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エロゲ転移『エロゲ世界に迷い込んだ史上最年少の阿闍梨、断罪寸前の悪役令嬢を救ったら攻略対象全員の様子がおかしくなりました』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第59話 本来ヒロイン、王道イベントが来ても前ほど嬉しくありません

 その日一日で、リリアーナ・フェアミントは三回ほど

「あ、これ完全に本来ヒロインイベントだ」

と思った。


 思った、というより、思わされる、に近い。


 しかも困ったことに、そのどれもが以前の自分なら少しは嬉しかったかもしれない場面ばかりだった。


 王子との自然な接触。

 周囲からの同情。

 守られる側へ置かれる優しい空気。

 善良で、健気で、悪役令嬢と対置される“庶民出身の少女”としての分かりやすさ。


 前なら、それはたしかに居心地の悪いものではあっても、どこかで

「自分はそういう役なのかもしれない」

と受け入れていたかもしれない。


 だが、今は違う。


 違ってしまった。


 断罪ルートが壊れた夜、自分はちゃんと前へ出て、自分の言葉で噂の構造を壊した。

 守られるだけの本来ヒロイン役から、一歩降りた。

 そうやってようやく、自分の足で立ち始めたのだ。


 だからこそ、今さら“優しく守られるだけの王道本来ヒロインイベント”ばかり連発されると、前よりずっと息苦しい。


「……何で、今さら」


 誰もいない図書塔前の回廊で、リリアーナは小さくそう呟いた。


 陽はまだ高い。

 昼休みが終わり、次の講義まで少し時間がある。

 その短い空白時間にさえ、今日の学園は露骨に“そういうイベント”を差し込んできていた。


 朝はアルフレッド王子とぶつかりかけた。

 昼前には女子生徒たちから

「大丈夫? 昨日の舞踏会、つらかったでしょう?」

と妙に優しい顔で囲まれた。

 そしてついさっきは、階段の踊り場で高位貴族の令嬢たちがセレスティアのことを遠回しに話題へ出しながら、リリアーナの反応を探ってきた。


 全部、同じ匂いがする。


 ――あなたは善良な本来ヒロインでしょう。

 ――あなたは傷つけられる側でしょう。

――だから守られて、選ばれて、優しくされるべきでしょう。


 その押しが、前より露骨だ。


「……前は、もう少し嬉しかった気がするのに」


 自分で言って、自分で少し驚く。


 そうだ。

 前なら、王子が支えてくれることも、誰かが気遣ってくれることも、もっと素直に嬉しかった。

 それは今だって嫌なわけではない。

 優しさそのものはありがたい。


 でも今のこれは、優しさというより、

 “本来ヒロインらしくここへ戻ってください”

 という世界からの圧に近かった。


 それが何だか、すごく悔しかった。


    ◇


「フェアミントさん」


 声をかけられて振り向くと、そこにはミレーユ・セラフィナが立っていた。


 礼拝堂帰りらしい。

 白く淡い色のリボンが、昼の光を受けて少し柔らかく見える。

 聖女候補としての落ち着いた微笑はいつもどおりだが、その目の奥は前よりずっと“見ている人”の目になっている。


「ミレーユさん」

 とリリアーナ。


「少し、お顔がお疲れですわ」


 その言い方が優しくて、リリアーナは少しだけ笑ってしまった。


「分かります?」

「ええ。分かりますとも」


 ミレーユは隣へ来て、回廊の窓際へ軽く寄りかかった。


「本来ヒロインルートの押し戻しが、少々露骨ですものね」


 その言葉に、リリアーナはぱちりと目を瞬いた。


「やっぱり、そう見えます?」

「とても」

 ミレーユは穏やかに頷く。

「王子殿下との自然接触、周囲からの保護、同情、善良さの強調……どれもあまりにも王道ですわ」


「ですよね……」


 共感されると、少しだけ息がしやすい。

 自分の気のせいではないのだと分かるからだ。


「でも」

 リリアーナはそこで正直に言った。

「前の私だったら、ああいうの、もっと嬉しかったと思うんです」


「ええ」


「なのに今は、何か……違うんです」


 ミレーユは急かさず、続きを待ってくれる。


「優しくされるのが嫌なわけじゃないんです」

 リリアーナは続けた。

「でも、“あなたはそういう役だから”って感じで優しくされるのが、今はちょっと苦しいというか」


 その言葉を口にした瞬間、自分の中でも何かがはっきりした気がした。


 そうだ。

 自分が苦しいのは、優しさそのものではない。

 優しさが“役割の一部”として押しつけられていることなのだ。


「たとえば」

 リリアーナは少し迷いながら言う。

「今朝、殿下とぶつかりそうになった時も、助けてもらったこと自体はありがたかったんです。でも、そのあと周りがすごく“王子と本来ヒロインの朝イベント”みたいな顔をしてて……」


