表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エロゲ転移『エロゲ世界に迷い込んだ史上最年少の阿闍梨、断罪寸前の悪役令嬢を救ったら攻略対象全員の様子がおかしくなりました』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

51/82

第51話 黒幕は舞台袖で嗤っていられない――ついに“教師側の歪み”が表へ滲み出す

 大広間の空気は、もう最初のそれとはまるで別物になっていた。


 九十九院霊真は、その変化を肌でよく感じていた。


 少し前までこの場を満たしていたのは、誰か一人を“悪役令嬢”へ押し込み、正論の顔をしたまま断罪劇を美しく成立させようとする、ぬるくて冷たい流れだった。見世物として快適な空気。誰が主役で、誰が悪役で、誰が選ばれる側かを、客席の全員がうっすら共有しているような気配。


 だが今は違う。


 王子が止めた。

 術式が暴かれた。

 噂の構造が掘り返された。

 そしてセレスティア・フォン・ローゼンベルクが、自分の言葉でその舞台そのものを拒絶した。


 予定された“気持ちよい断罪劇”は、もう戻らない。


 その代わりに会場を満たしているのは、戸惑いと、緊張と、それから一部の者たちの焦りだ。


 焦っている者がいる。


 その気配が、今は以前よりずっと分かりやすかった。


 舞台装置が機能不全を起こし、

 断罪の順番が壊れ、

 王子までもが流れの停止を宣言した。


 ここまで来てなお裏に引っ込んでいられるのは、よほど肝が据わっているか、あるいはもう隠しきれなくなっているかのどちらかだ。


 霊真は、自然な動きの中で教師席のほうへ視線を向けた。


 バルトラン学務主任。

 穏やかな顔をしていたその男の表情には、今やほんのわずかだが、隠しきれない硬さがある。


 怒りとまではいかない。

 だが、計算がずれたときの冷たい苛立ちが、目元に滲み始めていた。


「……やはり、あの方でございますか」


 小さく呟いた声に、すぐ隣のルシアンが反応する。


「ええ」

 銀の瞳は細いままだ。

「少なくとも、“知らない側”の顔ではなくなりました」


 ルシアンの測定具は、会場の壇上近くから残る術式の歪みだけでなく、人の動揺にも薄く反応しているらしい。

 彼は低く続けた。


「核を乱されたあと、最も早く魔力の揺れが変わったのが教師席の一角です。壇上と来賓席を除けば、あそこが一番濃い」


「教師席」

「ええ。つまり舞台袖です」


 その言い方に、霊真は少しだけ息を吐いた。


 舞台袖。


 たしかに、今夜の大広間は舞台じみている。

 誰が中央へ立ち、誰が見守り、誰が流れを支えるかまで、あまりにも整いすぎていた。


 ならば黒幕がいるのは、華やかな中央ではなく、進行を作る側――舞台袖のほうなのだろう。


    ◇


「殿下」


 ミレーユ・セラフィナが、静かにアルフレッドへ近づいた。


 聖女候補の声はやわらかい。

 だが今夜の彼女は、そのやわらかさの奥へ、観測者としての鋭さを隠している。


「教師席の右寄り、三段目。学務主任バルトランの近くにいる方々だけ、感情の揺れ方が違いますわ」


 アルフレッドはわずかに視線を動かした。

 王子として露骨な挙動はできない。

 だが、それでも見るべき点は見逃さない。


 たしかに、そこだけ緊張の質が違う。


 来賓席の戸惑いは、“思っていた見世物と違う”ことへの戸惑いだ。

 生徒たちのざわめきは、“今何が起きているのか”という混乱に近い。

 だが教師席の一部には、もっと具体的な焦りがある。


 進行が崩れたことへの焦り。

 予定がずれたことへの焦り。

 つまり、“関係者の焦り”だ。


「ありがとうございます」

 アルフレッドは低く返した。

「やはり、教師側から切るべきか」


 ミレーユは小さく頷く。


「ええ。今の会場で最も“この流れを戻したい”と強く願っているのは、あちらですわ」


 それは重要な指摘だった。


 断罪劇を期待していた来賓はいた。

 面白がっていた上級貴族子弟もいる。

 だが、実際に舞台を整えていたのは教師側――あるいは、少なくとも教師側へ深く手を伸ばせる者だ。


 ならば今、ここで狙うべきはそちらになる。


    ◇


 その頃、バルトランは胸の内で舌打ちしていた。


 もちろん表には出さない。

 学務主任としての穏やかな顔は崩さない。

 だが内側では、明らかに計算が狂っていた。


 ここまで来るはずではなかった。


 ローゼンベルク嬢へ視線を寄せ、

