくの良いお酒にはご馳走があったほうがいいでしょ? 場所が場所なんで食材は限られてますがね、ははは」
「うわっー! 彩音ちゃんマジありがとー! じゃあみんなで乾杯しよー!」
ウイスキーを全員で分けると、ひとり分はほんの少しだった。
ティアは乾杯の音頭をとったあと江成彩音と目を合わせて笑い合い、ストレートのウイスキーを一気に喉に流し込む。
不注意が靴を履いて歩いているような彼女は、すっかり忘れていた。
自分がビール程度のアルコール度数の酒でも一口で寝てしまうことに。
――――深度12
ウイスキーをあおってぶっ倒れたティアは、翌日は完全に二日酔いの状態だった。
ティアは紅鯨団と江成彩音に介抱されながら上へと向かい、ショートカットできる200メートルのトンネルの前に立つ。
「あー、このトンネルって蜘蛛モンスターがいっぱいいたとこだ。あの時倒しておいてよかったー。今だと絶対無理だし、100パーゲロする自信ある」
――――深度1
やっと二日酔いの症状がおさまってきた頃、ついに地上へ戻れるダンジョンポータルの前にティアは立った。
今回の配信をはじめた場所だ。
ポータルは一度にひとりしか入れない。
紅鯨団と江成彩音は、ティアのあとに外に出ると言った。
「俺らの協力はここまでだ。ほら、魔鉱石持って行きな」
「重っ! やっぱ重すぎでしょこれ! こんなん背負って崖を登ったあーし偉すぎない?」
ティアは魔鉱石を抱えて、ポータルに入った。
およそ30秒の真っ暗な待機時間を経てポータルを抜けたティアの目に、太陽の光が飛び込んできた。
眩しさにティアは目を閉じる。
そしてゆっくりと目を開けた彼女が見たのは、驚くような光景だった。
北の丸公園第三駐車場は、人、人、人で埋め尽くされていた。
警察が張った規制線の向こうには、数え切れないほどの人々がひしめき合っている。何台ものテレビ局の中継車が並び、報道カメラが一斉にこちらを向いた。
上空では報道ヘリまで旋回している。
「ティアさんおかえり」などの文字が書かれた横断幕もいくつも見える。
「……え? なにこれ? おおげさすぎね?」
ティアが呆然とつぶやいた、その瞬間だった。
「おかえりなさーい!!!!」
誰かの叫び声を合図に、地鳴りのような歓声が巻き起こった。
「ティアさああああああん!!」
「おかえりいいいい!!」
「完全制覇おめでとおおお!!」
「ずっと応援してたよー!!!」
無数のスマートフォンが掲げられ、カメラのフラッシュが瞬いた。
報道陣も興奮を隠せない。
「ご覧ください! あの巨大な魔鉱石を抱えているのが、最上ティアさんです! 14時間にもおよんだ激闘に耐え、国洞1号を史上初めて完全制覇したシーカーが姿を現しました!」
ぽかんと口を開けていたティアは、振り返ってダンジョンポータルを見る。
元は紫色だったのが、現在は金色に光っていた。
「あはは、想像してたよりド派手で笑えるー」
拍手と歓声が四方八方から押し寄せる中、ティアは腕時計をちらっと見た。
――――深度0
ティアは時計から目を上げ、もう一度、群衆を見渡す。
「ねえ、山寺佐紀……見てるんでしょ? 地上はなんかスゲーことになってんね」
最上ティアの人生は、本人が思っているよりもずっと遠くまで来ていた。
そして、その先にはまだまだ知らない世界が広がっていた。
◆第二章・完
ここまでお読みいただきありがとうございます。
次章は、今回のティアの冒険を語り合う匿名掲示板回からはじまります。
めっちゃ激しかった戦いによって社会現象にまでなってしまったあとの最上ティアは日常をどのように過ごしているのか?(かなり酷い日常を送ってます笑)
ぜひ、お楽しみください。
ひとりでも多くの方に読んでいただき、少しでも長く続けたいので
「楽しかった」「続きが気になる」と思っていただけたら、ブクマや評価で応援していただけたらとても嬉しいです。よろしくお願いいたします。




