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エロゲ転移『エロゲ世界に迷い込んだ史上最年少の阿闍梨、断罪寸前の悪役令嬢を救ったら攻略対象全員の様子がおかしくなりました』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第71話 悪役令嬢、王都でも“対置役”にされそうになる

王都の高位社交界は、学園より静かで、学園よりずっとたちが悪かった。


 九十九院霊真は、そのことをローゼンベルク家と王家の関係者が一時的に利用することになった“昼の小サロン”で、かなり率直に理解した。


 場所は王都中央、時計塔から少し離れた貴族街の一角にある旧侯爵邸の応接階。

 今は王家と高位家門の連絡や小規模な茶会に使われている建物らしい。


 大広間ほどではない。

 舞踏会ほど派手でもない。

 だが、だからこそ視線が濃い。


 磨かれた床。

 薄い金刺繍の入った絨毯。

 窓際に並ぶ白磁のティーセット。

 やわらかな会話。

 穏やかな笑み。


 一見すれば、気品ある昼の社交だ。

 だがその実態は、

「誰がどの位置に置かれるか」

を静かに値踏みする場だった。


「……本当に、王都は遠慮がありませんわね」


 セレスティア・フォン・ローゼンベルクが、入室前に小さくそう言った。

 声音は平静だが、その下に薄く緊張がある。


 彼女は今日、王都らしいやや重めの昼用ドレスを着ていた。

 学園制服より装飾は多い。

 だが華美というよりは、

“高位令嬢として不足なく見えること”