 王子へ“正しい判断”を迫り、

 庶民娘を比較対象として置き、

 あとは公開討論という名の正論で包めばよかったのだ。


 多少の反発はあるにせよ、空気が勝つ。

 今回もそうなるはずだった。


 それがどうだ。


 王子は最初から止めに来る。

 ローゼンベルクは逃げず、自分の言葉で役を拒絶する。

 フェアミントは庇われ役から外れる。

 聖女候補は人心の濁りを見抜く。

 騎士は雑な言葉で舞台を崩す。

 天才魔術師は術式を暴く。

 そして転移者は、その全部の間を妙に正しい顔で繋いでいく。


 最悪だった。


 特に、九十九院霊真が悪い。


 あの男は、この世界の“物語の流れ”を理解していないくせに、最も都合の悪いところで順番を壊す。

 王子が王子らしく振る舞う前に前へ出る。

 悪役令嬢を悪役令嬢として見ない。

 本来ヒロインを本来ヒロインの席へ置きっぱなしにしない。

 攻略対象たちの“らしさ”まで狂わせる。


 まるで、舞台そのものを信用していない観客が、その場へ上がり込んで脚本を破り始めたみたいだった。


 それは、あまりにも不快だ。


「……厄介な異物ですな」


 誰にも聞こえないほど小さく、バルトランは呟いた。


 だがその呟きは、ほんの少しだけ遅かった。


「異物、ですの?」


 柔らかいが、逃がさない声だった。


 振り返ると、そこにはミレーユがいた。


 いつのまに近づいたのか。

 聖女候補らしい穏やかな微笑を浮かべたまま、だが目だけは笑っていない。


「何か?」

 とバルトランは自然に返す。


「いえ」

 ミレーユはやわらかく首を傾げる。

「ただ、今たしかに“異物”とおっしゃった気がしましたので」


 しまった、とバルトランは一瞬だけ思った。

 だが、顔には出さない。


「聞き違いでは」

「そうかもしれませんわね」


 そう言いながらも、ミレーユは一歩も退かない。

 その距離感が、逆に不気味だった。


「けれど」

 と彼女は続ける。

「もし今夜、この会場で“異物”と呼ばれるものがあるとしたら、それは用意された流れへ従わぬ人のことではなく、流れそのものへ手を加えた何かのほうだと思いますわ」


 上品な言い回し。

 だが、内容はかなり鋭い。


 バルトランのこめかみのあたりが、わずかに冷える。

 この聖女候補もまた、以前よりずっと厄介になっていた。


    ◇


 一方で、霊真は静かに前へ出ていた。


 大きく目立たぬように。

 だが必要な距離だけは詰めるように。


 今夜の彼の役目は、誰か一人を助けることだけではない。

 舞台の構造が崩れた今、次に来る揺り戻しを読むことだ。


 黒幕側は、ここまで崩された以上、綺麗な進行だけでは押し切れない。

 ならば次は、もっと直接的に、もっと明確な“犯人役”を立てる材料を出してくる可能性が高い。


 つまり、

 「教師側が何か知っている」

 だけでは足りない。


 それを会場で言葉にできる形へ引きずり出す必要がある。


 そこへ、ガイゼルが寄ってきた。


「どう見る」

 と低く問う。


「教師側です」

 と霊真。


「だよな」


 ガイゼルは視線だけで教師席の一角を示す。


「さっきからあの辺、“ローゼンベルク断罪ルートが止まって気に食わねえ”顔が混じってる」


 雑な言い方だが、要点は合っている。

 そしてそういう“顔”を見るのは、たぶん彼のほうが得意だ。


「殿下が切るべきでしょうか」

 と霊真。


「いや」

 ガイゼルは少し考えてから首を振った。

「ここで殿下が正面から教師を切ると、“王子が感情で学園を乱した”って逆手に取られかねねえ」


 それもそうだ。

 王子には王子の立場がある。

 強い。

 だが、強いからこそ正面から振り下ろす刃には制約もある。


「なら」

 とガイゼル。

「別口から揺さぶる方がいい」


 霊真は、すぐに一人の顔を思い浮かべた。


 ルシアンだ。


 理屈で切る。

 証拠を拾う。

 そして相手へ“知られている”と分からせる。

 あの役は、今夜この場では彼が最も向いている。


    ◇


 ルシアン・エーデル=クロイツは、その視線だけでだいたい察したらしい。


「私ですか」

 と彼は言った。


「はい」

 と霊真。


「でしょうね」


 外套の内側へ測定具を戻しながら、ルシアンは小さく息を吐いた。

 不本意そうではある。

 だが、断る顔ではない。


「教師側の魔力反応、壇上核への連動、進行停止後の焦り――全部重ねれば、かなり黒に近い」

 とルシアン。

「問題は、どう表へ滲ませるかです」


