#49 深度31 温泉配信
深度25でスライムキングを倒した最上ティアはその後も順調に潜り続け、深度31に到達した。
さらに深層へと続くルートの大まかな情報は得ていたが、ティアはそちらには向かわず別の方向へと足を進める。
その先のどこかにダンジョン温泉があるからだ。
「温泉ってマジでひさしぶりー! 撮影で行った以来かもー! あれ? くんくん……なんか硫黄っぽい匂いがしてきたよ」
まるで警察犬のように鼻を利かせて進んでいたティアは、思わず息を呑んだ。
鍾乳洞の奥に乳白色の大きな温泉が広がっていたのだ。
湯面からは白い湯気が幾重にも立ちのぼり、天井へとゆっくり溶けていく。
温泉の奥には荒々しい岩肌がそびえている。
そこから細い滝のように湯が流れ落ち、絶え間なく白い水煙を上げていた。
むき出しの岩肌に囲まれたその光景は、まさに地の底に隠された秘湯だった。
「うわっ! すごっ! めっちゃイイ雰囲気! これヤバくね?」
ティアは湯に指を入れる。
「超適温! 水が貴重だからしゃーないけどセーフエリアにシャワーなかったし、ずっとお風呂入りたかったの! じゃあ、入るぞー!」
ボディースーツを脱ぎはじめたティアにコメント欄が一斉に反応する。
“ちょっ”
“REC”
“REC”
“え? マジで?”
“キタ-ーー!!!!”
“おいおいおいおいおい”
“あ……あのう……”
ティアは少しでも早く温泉に入りたかったあまりに、100万人を超える視聴者の前でうっかり裸になりかけていたことに気がついた。
「あっぶね……配信サイトからペナルティーくらうとこだったわ」
ティアは脱ぎかけていたボディースーツを戻し、ドローンのボタンを押した。
『ライブ配信が一時中断されました』
男性視聴者たちの期待と希望を容赦なく打ち砕き、画面は真っ暗になった。
『ライブ配信が再開されました』
配信が再開されると、すでにティアは気持ちよさそうに胸の少し上まで温泉に浸かっていた。
乳白色の湯のおかげで、見えてはいけない部分は隠れている。
「はぁぁぁぁ、いいわー、疲れとれまくりんぐ! 温泉レポしよーかと思ってたけど、なんかどうでも良くなってきたー」
ティアは伸ばした脚を湯船から出してマッサージしたり、肩に手で湯をかけたりしながら温泉を楽しんでいる。
“大事なとこは見えないけど、エッッすぎる”
“いいなー、本当に気持ちよさそう”
“上級シーカーにしか辿り着けない究極の秘湯だな”
“うつ伏せの体勢になった”
“端に手をかけてバタ足してる……迷惑な小学生かよw”
“湯面からケツが……”
“温泉卵”
“2個の温泉卵”
“箱根の黒い温泉卵w”
“温泉卵やめろwwwwwwww”
“だめだwwエロさよりww笑いがww”
そろそろ一度配信を止めてお湯からあがろうかと考えていた、その時。
ティアは自分に近づいてくる何者かの気配を感じた。
ティアは用心のために湯のすぐそばの岩場に置いておいた聖剣ブリトニーに手を伸ばした。
“????”
“ん?”
“え? どうした?”
“モンスター?”
“温泉に来た他のシーカーとか?”
グゥラァァァァ! グゥラァァァァ!
喉を鳴らしながら現れたのは二匹の……二足歩行のワニだった。
リザードマンから知性を取り除き、凶暴さを増したようなモンスターだ。
ティアはブリトニーを手に湯の中で立ち上がった。
水面はちょうどへその下くらいにある。
温泉に足を踏み入れた二匹のワニがティアに襲いかかってくる。
ティアは噛みつきをかわしながら心臓を突けるタイミングをうかがった。
しかし、下半身が水に浸かった状態では思うように動けない。
水中での戦いに慣れているワニたちにティアは苦戦していた。
ちなみにティアが気にしていたのは、ワニの牙だけではなかった。
そのいつもとは様子が違う戦い方に、視聴者たちも気づき始める。
“す……すげえ……”
“ティアっち、乳首が映らないようにして戦ってる”
“ドローンが離れたから配信中断できないのか”
“なんだよその意味不明な器用さはw”
“戦闘よりBAN回避を優先する女”
“モンスターより運営が怖いのかよwww”
“戦闘中なのに画角の管理までしてやがるw”
“混浴でずっと女性を待ち伏せる変態をワニっていうよな……”
ちらりとドローンを見たティアは、湯からあがった。
「ちょっとここ、バトりにくいから移動するよー!」
ブリトニーを握りながら腕で胸を、もう片方の手で股間を隠して全力疾走する。
ワニたちも湯からあがり、ティアを追いかける。
ティアは体を隠していた腕と手を離すと、剣を構えた。
ティアはこれまでの配信経験からドローンの動きのクセを熟知していた。
モンスターの種類や位置関係によって、どの角度から撮影しようとするのかも分かっている。
配信映像ではティアの頭部や腕は見えていたが、映ってはいけない部分は手前の岩に隠れていた。
前後から挟み込むワニたちが位置を変えると、ティアもそれに合わせて動く。
一糸まとわぬ姿が公開されそうになる寸前、今度は天井から垂れ下がる鍾乳石が彼女の体を隠した。
ドローンがティアの姿をしっかりと捉えようと回り込む。
だがティアはその動きを先読みし、再び鍾乳石の陰に身を滑り込ませた。
“古いドラマのエロシーンかよwww”
“位置取りが天才すぎて草”
“この人はいったい何と戦ってるんだ……”
“ドローンくん困惑w”
“このバトルも世界中で解析されるのか……”
“ダンジョンやスキルの専門家の研究対象だからねw”
“でもここなら水に足を取られることなく戦える”
“……勝ったな(ゲンドウポーズ)”
正面のワニが、大きく口を開けてティアに食らいつこうとする。
ティアは膝を曲げて身を沈め、前方に突き出された頭をかわす。
そのままブリトニーをワニの胸元に刺した。
すぐさま剣を引き抜き、逆手に持ち替えた。
背後からもう一匹が襲いかかる。
ティアは振り返ることなく、ブリトニーを背後へ突き出した。
剣先がワニの体に刺さる。
ワニたちがドサドサッと地面に倒れる。
ティアはすかさず手と腕で体を隠し、ドローンに向かって歩き出した。
“無茶苦茶かっこいい倒し方だったのに、よく見えないw”
“逆手で刺すとかすげえな、座頭市みたい”
“ティアさんモンスターと運営に勝利”
“ティアっち、手で隠したままカメラに向かってきてる”
“これはこれで十分エロいけど……”
ドローンの前まで来たティアは、カメラに顔を近づけた。
「いきなり来るからマジびびったわ! もう温泉は堪能したしー、ボディースーツ着て崩れたメイクも直してから配信再開するよー、しばらく正座して待っててねー!」
そしてドローンのボタンが押された。
『ライブ配信が一時中断されました』




