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エロゲ転移『エロゲ世界に迷い込んだ史上最年少の阿闍梨、断罪寸前の悪役令嬢を救ったら攻略対象全員の様子がおかしくなりました』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第53話 断罪ルート崩壊後の朝、悪役令嬢ルートだけ妙に濃くなっておりました

 断罪劇が壊れた翌朝、学園の空気は前日よりさらにおかしかった。


 九十九院霊真は、朝の回廊を歩きながら、もはや何度目か分からぬ違和感に静かに眉を寄せていた。


 昨日までの学園は、

 誰か一人を悪役へ押し込み、

 誰かを本来ヒロインへ寄せ、

 王子や攻略対象たちへそれらしい役割を振ろうとする、

 ひどく趣味の悪い“物語の強制力”に満ちていた。


 それが昨夜、大広間でかなり壊れた。


 王子が進行を止め、

 天才魔術師が舞台装置を暴き、

 聖女候補が人心の濁りを見抜き、

 本来ヒロインが噂の構造を壊し、

 悪役令嬢自身が、悪役であることを拒絶した。


 ならば今朝は、少し落ち着いていてもよさそうなものだ。


 だが現実には、逆だった。


「……濃くなっております」


 ぽつりと漏れた独り言に、すぐ横から声が返る。


「何がだ」


 ガイゼル・ヴァン・ドレイクだった。

 朝だというのに、もう訓練後らしい。髪の先にわずかに汗が残っている。


「人間関係でございます」

 と霊真。

「昨日より、皆さまの視線が妙に近い気がいたします」


 ガイゼルは数秒黙ってから、鼻で笑った。


「そりゃそうだろ」

「そうでしょうか」

「断罪ルートぶっ壊して、その場で全員の立場と感情がむき出しになったんだ。薄くなるわけねえ」


 言い方は雑だが、筋は通っている気がした。


 実際、回廊の向こうからこちらを見る女子生徒たちの視線は、昨日までとはまるで違う。


 ひそひそ。

 ちらちら。

 そして、妙に熱っぽい。


「見て、ドレイク様とまた一緒……」

「いやでも今朝はまず騎士枠なのね」

「でも本命ってまだ分からないのよね」

「分からないどころか、全部濃くなってない?」

「というかローゼンベルク様ルート、明らかに一段上がった気がするのだけど」


 後半はやはりよく分からない。

 だが、昨日の舞台以後、学園全体が

「どのルートが本命なのか」

みたいな目つきでこちらを見始めていることだけは、霊真にも何となく理解できた。


「面倒ですね」

 とガイゼル。

「昨日まで“悪役令嬢断罪ショー”見たがってたくせに、壊れたら今度は“じゃあ誰と誰がどうなるんだ”って見始めやがる」

「人は物語が好きなのでしょうか」

「好きすぎんだよ」


 そのとき、回廊の反対側から、ちょうど見慣れた淡い象牙色ではなく、朝らしい落ち着いた制服姿のセレスティア・フォン・ローゼンベルクが現れた。


 そして、現れるなり空気が変わった。


 それはもう、驚くほど露骨に。


 通りすがりの生徒たちが、

 あ、と息を止める。

 女子生徒たちの視線が一斉にこちらと彼女の間を往復する。

 朝の回廊が、急に“イベント発生地点”みたいな顔をし始める。


 霊真は思った。


 ――やはり濃くなっております。


    ◇


「おはようございます」

 と霊真。


 セレスティアは一瞬だけ足を止め、それからごく自然に頷いた。


「……おはようございます」


 その返答は平静だった。

 平静なのだが、昨日までと少し違う。


 壁が、一枚減っている。


 いや、正確には。

 悪役令嬢として張りつめていた外殻を一枚、自分で脱ぎ捨てた後の空気、と言ったほうが近い。


 セレスティアはガイゼルにも軽く会釈し、それから霊真へ視線を戻した。


「昨夜は、よく眠れましたの?」


 問いかけ自体は普通だ。

 ごく普通の、朝の挨拶に近い。


 だが、その一言だけで回廊のざわめきがさらに濃くなる。


「ローゼンベルク様から先に声かけた……」

「しかも体調確認っぽい……」

「何これ、もう個別ルート入ってない?」


 やはり意味はよく分からない。

 だがセレスティアのほうは、後ろのざわめきを聞いているはずなのに、今朝は妙に動じなかった。


 むしろ少しだけ、腹を括った人の顔をしている。


「はい」

 と霊真。

「少し考え事はいたしましたが、休めました」

「そう」


 セレスティアはそこで、ほんの少しだけ視線を逸らした。

 その仕草だけで、妙に朝の光が彼女を柔らかく見せる。


 昨日の夜、彼女は言ったのだ。

 自分はもう、皆の都合のよい“処刑台の華”ではない、と。


 ならば今朝の彼女は、悪役令嬢ではなく、

 断罪ルートを自分で壊しきったヒロインの一人として立っているのかもしれなかった。


 それはたぶん、学園の目から見ても同じだったのだろう。


「ところで」

 とセレスティア。

「少し、お時間よろしいかしら」


 来た。


 ガイゼルが横で、

“ほらな”

