#43 深度0 日本武道館
1999年、ノストラダムスの大予言は的中せず人類は滅亡しなかったが、世界中にダンジョンへと繋がる次元の扉――――ポータルが出現した。
日本に出現したダンジョンは、「国洞」「都洞」「道洞」「府洞」「県洞」といった区分で分類され、国や各自治体によって管理されている。
そして「国洞1号」に指定されているのは、日本武道館のすぐ脇に出現したダンジョンだった。
国洞の番号は発見順ではなく、重要度等を考慮して決められているらしい。
国洞1号へ潜ることができるポータルは、日本武道館の隣にある北の丸公園第三駐車場の奥にある。
最上ティアの所属事務所社長が運転する車はその駐車場内に入った。
「ティアちゃん、あの集団ってシーカーでしょ? あらま、あっちにも。ここってどんだけ人気あるのよー」
「だからポータルに入るのも完全予約制で30分ごとに1グループって入場枠があんの。あーしもそんなダンジョンはじめてー! じゃあ行きますか!」
「もう冬なんだから、そんな格好じゃ寒いわよ。ベンチコート貸してあげるから着ていきなさい」
「社長、あざまる!」
駐車場に停めた車から事務所社長とティアは降りた。
そして国洞1号のポータルがあるフェンスで囲われた区画へと向かう。
ワームホールのように渦を巻く紫色のポータルが奥に見えてきた。
そこまでの道には簡易的な着替え用テントがいくつも設置されていた。
他のダンジョンポータルの周りとはまったく違うその光景にティアは驚いて、キョロキョロと顔を動かす。
テントの前にはついさっき帰還してきたパーティーと、これから潜るパーティーの姿があった。
その格好は現代的なダンジョン用アーマーだったり、中世風の鎧だったりと様々だ。
彼ら全員がティアを見て絶句し、武器を整備していた手を止める。
「え? あれって……」
「マ、マジ!?」
「そういえば国洞1号に挑戦するって噂聞いたかも」
「あれって今日なのかよ」
「本物だ……すげえ、サインとか貰えないかな?」
「映像よりも実物の方がずっとかわいい」
予約時間ほぼピッタリにポータルの前についたティアはスマホを出して、ダンジョンを管理している職員にQRコードを提示した。
いつの間にかティアのまわりに集まっていたシーカーたちのざわめきが聞こえた。
「……ソロでヴァルディアスを倒した、あの最上ティア?」
「霧の魔人もサイクロプスもだよ」
「人間にあんなことができるってのが、衝撃だったよな」
彼らの多くはティアの配信を見ていた。
SSS級ドラゴンやボスモンスターをたった一人で仕留めた瞬間、画面の前で叫んだ者もいるだろう。
「知ってはいたけどほんとに普通のギャルっぽい女の子なんだ……」
「すぐ近くにいるのが信じられねぇ。夢みてるみたいだ」
シーカーたちは思い思いの感想を口にしながらも、誰も彼女の前に割り込もうとはしなかった。
サインを頼みたい。握手をしてほしい。一緒に写真を撮りたい。話をしたい。
そんな気持ちを抱いている者は大勢いたが、シーカーたちにとって最上ティアは、もはやあまりにも特別な存在となっていた。
けれど一人の若いシーカーが、仲間に背中を押されるようにして声を上げた。
「ティ、ティアさん!」
「ほにゃ?」
手続きを終えたティアが振り返る。
「あの……俺、ずっと配信見てます! 今日の挑戦もティアさんなら絶対成功するって信じてます!」
一瞬、周囲が静かになった。
それから、あちこちで声が上がった。
「俺も見てるぞ!」
「頑張ってください!」
「国洞1号、踏破してこい!」
「また新しい伝説を作ってほしいです!」
「まずは無事に帰ってきてください!」
ティアは目を丸くしたあと、いつもの調子でニカッと笑った。
「うわ、なにこれ! みんな、あーしのことラブすぎじゃね? よーし、せっかくだからばっちりポーズキメてお披露目しちゃうぞ!」
ティアは羽織っていたベンチコートを脱いで事務所社長に渡す。
シーカーたちの方を向いて片手を腰に当てたポーズを決めたティアに対し、「おおっ!」「うおっ!」というどよめきが起きた。
「すげえ……あれ、ダンジョン用の装備なのか?」
「あの格好で潜るのかよ……」
「ちょっと、目のやり場に困るというか……」
ティアが身にまとっているのは、身体のラインにぴったりと沿う、光沢を抑えた黒い生地の近未来的なボディースーツだ。
大胆なハイレグは腰骨を大きく露出させ、後ろもTバックとまではいかないものの、お尻の肌の大部分が見えていた。
胸部には衝撃吸収層が組み込まれているが、外見からはほとんどわからない。
転倒時の怪我を防ぐため、腰から膝にかけての素肌に見える部分にも特殊な透明素材が使われている。
背中にはスーツと統一感のあるデザインの軽量金属製のリュックを背負っていた。
中には疲労回復用のポーションや水分補給用のアクアボールの他にメイク道具も入っている。
腰の両側には、聖剣ブリトニーの鞘と魔剣ビヨンセのナイフケースが専用のロック機構で装着されている。
激しく動いても揺れにくく、必要なときには片手で素早く取り外せた。
足元は膝下までを覆う黒のコンバットブーツだが、ラインストーン風の装飾がキラキラと光っていた。
ギャル好みなセクシーな見た目と、ダンジョン探索に必要な機能性。
その両方を欲張った、ティアらしい装備だった。
「じゃあ、そろそろ行かないとねー」
ティアは腕時計をちらっと見た。
表示されている深度は当然ながら……「0」だ。
――――この数字、いくつまでいくのかな?
ティアは一度、深呼吸をしてからポータルに入っていった。




