#45 深度20 たまねぎ荘
腕時計の深度表示が20になった。
階段のようになっている通路を抜けたティアは、そこに広がる光景に息を飲んだ。
「うわ……すっご。ダンジョンの中に人がいっぱい……」
彼女の目の前にあったのは、キャンプ場のような雰囲気の体育館ほどの広い空間だった。
ぱっと見ただけでも30人以上のダンジョンシーカーが装備を脱いでくつろいでいて、そこかしこから談笑する声も聞こえる。
モンスターが出ないこの場所は、国洞1号のセーフエリアとして有名だった。
通路から出てきたティアにシーカーたちの視線が集まった。
最初はポカンとしていた彼らだったが、この女性が《《あの最上ティア》》だと気づくとざわつきはじめた。
“シーカーたちは最上ティアが国洞1号に挑戦中って知らなかった?”
“告知今日だったし知らないか”
“ポータルの外で会ったシーカーとかいないの?”
“追い抜かれてないんだろ、ティアっちかなりのスピード攻略だったから”
“なんかすげえ格好の女が来たぞって最初は思っただろうなw”
“なんだあの痴女は? 最上ティアじゃね? えええ? って反応だ”
セーフエリアにいるシーカーたちの目的は様々だった。
魔鉱石の採掘やモンスターの心核の回収を目的にさらに潜る予定の者もいれば、ここで一晩休んでから地上へ戻る者もいる。
深度20より先へ進む実力を持つ中〜上級者は、国洞1号に挑むシーカーの三分の一程度だった。
そんな彼らは実力に関係なく、最上ティアを全員知っていた。
信じられないものを見るような顔をしたシーカーたちの前を、ティアと配信用ドローンが通り過ぎていく。
ティアが向かっているのは、セーフエリアの奥にある宿泊施設だ。
薄い板を組み合わせ、ダンジョン内で採れた石を積み上げて作られた建物はお世辞にも立派とは言えない。
正式名称は「国洞1号深度20宿泊所」だが、シーカーたちは親しみを込めて「たまねぎ荘」と呼んでいる。
入り口には誰かの手書きによる看板もあった。
たまねぎ荘に着いたティアは、エプロンを着けて頭にタオルを巻いた40代半ばくらいの管理人に声をかける。
「ネットで予約してた最上ティアでーす! お世話になりまーす!」
「ああ、どうもどうも。予約を受けた時に名前見てビックリしちゃったよ。ここは初めてだったよね? 寝るのは二段ベッドで、着替えしたかったらあそこのカーテンの向こう側でお願いしますね。夜と翌朝の2食付きです」
戦いのない場所なので、視聴者コメントもどこかのんびりムードになっている。
“ティアちゃんやっと休めるね”
“こんな場所で宿屋ってすげえよなー”
“この深度20まで食材を運搬してる人もすごい”
“調べたら一泊三万五千円か……設備からしたら高すぎるけど仕方ない”
“ここでずっと働くってどんな人生なんだろうか……”
“宿の管理人はもう一人いて、二ヶ月ごとに交代してるらしいよ”
「あっ、そうだ! 有料で部屋着の貸し出しもしてるんスよね? それもお願いしまーす!」
「ただのTシャツとジャージだけどね。ちょっと待ってて、用意するから。Sサイズでいいよね?」
「あざまる! じゃ、待ってる間にみんなにお知らせー!」
ティアは配信用ドローンに向き直った。
「ここ、ほかのシーカーも休んでる場所だからさ。今日はこれで配信切るねー! 明日の朝、出発するときに配信再開するから、待っててちょ!」
“了解!”
“ゆっくり休んでくれ”
“明日も楽しみにしてる!”
“セーフエリアもっと見たかったけど、そりゃそうだよな”
“ティアさんのジャージ姿見たかったです”
“おつかれさまー”
“またねー!”
「んじゃ、また明日ー!」
ティアは手を振ってからドローンの背面のボタンを押す。
『このライブ配信は終了しました』
白いTシャツに紺のジャージという部活中のような格好になったティアは、たまねぎ荘の前に置かれていた木製の椅子に腰掛けた。
シーカーたちはティアに声をかけようかと躊躇している様子だったが、ポータルの外で会ったシーカーたちが続々とセーフエリアに入ってきてティアに挨拶をするのを見て、自分たちもと挨拶に来た。
管理人が用意したドライカレーとオレンジの夕食を食べ終える頃には、ティアもすっかり周囲のシーカーたちと打ち解けていた。
そのまま彼らの情報交換の集まりに誘われると、ティアは二つ返事で参加した。
もちろん話題の中心は、ティアのこれからの国洞1号攻略についてだった。
「完全制覇って目標もとんでもないけど、まずはスライムキング討伐だっけ?」
「そなのー、なんかクソでっかいんでしょ?」
「らしいな。スルーできる場所にいるモンスターだし、ここにいるやつで戦ったことあるのはいねぇんじゃねぇかな。スライムキング倒しても俺らにはそんなにうま味ねぇしな」
「って事は価値のある心核は手に入んないって事かー」
「まあな。だけどスライムキングを倒すと手に入る特殊な物質をどうしても研究したいっていう変わり者もいてな……おっと、噂をすればご到着だ」
ベテランシーカーの男がセーフエリアの入り口へ目を向けた。
そこには、小柄な若い女の子が立っていた。
顔は泥で汚れて、足取りもおぼつかない。見るからに疲れ切っている。