 を最優先した装いだ。

 それがまた、余計に彼女を“そういう枠”へ置きやすく見せてしまっている気がした。


「お辛いでしょうか」

 と霊真。


 セレスティアは一瞬だけ彼を見て、それから小さく肩をすくめた。


「辛くないとは申しませんわ」

 と彼女。

「ですが、今さら驚きませんもの。学園で一度あれだけ見世物にされましたものね」

 一拍。

「王都でのほうが、もっと上品に、もっと露骨だというだけですわ」


 その言い方が妙に正確で、霊真は静かに頷いた。


    ◇


 中へ入った瞬間、空気が変わった。


 王子アルフレッド・ルミナス・エーヴェルシュタインがいる。

 聖女候補ミレーユ・セラフィナがいる。

 本来ヒロイン枠として見られやすいリリアーナ・フェアミントがいる。

 そして、セレスティア・フォン・ローゼンベルクもいる。


 さらにその中心付近に、異世界から来た阿闍梨――九十九院霊真がいる。


 王都の婦人たちや若い令嬢たちは、その並びを一瞬で読み取った。

 読み取りすぎた。


「まあ、ローゼンベルク様」

「本当においででしたのね」

「殿下もご一緒で」

「フェアミントさんまで……」

「なるほど、そういう面子ですのね」


 最後の一言がいちばん正直だった。


 “そういう面子”。


 言葉を濁しているようで、実際にはかなり露骨だ。


 王子。

 本来ヒロイン枠。

 悪役令嬢枠。

 聖女候補枠。

 攻略対象らしき面々。


 まるで王都全体が、それを

「物語としてちょうどよい配置」

 として受け取っているようだった。


 セレスティアは、その視線の集中を正面から浴びても歩調を崩さない。

 そこはさすがだった。


 だが霊真には分かる。

 崩れていないだけで、楽なわけではない。


「ローゼンベルク様」

 年長の貴婦人が、扇の影からやわらかく笑う。

「昨夜の件は、王都でも少し話題になっておりますの」


 やはり来たか、と霊真は思った。


 セレスティアは足を止めず、礼だけを返す。


「そうでしたか」

「ええ。学園では随分と……にぎやかなことがあったとか」

「にぎやか、ですのね」

 とセレスティア。

「ずいぶん穏当な表現ですこと」


 軽い。

 だが、返しは鋭い。


 貴婦人は微笑みを崩さない。

 崩さないが、その扇の動きがほんの少し遅れた。


「まあ、何にせよ」

 別の令嬢が言う。

「まだ殿下のおそばにいらっしゃるのですもの、案外お強いのですね」


 そこに含まれる意味は多い。


 まだ王子の近くにいる。

 まだ婚約候補めいた位置に見える。

 にもかかわらず断罪されきらなかった。

 ならば、悪役令嬢としては思ったよりしぶとい――。


 そういう悪意が、王都では香水のように薄く振りかけられる。


 リリアーナが一瞬、顔を曇らせた。

 ミレーユも、目元だけ少し冷える。

 アルフレッドに至っては、本気で何か言いそうになっていた。


 だがその前に、セレスティアが答えた。


「ええ」

 と彼女は言う。

「弱くはありませんもの」


 その一言に、空気が少し止まる。


「少なくとも」

 セレスティアは続けた。

「誰かの都合で悪役令嬢役へ押し込められて、そのまま泣いて退場するほど従順ではございませんわ」


 優雅だ。

 だが、かなり強い。


 周囲の笑みが一瞬だけ固まる。

 いかにも王都の高位社交らしい、表面の柔らかさを残したまま刃だけ通す返しだった。


「まあ」

 と貴婦人。

「そこまで仰るなんて」

「どこまででしょう?」

 セレスティアは微笑んだ。

「わたくし、自分のことしか申しておりませんけれど」


 そのやりとりを聞いていた若い令嬢たちの視線が、逆に少し熱を帯びた。


 ――強い。

 ――悪役令嬢なのに、折れていない。

 ――しかも前より主役っぽい。


 たぶんそんなふうに見えているのだろう。


    ◇


 席に着いてからも、空気は少しも楽にならなかった。


 むしろ座席配置のせいで、余計にひどい。


 王都の昼サロンというのは本当に細部まで意味を持たせたがるらしく、

 アルフレッドの位置、

 ミレーユの位置、

 リリアーナの位置、

 セレスティアの位置、

 その全部が自然を装って比較しやすく整えられている。


 そして霊真は、その“比較の視線”が最終的に必ずセレスティアへ戻るのを感じていた。


 なぜなら彼女は今、

 悪役令嬢でありながら、本命ヒロインの座へも食い込みかねない不安定な存在

 だからだ。


 王都の社交界にとって、それは見世物として非常に面白いのだろう。


「フェアミントさんは、本当にやわらかな雰囲気ですこと」

 と誰かが言えば、

「ええ、飾らない方ですものね」

 とすぐ続く。


 そこへ別の誰かが、

「でもローゼンベルク様のような華やかさも、王都には必要ではなくて?」

 と差し込む。


 褒めているようで、実際には比較している。

 しかもかなり雑に。


 善良で素朴な庶民枠。

 高位で華やかな対置枠。

 本当に、そのままだ。


「……趣味が悪いですわね」

 ミレーユがカップを置くとき、小さく呟いた。

「はい」

 と霊真。

「かなり」


 その返答に、ミレーユが少しだけ笑う。


