第70話 王都へ行ったら、街全体が攻略ルート前提みたいな空気でした
王都へ入った瞬間、九十九院霊真は思った。
――これは、少しどころではなく芝居がかっております。
いや、芝居というより、もっと露骨だ。
舞台装置が街全体へ拡張されている、と言ったほうが近い。
石造りの大通り。
白く高い城壁。
王都中央へ向かって緩やかに伸びる坂道。
格式ある店々の並び。
行き交う人々の衣服も、学園周辺よりさらに洗練されている。
景色だけ見れば、美しい王都だった。
だが霊真には、そこへ重なるもう一つの気配がはっきり分かった。
視線だ。
ただ人が多いから視線が集まる、というだけではない。
この街の人々は、誰がどこに立っているかを、妙に“関係性込み”で見てくる。
王子がどこを歩くか。
高位令嬢が誰の隣にいるか。
庶民出身の少女がどの距離で並ぶか。
聖女候補が誰へ微笑むか。
騎士が誰の後ろに立つか。
魔術師が誰へだけ妙に反応するか。
その全部へ、王都の空気そのものが意味を見出している。
「……何だこれは」
とアルフレッド・ルミナス・エーヴェルシュタインが低く言った。
王都正門をくぐり、馬車を降りて少し歩いただけなのに、すでにかなりうんざりした顔になっている。
「学園よりひどくないですか」
とリリアーナ・フェアミント。
声は小さいが、本気で言っているのが分かる。
「皆、私たちの並び方だけで何か決めつけてません?」
「ええ」
ミレーユ・セラフィナが、やわらかい笑みのまま答えた。
「しかも王都の方々は、それを隠そうとする気配すら薄いですわね」
「観測精度が上がっています」
とルシアン・エーデル=クロイツ。
「学園はまだ若年層中心の“なんとなくのルート観測”でした。王都は違う。社交と婚姻と家門の空気が混ざっている分、もっと制度的です」
「制度的なルート観測って何だよ」
とガイゼル・ヴァン・ドレイクが顔をしかめる。
「言葉にすると余計気持ち悪ぃな」
セレスティア・フォン・ローゼンベルクは、馬車を降りたときから妙に静かだった。
いや、静かというより、警戒の質が変わっている。
学園の中では“悪役令嬢として見られること”への緊張が強かった。
今の彼女は、それに加えて、
王都ではもっと露骨に“婚約者候補”“高位令嬢”“対置役”として見られる
と分かっている人の顔をしていた。
「王都ですもの」
と彼女は静かに言う。
「学園の噂遊びより、もっと実利的に人を配置で見ますわ」
その言い方が、この街の嫌な本質をよく表していた。
◇
王都の中央通りを進むあいだにも、露骨な“イベント感”は次々に現れた。
まず最初に起きたのは、本当にどうかしているくらい出来すぎた偶然だった。
王都中央広場の噴水前で、花売りの少女が荷籠をひっくり返したのである。
「きゃっ」
と小さな悲鳴。
散る花。
行き交う人々の足元へ転がる花束。
それ自体はよくあることかもしれない。
だが問題はその位置だ。
ちょうどその瞬間、
アルフレッドが広場中央の導線上にいて、
リリアーナが一歩前へ出やすい位置にいて、
セレスティアはそれを少し斜め後ろから見る位置にいて、
ミレーユは“助けるべきか見守るべきか”の距離にいて、
霊真は結局全部に巻き込まれる場所にいた。
完璧すぎた。
アルフレッドが反射的にしゃがみ、
リリアーナも一緒に膝をついて花を拾う。
その姿を、広場の人々が一斉に見る。
するとすぐ周囲の空気が変わった。
「まあ、殿下が」
「庶民の娘と一緒に?」
「自然ですわねえ」
「ですがローゼンベルク様もおいでではなくて?」
「まあまあ、これは……」
ざわめきが、いかにも嬉しそうだ。
アルフレッドは花を拾いながら、本気で顔をしかめていた。
リリアーナも明らかに分かっている。
この構図が、“王都好みの王道イベント”として処理されていることに。
「……っ、ありがとうございます」
花売りの少女が王子へ頭を下げる。
「いや、怪我がなければいい」
とアルフレッド。
