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エロゲ転移『エロゲ世界に迷い込んだ史上最年少の阿闍梨、断罪寸前の悪役令嬢を救ったら攻略対象全員の様子がおかしくなりました』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第75話 聖女候補、王都では“清らか本命ヒロイン枠”として推されがちです

 王都の聖職区は、静かなくせに妙な熱を持っていた。


 ミレーユ・セラフィナは、白い回廊を歩きながら、学園や高位サロンとはまた別の“見られ方”を全身で感じていた。


 大聖堂へ連なる石畳。

 左右に並ぶ小礼拝堂。

 高窓から差し込む午後の光。

 香の匂いは淡く、足音は吸い込まれるように静かだ。


 本来なら、彼女にとって最も落ち着ける場所のはずだった。

 聖女候補として育ち、祈りと典礼の中で多くの時間を過ごしてきたのだから。


 けれど今日の王都聖職区は、少しも落ち着かない。


 理由は簡単だ。


 皆が彼女を、あまりにも

“それらしく”

見てくるからである。


「ミレーユ様、本日はようこそ」


 出迎えた若い司祭見習いは、深く一礼したあとで、しかし顔を上げた瞬間に明らかに別の意味を目に乗せた。


 尊敬。

 期待。

 そして、

 “いかにも王都好みの清楚本命ヒロイン感”