 ミレーユが少しだけ肩を震わせた。

 笑っている。


「それは……ええ。たしかに、かなりそうでしたわね」

「やっぱり」

「ええ」


 自分だけではなかった。

 それが少しだけ、ありがたくて、少しだけ恥ずかしい。


    ◇


「でも、わたくしは」

 とミレーユが静かに言う。

「今のあなたのほうが、ずっと自然に見えますわ」


「え?」


「守られるだけでなく、ご自分で見て、ご自分で考えて、ご自分で言葉を出そうとしておいででしょう?」

 ミレーユは柔らかく微笑む。

「昨夜のあなたは、とても立派でしたもの」


 その言葉に、リリアーナの胸が少し熱くなる。


 昨夜、自分は確かに言えた。

 脅迫文や禁制品の噂がどう作られていったかを。

 誰かが見た、ではなく、誰から誰へどう話が渡ったかが本当は大事なのだと。


 それは怖かった。

 でも、ちゃんと自分の足で立てた。


 だったら今さら、そこから降りたくはない。


「……ですよね」

 とリリアーナ。

「私、もう“守られてるだけの本来ヒロイン”に戻りたくないです」


 それは、はっきりした本音だった。


 ミレーユはそれを聞いて、少しだけ目を細めた。


「ええ。わたくしも、そのほうがよいと思いますわ」


 聖女候補の口からそう言われると、不思議と少しだけ勇気が出る。


 たぶんミレーユ自身もまた、“ただ見守る聖女候補役”から少しずつ外れつつあるからだろう。

 だからこそ、リリアーナのその気持ちも肯定できるのだ。


「問題は」

 ミレーユが続ける。

「この世界が、それを素直に許してくれそうにないことですわね」


「はい……」


 リリアーナは小さく頷いた。


 断罪ルートが崩れた反動なのだろう。

 今、世界はものすごく雑なやり方で“本来ヒロインルート”を押し戻してきている。


 王子との接触。

 善意の同情。

 守られポジションの固定。

 悪役令嬢との対置。


 まるで

「あなたはこっちです」

と矢印を立てられているみたいだった。


 それが嫌だ。

 でも、嫌だと思えるようになったこと自体は、前進でもあるのかもしれない。


    ◇


 その日の午後、まさにその“本来ヒロイン押し戻し”はさらに露骨になった。


 講義が終わり、教室を出たところで、リリアーナは二人の女子生徒に呼び止められる。


「リリアーナさん、少しよろしい?」

「え、はい……?」


 二人は悪い子ではない。

 むしろ善意の側だ。

 だからこそ厄介だった。


「昨日の舞踏会、本当に大変だったでしょう?」

「ローゼンベルク様、ああいうところでは強いけど、やっぱりちょっと怖いものね」

「あなた、すごく頑張ってたと思う」


 言葉だけ見れば優しい。

 優しいのだが、その優しさの方向が最初から決まっている。


 リリアーナは、かつてならその言葉へ素直に頷いていたかもしれない。

 だが今は違う。


「……あの」

 と彼女は少しだけ困ったように笑う。

「私、昨日はそんなに“かわいそうな側”ではなかったと思います」


 女子二人が目を丸くする。


「え?」

「でも、ローゼンベルク様にあんなふうに――」

「いえ」

 リリアーナは静かに首を振った。

「セレスティア様は、昨夜は私を追い詰めてません。むしろ、自分で立ってました」


 それは確かな実感だった。


 断罪舞台の中心で、自分はただ庇われるだけではなかった。

 そしてセレスティアもまた、単純な“怖い悪役令嬢”ではなかった。


「だから」

 リリアーナは続ける。

「私のことを“守ってあげなきゃいけない本来ヒロイン”みたいに見るのは、ちょっと違うかなって」


 言えた。

 ちゃんと、自分の言葉で。


 女子生徒たちは少し戸惑った顔をしたが、やがて一人が「そっか……」と小さく言った。

 完全には伝わっていないかもしれない。

 でも、それでいい。


 少なくとも、自分は前みたいにその位置へ黙って座り込まなかった。


    ◇


 だが、もっと露骨な“王道イベント”もすぐ来た。


 放課後前。

 資料室から出たところで、リリアーナは足元の小さな段差へ気づかず、わずかに体勢を崩した。


「……っ」


 倒れるほどではない。

 だが、その瞬間ちょうどそこへいたのが、よりによってアルフレッドだった。


 王子は反射的に手を伸ばし、リリアーナの手首を軽く取って支える。


 自然。

 完璧に自然。

 そして完璧に“王道”だった。


 夕方の光。

 静かな廊下。

 少し崩れた体勢。

 支える王子。

 赤くなる少女。


 どこの恋愛ゲームかと思うくらいに、構図が出来すぎている。


「すまない、大丈夫か」

 とアルフレッド。


「は、はいっ……!」


 リリアーナの心臓が跳ねる。

 それは仕方ない。

 王子に支えられて心拍が乱れないほど、彼女は達観していない。


 だが、問題はその次だった。


 近くを通った女子たちが、明らかに

「やっぱり本来ヒロインルート強い!」

みたいな顔をしている。


 リリアーナは支えられたまま、ほんの数秒で色々考えた。


 嬉しい。

 でも、違う。

 王道イベントっぽい。

 でも、これで流されたくない。

 殿下は悪くない。

 でも世界の押しがうるさい。