返しは自然だ。
自然だが、それがまた“王子らしさ”として完成しすぎていて腹立たしい。
リリアーナも花束を渡しながら微笑む。
それもまた、善良な本来ヒロイン感がありすぎる。
少し離れて見ていたセレスティアが、ひどく冷静な顔で言った。
「……始まりましたわね」
「はい」
と霊真。
「始まっております」
「何が」
とセレスティア。
霊真は少し考え、それから真顔で答えた。
「街全体が、攻略ルート前提で動いている感じでございます」
その一言に、セレスティアは一瞬だけ目を見開き、次の瞬間にはふっと笑った。
「本当に」
と彼女。
「そういう時だけ、妙に正確ですのね」
◇
花売りイベントを抜けても、王都は休ませてくれなかった。
次に起きたのは、これまたあまりに露骨な“並びの意味化”だった。
一行が中央大通り沿いの高級菓子店の前を通った時のことである。
店の前には大きな硝子窓があり、その反射に自然と全員の立ち位置が映り込む。
そこへ王都の婦人たちがちょうど店から出てきて、一行を認めた。
すると。
「殿下のお隣はどなたかしら」
「まあ、ローゼンベルク様が右側」
「でもフェアミントさんも近いのね」
「聖女候補までご一緒ですの?」
「何という濃度……」
最後の一言は、だいぶ本音だったと思う。
そしてその“濃度”の中心に、やはり霊真がいる。
王子の隣でも、
悪役令嬢の近くでも、
本来ヒロインとも距離が近く、
聖女候補からも目を向けられ、
騎士と魔術師までも妙に彼へ寄っている。
王都の観測者たちからすれば、たぶん一番意味不明なのはそこなのだろう。
「ねえ、あの方どなた?」
「例の転移者賢者ではなくて?」
「まあ、あの方が」
「それにしても、どうして全員あの方中心に……」
霊真は、さすがに少し困ったように周囲を見た。
「見られております」
「当たり前ですわ」
とセレスティア。
「今のわたくしたち、王都の趣味の悪い観測欲を全部刺激しているもの」
「王都の趣味の悪い観測欲って言い方、好きだな」
とガイゼルがぼそり。
「好きにならなくて結構ですわ」
だが、そのやり取りさえまた“親しい攻略対象たちの会話”として周囲に消費されていそうで、本当に嫌だった。
◇
さらに嫌だったのは、その後の“偶然の再会”である。
王都の中央広場を抜けて時計塔へ向かう小道に入ったとき、向こうから白い法衣の若い神官見習いたちが歩いてきた。
その中の一人がミレーユを見つけ、嬉しそうに駆け寄ってきたのだ。
「ミレーユ様! やはりおいででしたのですね」
聖職関係者らしい。
ミレーユも微笑み返す。
「ええ、少しだけ」
「王都へ来られると伺っておりましたから、もしやと思っておりましたの」
ただの再会ならいい。
だが問題はそこではない。
その神官見習いの視線がすぐに霊真へ向き、
そして一瞬で理解した顔になるのだ。
「まあ……そのお方が」
と小さく息を呑む。
「お噂の」
お噂。
何の噂かは、あまり聞きたくない。
ミレーユは少しだけ困ったように微笑んだ。
「ええ、そういうことですわ」
「なんて神々しい並び……」
と神官見習い。
「やめてくださいまし」
ミレーユが本気で困っている。
「そういう言い方をされると、余計に変な意味になりますでしょう」
だが周囲の見方はもう止まらない。
「聖女候補と転移者賢者……」
「王都でもその組み合わせはかなり強いですわね」
「清楚本命ルートっぽい……」
ルシアンが心底不快そうに眉を寄せた。
「本当に、密度が高い」
「ルシアン殿」
と霊真。
「かなりお顔が険しいです」
「観測結果として不快なだけです」
「そうでしたか」
その“そうでしたか”がまた、ルシアンの神経を少し逆なでしているようだった。
◇
「ここまで露骨だと」
アルフレッドが低く言う。
「学園以上に“見世物化”されている気がするな」
一行は、時計塔前の小広場へ入る手前で一度足を止めた。
王都の中心近くにあるその広場は、時計塔を囲むように緩やかな円形をしている。