 だが笑っていても、彼女の視線は冷えていた。

 王都のこの“ヒロイン比較文化”みたいなものを、かなり嫌っているのだろう。


「ローゼンベルク様は」

 向かいの令嬢が、わざとらしく首を傾げた。

「王都へ戻られて、やはり安心なさいました?」


 意味が深い。

 学園では色々ありましたわね、でも結局こちらが本来の場所でしょう、と言っているのだ。


 悪役令嬢は、王都の高位社交界でこそきれいに映える。

 そういう前提が透けて見える。


 セレスティアはカップを持ったまま、ほんの一瞬だけ目を伏せた。

 だがすぐに視線を上げる。


「安心、というほどでは」

 と彼女。

「むしろ、学園より“見えやすく”なったことのほうが多いかもしれませんわ」


「見えやすく?」

「ええ」

 セレスティアは微笑む。

「皆さまが、わたくしを人としてではなく、置きやすい位置で見ておいでだということが」


 今度こそ、空気が止まった。


 ここまで直接言われるとは思わなかったのだろう。


 だが彼女は、もうその手の視線に黙って収まるつもりがない。

 学園で一度断罪舞台を壊した悪役令嬢は、

 王都の上品な比較会話くらいでは退かないのだ。


「まあ、そんな」

 と婦人が取り繕う。

「ローゼンベルク様は少し敏感になっておいでなのではなくて?」

「そうかもしれませんわね」

 セレスティアはあっさり頷いた。

「ですが、敏感なくらいでちょうどよい場合もございますもの」


 返しが強い。

 しかもきれいだ。


 王都の婦人たちが、ここで初めて少しだけ戸惑ったのを霊真は見た。


 彼女たちは、もっと昔のセレスティアしか知らないのだろう。

 高位令嬢としての棘と誇りはあるが、

 結局は王都の社交の論理へ組み込まれる側だった頃の彼女を。


 今目の前にいるセレスティアは違う。

 悪役令嬢という役を知ったうえで、それを受け取らないと決めた人間だ。


    ◇


 それでも、王都の視線は容赦がない。


 休憩を挟んで小広間へ移ると、今度はより露骨な噂が聞こえてきた。


「元婚約者候補、ですのよね」

「でも完全には切れていないとか」

「学園では庶民の娘もいて、聖女候補もいて、随分と複雑らしいですわ」

「では、まるでゲームの分岐みたいですわね」


 最後の令嬢はたぶん軽口のつもりだったのだろう。

 だが、当事者たちには全く笑えない。


 セレスティアが小さく息を吐く。


「……分岐、だそうですわ」

「かなり正確でございます」

 と霊真。


 セレスティアは一瞬だけまばたきし、それからふっと笑った。


「こういう時だけ本当に容赦がありませんのね」

「申し訳ありません」

「謝らなくて結構ですわ」

 一拍。

「少しだけ、楽になりますもの」


 その言い方が、ひどく小さい。

 周囲にはたぶん届かない。


 だが霊真には、ちゃんと届いた。


    ◇


 やがて、短い歓談の区切りで全員が少し散った時、

 霊真とセレスティアは窓際の回廊へ並ぶ形になった。


 外には王都の白い石壁と、遠くの塔屋根が見える。

 昼の光はやわらかい。

 だが、ここまで浴びた視線のあとでは少しも落ち着かなかった。


「……王都では、もっと楽かと思っておりました」

 とセレスティアが言う。


 珍しい本音だった。


「楽、でしょうか」

 と霊真。


「ええ」

 彼女は少し肩を落とす。

「少なくとも、学園よりは“高位令嬢としての正しい振る舞い”に慣れた場所ですもの。学園のように、あからさまな悪役令嬢扱いはされないのではと」


「ですが」

 と霊真。


「ええ」

 セレスティアは苦笑した。

「王都のほうが、もっと洗練されておりましたわね」


 悪役令嬢として指差すのではない。

 上品な言葉で、

 柔らかく比較し、

 きれいに対置し、

 最後には“そう見える位置”へ自然に置いていく。


 王都は、悪役令嬢を学園より静かに作る場所なのだ。


「……大変ですね」

 と霊真が言う。


 そのあまりにまっすぐな言葉に、セレスティアは少しだけ目を細めた。


「本当に」

 と彼女。

「そういう時だけ、ずるいですわね」


「ずるい」

「ええ」

 彼女は窓の外を見たまま言う。

「皆、王都ではもっと複雑な言葉で慰めるでしょうに。あなたはそれをしないのですもの」


 霊真は少し考えて、それから静かに答えた。


「複雑にしても、あまり楽にならぬかと」


 セレスティアは、その返答に小さく笑った。

 ほんの少しだけ、肩の力も抜ける。


「ええ」

 と彼女。

「たしかに、そうですわね」


 窓の外では、王都の空が高く晴れていた。

 だがその下にある人の視線は、少しも晴れていない。


 それでも今、セレスティアは前よりずっと落ち着いていた。


 王都でも“対置役”にされそうになる。

 悪役令嬢として見られる。

 高位令嬢として比較される。


 それは変わらない。

 だが、もう彼女自身はその役を本気では受け取らない。


 それが今のセレスティアの強さであり、

 同時に、王都の空気が面白くなく感じ始めている理由なのだろう。

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