 感情がぐちゃぐちゃだ。


「フェアミント嬢?」

 アルフレッドが少しだけ心配そうに言う。


「だ、大丈夫です」

 リリアーナは慌てて姿勢を戻し、彼の手から自分の手首をそっと離した。


「ありがとうございます。……でも、私、ちゃんと立てます」


 その一言に、アルフレッドの目がわずかに細くなる。


 彼は分かったのだろう。

 これがただの照れ隠しではないことを。


「……ああ」

 と王子は静かに答える。

「君ならそう言うと思った」


 その返答がありがたくて、同時に少しだけ胸が痛む。

 優しさはある。

 でも、その優しさへそのまま預けられない自分がいる。


 それが今のリリアーナだった。


    ◇


 夕方、リリアーナは一人で中庭脇のベンチへ座っていた。


 風が少し涼しい。

 空は橙へ傾いている。

 石畳の上を誰かの足音が通り過ぎるたび、今日一日の“イベントの多さ”が頭の中でぐるぐるした。


 王子との偶然。

 周囲からの保護。

 悪役令嬢との対比。

 全部が

“本来ヒロインへ戻ってください”

 と押してくる。


 前なら、それを少しは嬉しいと思っていた。

 今も、王子の優しさに胸が跳ねないわけじゃない。

 でも、今の自分はそれだけではいたくない。


「……難しいなあ」


 ぽつりと漏らした声は、自分でも情けないくらい正直だった。


「何がでしょう」


 聞き慣れた声がした。

 振り向くと、霊真が立っている。


「レイシンさん」

「はい」


 相変わらず、必要な時にちょうど来る。

 それが少しだけずるい。


「少し、考え事をしていました」

 とリリアーナ。


「そうでしたか」

 霊真はそれ以上軽く聞き返さず、ただ自然にベンチの横へ立った。

 座らない。

 彼はいつも、相手の気分や距離感を不思議なくらい乱さない。


 だからこそ、話しやすい。


「今日」

 リリアーナは言った。

「たぶん、すごく本来ヒロインっぽいイベントがいっぱいあったんです」


「はい」


 そこは否定しないのか、と思って少しだけ笑ってしまう。


「レイシンさんから見ても、そうでした?」

「かなり」

 と霊真。


 即答だった。


 リリアーナはとうとう声を上げて笑った。

 何だか、それだけで少し楽になる。


「ですよね」

「はい」

「前なら、もう少し嬉しかったと思うんです」

「はい」

「でも今は、あんまり嬉しいだけじゃなくて」


 霊真は黙って聞いている。

 だから、続けられる。


「私、もう“用意された本来ヒロイン”には戻りたくないです」


 それは、たぶん今日一日ずっと心の中にあった言葉だった。


 ようやく、ちゃんと口にできた。


 霊真は少しだけ目を細めた。


「それでよろしいのではないでしょうか」


 また、そういうことを言う。


 欲しかった答えを、余計な飾りなしにそのまま置いていく。

 だから困る。


「……簡単に言いますね」

 とリリアーナ。


「難しいことでしょうか」

「難しいです」

 リリアーナは少しだけ頬を膨らませた。

「優しくされるのは嬉しいんです。守ってもらうのも、全部嫌なわけじゃないです。でも、それが“役”として押しつけられるのは嫌なんです」


「はい」


「私、自分で立っていたい」

 と彼女は言った。

「自分で見て、自分で選んで、それで誰かに優しくされるならいいけど、最初から“あなたはそういう子だからここ”って置かれるのは嫌なんです」


 霊真は静かに頷く。


「立っておられるかと」


 リリアーナは目を瞬いた。


「え?」

「既に」

 と霊真。

「本日も、ご自分でそうではないと何度か言われていたのでしょう?」


 見ていたのか、と一瞬思う。

 いや、見ていなくても、たぶん何となく分かるのだろう。


「……はい」

 とリリアーナ。

「言いました」

「でしたら」

 霊真はごく自然に言う。

「もう、戻りきることはないのではないでしょうか」


 その一言が、胸へ静かに落ちた。


 戻りきることはない。


 たしかにそうかもしれない。

 世界が押してきても、

 王道イベントが来ても、

 前みたいにただ流されるだけではもういられない。


 ならば、自分はもうちゃんと変わっているのだ。


「……そっか」

 リリアーナは小さく笑った。

「そうですね」


 夕方の風が、少しだけ優しく感じる。


「私」

 と彼女は続けた。

「もう“用意された本来ヒロイン”には戻りたくないです」

「はい」

「本来ヒロインだとしても、自分で考えて、自分で立つほうがいい」

「はい」

「だから、次もちゃんと言います」


 それは自分への宣言でもあった。


 霊真は静かに頷いた。


「そのほうが、よいお顔をなさっております」


 また、それだ。

 褒め言葉が真っ直ぐすぎる。


 リリアーナは少しだけ顔を赤くしながら、でもちゃんと笑った。


「……ありがとうございます」


 その笑顔は、たぶん前よりずっと“本来ヒロインらしくない本来ヒロイン”のものだった。


 だがそれでいい。

 むしろ、今はそれがよかった。

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