石畳の模様も、何となく学園地下機構の円環を思わせた。
「ええ」
とミレーユ。
「王都のほうが、人物相関を“意味のある配置”として見ることに慣れておりますもの」
「慣れてるってのが一番嫌だな」
ガイゼルが言う。
「でも」
とリリアーナが少しだけ眉を寄せた。
「これ、ただ周りが趣味悪いってだけじゃない気もします」
全員が彼女を見る。
「何か、広場に入るたびに」
とリリアーナ。
「誰と誰が近いかを、街そのものが強調してくる感じがするんです」
ルシアンがすぐ反応した。
「同感です」
彼は広場中央を見た。
「視線だけではない。導線もだ。人の流れが微妙にこちらの並びを整えてくる」
たしかにそうだった。
広場の露店。
通り抜ける馬車。
鐘の音のタイミング。
人が立ち止まる位置。
一見ただの王都のにぎわいに見えるのに、その全部が少しずつこちらを“見やすい位置”へ押してくる。
王子と本来ヒロインが自然に並ぶように。
その斜め後ろへ悪役令嬢が入るように。
聖女候補がやわらかく視線を向けられるように。
異物たる転移者がなぜか全部の中心へ寄ってしまうように。
「……街全体が、舞台装置みたいですわね」
セレスティアが小さく言う。
「はい」
と霊真。
「かなり」
彼女は少しだけ目を細めた。
「学園より、もっと露骨ですわ」
「王都中枢に近いぶん、本機構の影響も強いのでしょう」
とルシアン。
その言葉が、全員の意識を一つへ向ける。
王都中枢。
本機構。
学園地下やローゼンベルク家の婚約補助式より、もっと根の深い“ゲーム進行管理装置”みたいなもの。
それが、この街のどこかにある。
◇
時計塔は、王都の中心にあるには少し古すぎる建物だった。
王城のような華やかさはない。
大神殿のような神聖さもない。
だが、その分だけ別の重さがある。
灰色の石造り。
高く伸びる塔身。
上部の大時計は、今も静かに時を刻んでいる。
その足元に広がる小広場には、古い王朝式の紋様に似た石模様が薄く残っていた。
オルバス・グランディールがその前で立ち止まり、低く言った。
「ここだ」
誰も、すぐには返事をしなかった。
「時計塔の地下に」
と学園長は続ける。
「王都中枢本機構への導線がある可能性が高い」
可能性。
だが、ほとんど確信に近い口調だった。
「王城ではなく、ですの?」
とセレスティア。
「王城に露骨な形で置くより、王都の“時と秩序の象徴”の足元へ置くほうが都合がよかったのだろう」
オルバスは言う。
「王朝の古い知恵というのは、そういうところがある」
「知恵というより、趣味が悪いですね」
ルシアンが即答する。
「同感だ」
アルフレッドも珍しくすぐ乗った。
時計塔の足元から吹く風は、妙に冷たかった。
霊真はその気配の中に、学園地下機構ともローゼンベルク家の婚約補助式とも違う、もっと大きくてもっと無機質なものを感じていた。
王都そのものへ広がる演出。
視線と導線の管理。
関係性へ意味を与えたがる空気。
その全部が、ここへ集まっている。
「……かなりございます」
と霊真。
「何が」
とガイゼル。
「本気で、ゲームの中心みたいな感じが」
その一言に、誰も否定しなかった。
むしろ全員、少しだけ嫌そうな顔で同意している。
「本当に」
セレスティアが小さく言う。
「ここまで来ると、笑えませんわね」
だが同時に、その目には奇妙な落ち着きもあった。
悪役令嬢ルート。
本来ヒロインルート。
聖女候補ルート。
王子ルート。
攻略対象たちのおかしさ。
それら全部が、たぶんここへ繋がっている。
ならば次に壊すべき場所もまた、ここなのだろう。
「行きましょう」
アルフレッドが言った。
王子としてではなく、この異様な物語の当事者の一人として。
霊真は時計塔を見上げながら、静かに頷いた。
王都へ来た。
そして王都は、学園よりずっと露骨に“攻略ルート前提”で人を見てくる街だった。
だが同時に、
だからこそ、
ここが本丸なのだとも分かった。