 への好意的な確信。


 それがもう、隠れていない。


「ありがとうございます」

 とミレーユはいつもどおり微笑んだ。


 その笑みも、たぶんまた“聖女候補らしさ”として強化されるのだろう。

 分かっている。

 分かっているからこそ、少しだけ疲れる。


 今日は王都聖職側からの招きで、大聖堂付属の記録室と祈りの間を見学する予定だった。

 名目としては、学園の聖遺物反応と王都の古記録を照合するため。

 それは本当だ。

 本当なのだが、どう考えてもそれだけではない。


 王都側は彼女を見たいのだ。

 聖女候補として。

 清楚で、穏やかで、神聖な“本命感”を持つ少女として。


 そしてそこへ、

 異世界から来た史上最年少阿闍梨――九十九院霊真が同行している。


 この時点で、王都の聖職区にとっては、だいぶ“できすぎた組み合わせ”なのだろう。


「……本当に、困りますわね」


 小さくこぼした呟きへ、すぐ隣から声が返る。


「何がでしょう」


 霊真だった。


 相変わらず、必要な時に変な静けさで隣にいる。

 それがありがたいのか、ずるいのか、最近のミレーユには判断が難しかった。


「全部ですわ」

 と彼女は微笑みを崩さぬまま答える。

「聖職区の皆さま、かなり“それっぽい目”で見ておいでですもの」


 霊真は周囲を見渡し、少しだけ考えてから頷いた。


「はい」

 と彼。

「かなり神聖な感じでございます」


 その言い方が絶妙に少しずれていて、ミレーユは思わず小さく笑ってしまった。


「そういうところですわ」

「申し訳ありません」

「謝らないでくださいまし。今のは少しだけ助かりました」


    ◇


 案内された記録室は、大聖堂本棟のさらに奥にあった。


 厚い扉。

 高い天井。

 壁一面の棚。

 古文書、封印箱、聖具記録、王都祭儀の控え。


 王都の聖職機関らしい厳粛さがある。

 だが、その静けさの下に、やはり同じ気配があった。


 選定。

 継承。

 祈り。

 正しさ。


 言葉だけ見れば美しい。

 だが、その美しさが人を“役”として固定する側へ傾いた時、地下機構と同じくらい厄介になる。


「こちらが、古い選定夜会関係の記録です」

 と年配の司祭が言った。

「本来、外部へはあまり開示されませんが……ミレーユ様なら」


 その“ミレーユ様なら”に、すでに色がついている。


 聖女候補。

 清らかな理解者。

 王都にふさわしい神聖な少女。


 そういう期待が、最初から前提にあるのだ。


 ミレーユは礼を言って文書箱へ手を伸ばした。

 その間にも、周囲の視線が少しも薄くならない。


「やはり」

 と若い神官見習いが小声で隣へ言う。

「本当にお似合いですわね」

「ええ」

 別の見習いが答える。

「神殿の光の中に立つと、余計に……」


 余計に、の先は聞かなくても分かる。


 霊真と並ぶと神聖に見える。

 聖女候補としての本命感が増す。

 運命的に見える。


 そういう、王都好みの“清楚本命ルート補正”が、今この場では露骨すぎるほど強いのだ。


 ミレーユは内心で少しだけ額を押さえたくなった。


 尊敬と恋心は、もともと自分の中にある。

 それは認めている。

 だがそれを、外から

「ああ、神聖で運命的な組み合わせですわね」

などと補強されるのは、かなり困る。


 本人の心の繊細な部分を、勝手に“そういう綺麗な枠”へ乗せられる感じがして、あまり気分がよくない。


「ミレーユ殿」

 と霊真が静かに呼ぶ。


「はい?」

「少し、お顔が困っておられます」


 やめてほしい。

 そういうところを、あまりにも真面目な顔で見抜くのをやめてほしい。


「……困っておりますわ」

 と彼女は正直に答えた。

「かなり」


「そうでしたか」

「そうなのです」

 ミレーユは小さく息を吐く。

「尊敬と恋心が、外から補強されるのはだいぶ困るのですわ」


 そこまで言ってから、自分で少しだけ目を伏せた。

 今の台詞は、要するにかなり直接的だったのではないか。


 だが霊真は、少し考えたあとで静かに言った。


「お気持ちは、外から決められぬほうがよいかと」


 また、それだ。


 言ってほしいことを、変に気取らず、真っ直ぐ言う。

 だから困る。

 そして、だから少しだけ楽にもなる。


「ええ」

 とミレーユは微笑んだ。

「本当に、その通りですわ」


    ◇


 記録室の奥にある小祈祷室へ入った時、その“王都補正”はいよいよ強くなった。


 この部屋には、大聖堂が保管する古い小聖具がいくつも置かれている。

 学園礼拝堂の《暁光の小鏡》ほど明確な反応を返すものではないが、王都本機構の揺れに共鳴しやすい品らしい。


 ミレーユが部屋へ足を踏み入れた瞬間、祭壇脇の銀燭台がふっと揺れた。


「……またですわね」

 と彼女。


「反応したのか」

 とルシアン・エーデル=クロイツ。

 彼は今日は王都中枢本機構側の導線確認が本筋のはずだったが、結局途中で合流してきたのだ。


「ええ」

 ミレーユは頷く。

「強くはありませんが、かなり分かりやすく」


「どの方向だ」

 アルフレッドが問う。

 王子も、記録の共有のため途中からこちらへ来ている。


 ミレーユは少しだけ目を閉じた。

 祈りのときの顔だ。

 けれど、以前よりもう少し“個人の意思を残した顔”でもある。


「……祝福」

 と彼女。

「ですが、同時に選定ですわ」


「最悪の組み合わせですね」

 ルシアンが即答する。


「ええ」

 ミレーユは本気で同意した。

「神聖な祝福の顔をしながら、“王都にふさわしい相手”を選びたがっておりますもの」


 つまりこの祈祷室ですら、ただ清らかではない。

 本機構と聖職側の視線が重なり、

 “清楚本命ヒロイン枠”を押しやすい場になっているのだ。


「こちらへ」

 と年配の司祭が微笑みながら言う。

「ミレーユ様とレイシン様には、少しだけ中の祈り台もご覧いただければ」


 来た、と全員が思った空気がした。


 中の祈り台。

 つまり、部屋の奥にある小祭壇前の二人並び位置だ。


 聖職区。

 静かな祈りの場。

 聖女候補。

 異世界の阿闍梨。

 その二人が並ぶ構図。


 どう見ても、王都が好きそうな

“神聖で清楚な本命ルートイベント”

