#50 深度43 最深記録更新
深度31のダンジョン温泉でリフレッシュしたティアは、最下層を目指してどんどん潜っていき、現在は深度39まできた。
どんなモンスターが相手でも、ティアは動きが予測でき、弱点が読める。
さらには聖剣ブリトニーと魔剣ビヨンセという特別な剣を二刀流で扱えるので、道中で苦戦することはなかった。
しかし大量に持ち込んでいたポーションでの疲労回復には限界があり、さらに眠気だけはどうにもならない。
「国洞1号って深度いくつまであるかわかんないじゃん? そろそろ少しでも寝とかないとマズいと思うんよね。たぶん眠くなったらあーし、とんでもないこと言ったりするよ? 【ピー!】とか【ピー!】とか【ピー!】とか!」
“まあ、とんでもない言葉は消されるけど……”
“いや、わざわざ言わんでもw”
“規制ワードの基準は曖昧だから危ないw”
“さすがに深度100とかはないとは思う”
“ダンジョン研究者の予想は深度48から55の間”
“どんなモンスターが出るかわからないし、休憩は大事だね”
“けっきょく睡眠が最強の回復法だよなー”
モンスターが出現しないセーフエリアは深度20以外では確認されていない。
なのでモンスターが出現する可能性のある場所で寝なければならないのだが、当然それはかなりの危険を伴うものだった。
ソロでの探索は、見張りを立てて交代で睡眠をとれる複数人パーティーと比べ、戦闘以外の面でも大きな不利があった。
「困るよねー、ソロの野営で便利なスキルとかあんのかなー? あれ? 誰かいるっぽい?」
ティアの視線の先には3人のシーカーがいた。
そして彼女は、それが誰なのかにすぐに気がついた。
最上ティアが世界中に知られるきっかけとなったSSS級ドラゴン・ヴァルディアスとの戦いのときに、あの場にいた男たちだったのだ。
“あれって紅鯨団だよね?”
“国洞1号に潜ってたのか”
“この深度までこれるのはさすがだな”
“戦闘中?”
“遠くてわかりにくいけど戦ってるのって……”
“あのシルエット”
“うお、ヤバいな”
紅鯨団が戦っていたのは、ミノタウロスだった。
筋骨隆々の巨体に、牛の頭と湾曲した角を持つ人型のモンスター。
全身は剛毛に覆われ、太い腕には巨大な斧を握りしめている。
ティアは彼らのもとに小走りで向かった。
そしてパーティー最年長の髭面の男性に声をかける。
「おっさーん、ひさしぶりー! 手伝いますかー?」
「最上ティア!? は……早いな! もう追いつかれたか!」
髭男は少し下がって、二人の仲間に戦いをまかせた。
槍やロングソードとミノタウロスの斧が激しくぶつかり合い、その音がダンジョン内に響いている。
「あんたが俺らのあとに潜ったって情報は届いてたよ。あの牛野郎を倒さないと先に進めないんだが……なさけない話、今回も大苦戦中だ。加勢してもらえたら助かる」
「りょ! 戦ってるお兄さんたちー! 一旦、あーしと逃げてー!」
ティアと紅鯨団の三人は走ってミノタウロスから離れた。
30メートルくらいの距離ができ、ティアはミノタウロスと向かい合う。
ミノタウロスは上半身を曲げて角を前に突き出し、まるで闘牛場の猛牛のように後ろ足で砂を蹴り上げた。
「実はあーし、スタミナ温存キャンペーン実施中だから、なるべくシンプルに終わらせたいの」
ティアは右手で握った聖剣ブリトニーの剣先をミノタウロスに向けた。
今回はこの一本だけで戦うつもりだ。
ミノタウロスが咆哮した。
どちらが先かはわからない。
ほぼ同時にティアとミノタウロスは走り出した。
たちまち両者の距離は縮まっていく。
ティアは逃げない。
「…………いまっ!」
衝突する寸前、ティアはすっと斜め前方へ身をかわした。
次の瞬間、ブリトニーの切っ先が、突進する巨体の脇腹に深々と突き刺さる。
「グオオオオッッッッッッ!」
だが、倒れることはなかった。
肋骨を一本砕いた手応えはあった。しかし、心臓までは届いていない。
急停止したミノタウロスは右手で握った巨大な斧を振り上げた。
「知ってた!」
横薙ぎの一撃が迫る。
ティアは身をかがめて斧をかわした。風圧が頭上を吹き抜ける。
ティアは一歩だけ横へ踏み出し、ブリトニーを突き出した。
切っ先が、先ほどと同じ傷口へ吸い込まれる。
砕けた肋骨の隙間を抜け、今度こそ心臓を貫いた。
ミノタウロスの巨体が硬直する。
斧が手から滑り落ち、重々しい音を立てて床に転がった。
続いて、巨体も地響きとともに崩れ落ちた。
「ふぅ。やっぱり一撃じゃ無理だったねー、骨が超硬いんだもん」
自分たちが苦戦していたミノタウロスを一瞬で倒してしまったティアに、紅鯨団の三人は言葉を失っていた。
“え、今ので終わり?”
“ミノタウロスってこんな一瞬で倒せる敵じゃないぞ”
“これが省エネモードなのですか?”
“二刀流は強いけど、たぶん疲れるのかも”
“二刀流は脳がカロリー消費しそう”
“これで先に進めるねー”
ミノタウロスの心核を回収したティアと紅鯨団の三人は一緒に行動することにした。
髭面の40代の男は紅鯨団のリーダーで、名前は宮村。
他の二人は30代で川崎と清水という名前だった。
「そっかー、じゃあ紅鯨団は心核よりも魔鉱石が目的の人たちなんだ」
「まあ、良質の魔鉱石がある場所ってのは、どういうわけか決まってモンスターが多かったり強かったりするから、結局は戦わないといけないけどな」
リーダーの宮村は今回の探索で手に入れたテニスボールより少し小さいサイズの魔鉱石をティアに見せた。
“でっけえ”
“あれで500万くらい?”
“質にもよるけどもっと高く売れる可能性も”
“モンスターの強さと魔鉱石の質や量に因果関係ってあるの?”
“深度の深さが関係してるってのが定説”
魔鉱石は特にエネルギーの分野での価値が大きく、ほんの少しでも莫大な電力を貯めることができた。
配信用ドローンが飛び続けられるのも魔鉱石バッテリーのおかげである。
ティアたちはその後もモンスターと戦いながら、さらに深く潜り続けた。
そしてついに、国洞1号の最深記録である深度42を突破。
誰も足を踏み入れたことのない深度43へと到達した。
「一緒に記録更新しちゃったねー!」
「ははは、この記録もあんたがすぐに塗り替えることになるけどな。さっきよ、仲間と相談したんだが俺たちはここで帰る」
「そっかー、いろんなお話できて楽しかったよー」
「そんで帰る前に、俺たちが見張っててやるからあんたはここで寝て休め。一緒に行動させてもらって魔鉱石もさらに拾えたからな。あんたの挑戦の協力をさせてくれ」
「マジで? いいの?」
「ここからは攻略ルートもわからない未踏の領域だ。しっかり体力回復して……完全制覇できたらいいな」
宮村は使い込まれた革手袋の手を前に出してきた。
ティアはその手と握手をし、続いて他の二人とも握手をした。
そして、紅鯨団のメンバーに守られながらティアは睡眠をとった。