という顔をした。


「はい」

 と霊真。


「一緒にお話ししたいことがございますの」


 あまりに自然にそう言うので、霊真は一瞬、

 昨日の舞台の後処理に関する相談だろうか、

 と真面目に考えた。


 だが周囲の空気は、明らかにそうではない顔をしている。


「朝イチでお誘い……」

「強い……悪役令嬢ルート強い……」

「しかも昨日の流れのあとでこれ、だいぶ本命感ありません?」


 その言葉に、セレスティアの睫毛がぴくりと揺れた。

 聞こえている。

 だが今の彼女は、前のようにそれへ冷たく棘を立てるだけではなかった。


「ドレイク様」

 とセレスティアがガイゼルを見る。

「少しだけ、お借りしてもよろしくて?」

「どうぞどうぞ」

 とガイゼル。

「俺、今の台詞一回言ってみたかったわ」

「後で覚えていらっしゃい」


 そのやり取りですら、前よりずっと軽い。

 セレスティアが“いつもの棘”を持ちながらも、それだけに閉じこもっていない証拠だった。


    ◇


 セレスティアが霊真を連れて向かったのは、中庭脇の回廊だった。


 朝の陽がまだやわらかく差し込む場所。

 人目は完全にはない。

 だが、見ようと思えば少し遠くから見える。

 その“見えそうで見えない”感じが、最近の学園ではいちばん危ない。


「お話とは、何でしょう」

 と霊真。


 セレスティアはすぐには答えなかった。


 少し歩き、人気がまばらになったところで、ようやく立ち止まる。

 そして彼女は、昨日の夜の延長線にいるような、少しだけ真剣な横顔で言った。


「お礼ですわ」


「お礼」


「ええ」


 セレスティアは霊真を見た。


「昨夜は、結局きちんと申しませんでしたもの」


 確かに、昨夜の終わり際、彼女は

“ありがとうございました、とは申しませんわ”