そのものだった。


「……よろしいのでしょうか」

 とミレーユ。

 声は穏やかだが、内心はかなり複雑だ。


「もちろんですとも」

 司祭はやわらかく頷く。

「今の王都に必要なのは、こうした清らかな繋がりですから」


 その言い方が、本当にずるい。


 “清らか”と“必要”を混ぜてくる。

 それでは断りにくいではないか。


 だが、ミレーユは以前ほど簡単にはその枠へ収まらない。


「清らかであることと」

 と彼女は静かに言った。

「誰かを“ふさわしい相手”として勝手に意味づけることは、別ではなくて?」


 司祭の笑みが一瞬だけ止まる。


 アルフレッドが少しだけ口元を和らげ、

 セレスティアは赤い瞳をわずかに細めた。

 リリアーナも、“よく言った”と言いたげな顔で頷く。


 王都の人々は、清らかさや祝福の顔を使うと、こちらが反論しにくくなると思っているのだろう。

 だが今のミレーユは、もうただ見守って微笑むだけの聖女候補ではない。


「……失礼いたしました」

 と司祭はすぐに頭を下げた。

「そのような意味では」

「ええ」

 ミレーユはやわらかく微笑んだ。

「そういう意味でなければ、よろしいのです」


 上品だ。

 だが、かなり強い返しだった。


    ◇


 祈祷室を出たあと、ミレーユは少しだけ歩調を緩めた。


 王都の聖職区は静かだ。

 だがその静けさの中に、学園よりもずっと完成度の高い“理想の聖女候補ルート”がある。


 清楚で、

 神聖で、

 優しく、

 恋心があってもそれは静かな祝福へ溶かし、

 最後には微笑んで誰かの幸福を祈る。


 王都は、たぶんそういう聖女候補を好むのだ。


 だが今の自分は、そこへは戻れない。


「お疲れでしょうか」


 隣から、霊真が静かに言った。


「ええ」

 ミレーユは素直に答える。

「だいぶ」


 少し歩いて、人目の薄い回廊脇の窓辺で足を止める。

 外には大聖堂の中庭が見え、白い石と緑のコントラストがやけにきれいだった。


「わたくし」

 とミレーユは言った。

「尊敬と恋心が、自分の中にあるのはもう認めておりますの」


「はい」


「ですが王都は、それを“王都にふさわしい神聖な本命”みたいに綺麗に整えたがるでしょう?」

「かなり」

 と霊真。


 その相槌が、やはり少しおかしくて少しありがたい。


「それが困るのですわ」

 ミレーユは続ける。

「だって、そんなに綺麗なものばかりではありませんもの。尊敬もありますし、好意もありますし、嫉妬も少しはありますし、もっと個人的で騒がしいのです」


 言ってから、自分で少しだけ笑ってしまった。


「神託より、恋のほうが騒がしいですものね」

 と霊真。


 ミレーユは完全に固まった。


 覚えていた。

 しかも、このタイミングでその言葉をそのまま出してくる。


「……本当に」

 と彼女はようやく言う。

「そういうところですわ」


「申し訳ありません」

「謝る必要はありません」

 ミレーユは小さく首を振る。

「ただ、今のは少し効きました」


 霊真は少し困った顔をした。

 その顔が、余計にずるい。


「でも」

 とミレーユは、今度は少しだけまっすぐ彼を見る。

「だからこそ、わたくしはもう“ただ見守るだけの清楚本命候補”へは戻りませんわ」


 それは、自分の中ではかなり明確な宣言だった。


 聖女候補であることは変わらない。

 祈ることも、支えることもやめない。

 だが、それを理由に自分の個人的な心を全部なかったことにはしない。


 ましてや、王都本機構や聖職側の都合のよい“理想の本命ルート”へ収まるつもりもない。


「それがよろしいのでは」

 と霊真。


 また、簡単に言う。


 だが今は、その簡単さが嬉しかった。


「ええ」

 とミレーユは微笑んだ。

「たぶん、その通りですわ」


    ◇


 その日の夕方、再び一行が宿舎の談話室へ集まった時、ミレーユは昼より少しだけすっきりした顔をしていた。


 ルシアンがそれを見て、紙束をめくりながら言う。


「聖職区でも相当“清楚本命候補”にされてきたようですね」


「ええ」

 ミレーユはあっさり認めた。

「王都では本当に、理想のラベルを貼るのがお好きなのですわね」


「貼りたがるというか」

 アルフレッドが低く言う。

「貼ることで安心するのだろう」


 王子は王子。

 本来ヒロインは本来ヒロイン。

 悪役令嬢は悪役令嬢。

 聖女候補は清楚本命。


 そうやって分かりやすい位置へ固定すれば、王都の物語はきれいになる。

 だからこそ、本機構も聖職区も高位サロンも、みな同じ方向へ人を押してくるのだ。


「ですが」

 とミレーユ。

「理想化された聖女役へ戻る気はございませんわ」


 その言葉に、リリアーナが少し笑う。


「私も今日、それをかなり思いました」

「庶民シンデレラ枠ですものね」

「はい。だいぶ」

「それぞれ大変ですわね」

 とセレスティア。

「本当に」


 そう言った彼女の声は、学園の頃よりずっと柔らかかった。


 全員が、それぞれ別のラベルを押しつけられている。

 だが、もう前ほど簡単にはそこへ収まらない。


 それが、今のこの一行のおかしさであり、強さでもあった。

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