 その言い方がまさに彼らしい。

 “暴く”ではなく、“滲ませる”。


 今の大広間で必要なのは、黒幕をその場で劇的に摘発することではない。

 そうではなく、

「教師側にも不自然な関与がある」

 と会場全体へ理解させることだ。


 理解されれば、舞台はもう“学園の正しい断罪劇”として成立しない。


「できますか」

 と霊真。


「当然です」


 ルシアンの声は冷たかった。

 そしてその冷たさの中に、ここ数日積み重なっていた苛立ちが少しだけ混じる。


「舞台装置を作った側が、舞台袖で嗤っていられると思うなよ、という話です」


 かなり怒っていた。

 だが、その怒りは今はありがたい。


    ◇


 やがてルシアンは、あくまで会場の整序を確認するふりで教師席近くへ進んだ。


 歩き方は自然だ。

 いかにも“天才魔術師が何か気づいて見に来た”くらいの不愛想さでちょうどいい。


 バルトランの近くまで来たところで、彼はふと足を止めた。


「……興味深いですね」


 その一言に、バルトランが視線を向ける。


「何が、かな」

 穏やかな声。

 だがもう、前の余裕は薄い。


 ルシアンは教師席脇の装飾柱へ、ほんの少しだけ触れた。

 測定具は使わない。

 使わずとも、先ほど核へ干渉したあとなら、この辺りに残る連動痕は拾える。


「壇上核と、こちらの補助線がまだ繋がっている」

 と彼は言った。

「なるほど、会場全体へ薄く流すだけでなく、進行側の位置にも調整を残していたわけですか」


 教師席の一角が、ぴくりと揺れた。


 来た、と霊真は思う。


 その一言は、バルトラン個人を名指ししていない。

 だが、

「進行側の誰かが術式と連動している」

 という理解を会場へ一気に投げ込むには十分だ。


「クロイツ君」

 バルトランが少しだけ声を低くする。

「憶測は慎みたまえ」


「憶測ではありません」

 とルシアン。

「魔力の線がまだ残っています。壇上核を乱した直後、最も強く揺れたのがこの周辺だったことも含めて」


 その言葉に、会場のざわめきがまた変質した。


 今度はもう、“ローゼンベルク嬢が怪しいかもしれない”ではない。

 “教師側が関わっているのではないか”というざわめきだ。


 それは、この舞台にとって致命的だった。


 教師は進行と秩序の側でなければならない。

 その教師側へ不自然さが向いた瞬間、誰か一人を正しく断じる物語は一気に腐る。


    ◇


 アルフレッドは、そのざわめきを聞きながら静かに息を吐いた。


 ここだ、と分かる。


 今なら切れる。


「バルトラン主任」

 王子の声が大広間へ落ちる。


 今度こそ、会場の視線は完全に教師側へ集まった。


「この場の進行と、会場設営の一部について、私は後ほど正式に確認を取る」

 アルフレッドは言った。

「それまでは、この会を“特定個人の品位や疑惑を問う場”として扱うことを認めない」


 強い。

 しかも、理屈が通っている。


 ローゼンベルク嬢が怪しいかどうか、ではない。

 その前に、舞台そのものの公正さが崩れている。


 ならば、誰か一人へ説明責任を負わせる流れなど成立しない。


 王子は、もう迷わずそこを切った。


 バルトランは黙っている。

 表情だけは穏やかだ。

 だが、その沈黙がもう答えのようでもあった。


    ◇


 霊真は、そこでようやく少しだけ呼吸を整えた。


 まだ終わってはいない。

 黒幕の全貌も出ていない。

 断罪劇そのものを完全に無力化したとも言えない。


 だが今、確かに一つの転換が起きた。


 悪役令嬢断罪の舞台として始まったはずのこの夜は、

 いつのまにか

「学園の進行そのものが歪められていたのではないか」

 を暴く夜へ変わり始めている。


 舞台袖にいた者が、

 もう舞台袖でだけ嗤ってはいられない。


 それは大きな一歩だった。


 霊真がそう思ったところで、リリアーナが小さく息をついたのが聞こえた。

 振り向くと、彼女はまだ緊張している。

 だが、目だけはしっかり前を見ていた。


 セレスティアもまた、胸を張ったまま立っている。

 怖さは消えていないはずだ。

 それでも、もう“処刑台の華”ではない。


 皆が少しずつ、自分の役を壊してここへ立っている。


 そのことが、今の霊真には何より心強かった。


 そしてこの瞬間、

 大広間のざわめきは、もう完全に予定された断罪劇のものではなくなっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