と、いかにも彼女らしい言い方をしていた。


「必要でしょうか」

 と霊真。


 するとセレスティアは、ほんの少しだけ眉を寄せる。


「必要ですわ」

 その声はやわらかいが、強い。

「わたくし、ああいう場では意地を張ってしまいますもの。ですから、今、改めて申します」


 朝の回廊に、少しだけ静かな空気が落ちた。


「ありがとうございました」

 とセレスティアは言った。

「あなたがいてくださったから、わたくしは昨日、最後まで立てましたわ」


 まっすぐだった。


 昨日の大広間では、彼女は誇り高く、強く、舞台を奪い返していた。

 今朝のこの一言は、それとは別の強さだった。


 自分から好意や信頼を言葉にする強さ。


 霊真は少しだけ目を瞬いた。

 こういうふうに、真正面から感謝を伝えられることに、あまり慣れていない。


「いえ」

 と彼は静かに言った。

「ローゼンベルク殿ご自身が立たれたからこそかと」


「そういうところですわ」

 とセレスティア。


 だが今朝のその台詞は、少し違って聞こえた。

 いつもの“困りますわ”に近い響きではなく、

 半分は照れ、

 半分はどうしようもない好意の滲みみたいなものがある。


 それを本人も自覚しているのか、セレスティアはすぐに少しだけ視線を逸らした。


「……それに」

 彼女は続ける。

「昨日のような場で、あれだけ皆の前に立ってなお、今朝こうして普通に話せるのは、少し不思議ですの」


「不思議でしょうか」


「ええ。前のわたくしなら、たぶんもっと刺々しくなっていましたわ」


 それは本当だろう。

 昨日までのセレスティアなら、断罪劇を壊した翌朝に、こんなふうに柔らかく声をかけることなどできなかったかもしれない。


「ですが今は」

 とセレスティア。

「少しだけ、楽ですの」


 彼女は小さく笑った。


「悪役令嬢でいなくてよいと思えますから」


 その言葉は、朝の空気にひどくよくなじんだ。


 霊真は静かに頷く。


「それは、よいことかと」

「ええ」

 セレスティアは頷く。

「とても」


    ◇


 その少し離れた場所では、もちろん見ている者たちがいた。


「見た?」

「今の空気、完全に“断罪ルート崩壊後に本命ヒロインが朝イベント回収するやつ”では?」

「強い……悪役令嬢要素が逆にメインヒロイン化してる……」

「しかもレイシンさん、あの顔で全部受け止めてるのずるくない?」

「ずるいのはローゼンベルク様のほうでは……?」


 ひそひそ声は、たぶん本人たちにも少し届いている。

 だがセレスティアは、今朝はそれを完全にはねつけなかった。


 はねつける代わりに、少しだけ胸を張る。


 昨日までなら、

「何を馬鹿なことを」

と冷たく切っていたかもしれない。

 だが今朝は違う。


 違う自分を、少しだけ許している。


「ところで」

 とセレスティア。

「本日は、放課後に少しだけお時間ありまして?」


 さらに来た。


 霊真は真面目に考える。


「何かご相談でしょうか」

「相談もありますわ」

 セレスティアは言う。

「あと……確認も」


「確認」


「ええ。昨日の件で、家から何か動きがあるかもしれませんもの。わたくし一人で整理するより、あなたにも聞いていただきたいのです」


 それは、かなりもっともな理由だった。

 そしてかなり、“個別ルートイベントっぽい”理由でもあった。


 周囲のざわめきが一段強くなる。


「放課後追加イベント入った……」

「強すぎる……」

「これ、もう悪役令嬢ルートじゃなくて、悪役令嬢メインルートでしょ」


 霊真は相変わらず、半分も意味が分からない。

 だがセレスティアのほうは、今度こそはっきり頬をわずかに染めた。


 ただし、逃げない。


「いかが?」

 と彼女は言った。

 少しだけ強気に。

 でも、微妙に答えを待つ声で。


「承知しました」

 と霊真。


 それを聞いた瞬間、セレスティアの表情がほんの少しだけ和らいだ。


「……では、放課後に」


 そのやり取りを見ていた女子生徒たちが、ほぼ同時に同じ顔をした。


 ――あ、これは強い。


 そういう顔だった。


    ◇


 一方その頃、別の場所では別の濃さが発生していた。


 リリアーナは朝の教室で、明らかに落ち着かない様子だった。

 ノートを開いては閉じ、

 昨日の会場で自分がちゃんと言えたことを思い出しては少しだけ嬉しくなり、

 その直後に、今朝セレスティアが先に霊真へ声をかけていたことを思い出して少しだけ複雑になる。


「……何でそこでローゼンベルク様が先なんだろう……」


 口にしてから、自分で慌てて首を振る。


 違う。

 競っているわけではない。

 いや、ちょっとは競っているのかもしれない。

 でもそれだけではない。


 昨夜、断罪ルートが崩れたことで、

 本来ヒロインである自分が“守られる側”から降りられたことは大きい。

 そのぶん、今までよりちゃんと前へ出たいと思っている。


 なのに、悪役令嬢ルートのほうが朝から強い。

 それが何だか悔しい。


「……本当に、エロゲみたい」


 ぽつりと漏らしたところで、前の席の女子が振り返った。


「分かる」

 と、その女子は真顔で言った。

「今の学園、マジでそう」


 リリアーナは一瞬、目を丸くして、それから小さく笑ってしまった。


 少なくとも自分だけがおかしくなっているわけではないらしい。


    ◇


 ミレーユもまた、礼拝堂で一人、少しだけ困った顔をしていた。


 昨夜、自分はもうかなりはっきりと霊真へ気持ちを言ってしまった。

 尊敬だけではない。

 特別でいてほしい。

 それは、ほとんど恋の自白だった。


 そのくせ今朝の自分は、妙に冷静だ。


 いや、冷静ではない。

 表面だけ整えているだけで、胸の中はだいぶ落ち着いていない。


 しかも、昨夜から今朝にかけての空気を見ていると、

 どう考えてもセレスティア側のルートだけ一段濃くなっている。


「……困りますわね」


 そう呟いてから、自分で少し笑った。


 けれど、困っているだけでもない。

 たしかに今、攻略対象全員の様子はおかしい。

 だが、その“おかしさ”の中に、自分もちゃんと含まれているのだと思うと、どこか腹も括れてしまう。


    ◇


 ルシアンはルシアンで、朝から非常に機嫌が悪かった。


 理由は本人いわく、

 「昨夜の会場測定結果を整理する前に、すでに新しい個別イベントが複数走っているから」

 だそうだ。


「非効率です」

 と彼は吐き捨てるように言った。

「断罪ルート崩壊直後は、もっと情報整理に集中すべきでしょう」


「おまえ、それ本気で言ってる?」

 とガイゼル。


「本気です」


 言い切る顔が、逆にひどい。


「ローゼンベルク嬢が朝イベントを回収し、フェアミントさんが明らかに巻き返しモードに入り、ミレーユさんが夜イベント後の余韻を引きずっている。これでどうやって解析に集中しろと」

「全部見えてんじゃねえか」

「観測です」


 その“観測”がもう十分に怪しいのだが、ルシアンは少しも自覚していないらしい。


    ◇


 霊真は、そんな学園全体の濃さを何となく感じながら、朝の回廊を歩いていた。


 断罪ルートは崩壊した。

 だがその反動のように、個別の関係性が全部少しずつ前へ出てきている。


 しかも特に、

 悪役令嬢要素が消えたセレスティア

は、むしろ前より強い引力を持ち始めている気がした。


 これは、世界の仕様がまだ動いているからなのか。

 それとも皆が本当に、自分の気持ちを自分で選び始めたからなのか。


 たぶん両方だろう。


 そしてそのどちらにしても、放課後にはまたセレスティアとの“確認イベント”が待っている。


 霊真はそこで、ようやく少しだけ思った。


 ――これは、やはり少し、エロゲ世界なのかもしれません。


 とはいえ、彼に分かるのはそこまでだった。


 その先にある

「悪役令嬢ルートが本命化してきている」

という学園全体の認識までは、まださすがに理解しきれていない。


 だが周囲の目から見れば、それはもうかなり明白だったのである。

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