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エロゲ転移『エロゲ世界に迷い込んだ史上最年少の阿闍梨、断罪寸前の悪役令嬢を救ったら攻略対象全員の様子がおかしくなりました』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第48話 天才魔術師は舞台装置を暴く――その“断罪の空気”、術式で補強されています

王子権限による進行停止宣言の直後、大広間には奇妙な沈黙が落ちていた。


 完全な静寂ではない。


 衣擦れの音がある。

 誰かが息を呑む気配もある。

 来賓席の奥では、小さく扇を閉じる音まで聞こえた。


 けれど、それらすべてをまとめても、今この場を支配しているのはやはり沈黙だった。


 予定されていた流れが止められたからだ。


 第二の断罪劇は、本来ならもっと滑らかに始まるはずだった。

 誰かが露骨に“ローゼンベルク嬢が悪い”などと言う必要はない。

 ただ正論の顔をした問いが順に並び、

 高位の者の責任が語られ、

 不安を招く振る舞いが問題視され、

 最後に自然な顔で、

 “ではローゼンベルク嬢はどうお考えですか”

 と問われればよかった。


 その流れへ、一度王子が楔を打ち込んだ。


 前提の曖昧さを指摘し、

 印象だけで個人へ視線を寄せることを止め、

 進行そのものを停止した。


 その結果、会場の空気を覆っていた“断罪劇が起こるべき気配”が一度揺らいだのだ。


 揺らいだ。

 だが、消えてはいない。


 九十九院霊真は、そのことを肌ではっきり感じていた。


 薄く、冷たく、粘るような圧。

 人の感情を一方向へ寄せたがる見えない押し。

 術式核を一度乱されたことで脈動は不安定になったはずなのに、それでもまだ場の底へ残っている。


 つまり、完全には壊れていない。


「……まだおります」


 霊真が低く言うと、会場端にいたルシアン・エーデル=クロイツが即座に反応した。


「ええ。脈動は落ちましたが、主軸そのものは生きています」


 彼の銀の瞳は壇上付近の意匠へ向けられていた。

 袖口の内側で、例の測定具がかすかに振動しているのだろう。


「壊し切れていない」

 とルシアン。

「先ほど乱したのは、あくまで流れの表層です。舞台装置そのものは、まだこの場にあります」


 その言葉は決定的だった。


 つまり今、この大広間はまだ“断罪しやすい会場”のままなのだ。

 流れは壊した。

 順番も乱した。

 だが舞台装置そのものが残っていれば、黒幕側はまた別の角度から断罪劇を立て直してくるかもしれない。


 そしてルシアンは、そういう“立て直し”を決して甘く見ない男だった。


「殿下」

 彼は壇上のアルフレッドへ向けて、やや通る声で言った。

「この会場には、明確な術式補強の痕跡があります」


 ざわめきが戻る。


 来賓席が揺れた。

 教師たちの顔色が変わる。

 バルトランの表情だけが、逆にぴたりと止まった。


 アルフレッドはその一言を待っていたかのように即座に応じた。


「説明できるか」


「可能です」

 ルシアンの声は冷静だった。

「ただし、気分の良い話ではありません」


 それはたぶん、この場にいるほぼ全員へ向けられた警告でもあった。


    ◇


 ルシアンはゆっくりと壇上へ近づいた。


 堂々としているわけではない。

 むしろ、彼自身はこういう“全員が見ている場”をあまり好まない。

 だが今夜ばかりは、それを嫌っている場合ではなかった。


 彼の役目は、見えないものを理屈で掴み、暴くことだ。

 そして今、この場で一番暴かれるべきなのは、感情の流れを“自然な空気”に見せかけて操作していた術式だった。


「まず前提として」

 とルシアンは言う。

「私は、学園内でここ数日観測されていた感情偏向の脈動を追っていました」


 来賓席の一部が訝しげな顔をする。

 魔術理論に明るくない者にとって、感情偏向などと言われてもぴんと来ないのだろう。


 だがルシアンは気にしない。


「これは攻撃魔法ではありません。洗脳術でもない。もっと薄く、もっと陰湿な類です」


 その一言で、会場の空気がわずかに冷える。


「人の心を直接支配するのではなく、元からある感情を“少しだけ押しやすくする”補助術式。恋愛感情、優劣感情、独占欲、選ばれたい気持ち、誰かを下へ置きたい気持ち。そうしたものを、この会場では自然に増幅しやすい状態へ整えられていた」


 教師席の一部が、露骨に落ち着きを失う。

 だがルシアンは止まらない。


「つまり、この場が最初から“誰かを比べたくなる”“誰かを悪役にしたくなる”空気を持っていたとしても、それは参加者の素の感情だけとは限らない、ということです」


 来賓の貴婦人が扇の影から口を開く。


「それはつまり、今この場にいる者たちの判断は、術式に乱されているとおっしゃるの?」


「乱されやすくなっている可能性が高い、と申し上げています」

 ルシアンは一切怯まない。

「少なくとも、“何となくあの令嬢が怪しい気がする”といった種類の印象を、事実確認の前に自然な判断として扱うには、この場は不自然すぎる」


 正論だった。

 しかも冷たく、容赦がない。


 これがルシアンの強みだと霊真は思う。

 優しくはない。

 だが、曖昧な印象を“証拠のないもの”として切り捨てるとき、この天才魔術師はひどく強い。


「証明は?」

 とバルトランが初めて明確に口を挟んだ。

 声は穏やかだ。

 だがその穏やかさは、前よりずっと張りつめていた。

「クロイツ君、学術的主張をこのような公の場で行う以上、相応の証明が必要だろう」


 来たな、と霊真は思う。


 ここで必要なのは、ルシアンの説明を“研究者の仮説”として処理し、政治的な場の効力を弱めることだ。

 たしかにそれは理屈としては正しい。

 だが、バルトランが今それを言うのは、防御として都合がよすぎた。


 ルシアンは、その問いをむしろ待っていたように見えた。


「ええ、当然です」


 彼は外套の内側から、薄い銀板状の測定具を取り出した。

 夜の図書塔や旧校舎で見せていたものよりも、もう一段精度の高い品らしい。光沢は鈍いが、表面に刻まれた微細な線が見る者に“ただの飾りではない”と分からせる。


「こちらは会場入場前後の脈動差を取った簡易記録です」


 ルシアンが魔力を流すと、銀板の表面へ細い光の線が浮かぶ。

 それは会場の中央を起点に、来賓席、壇上、王子席、そしてセレスティアとリリアーナの立ち位置へ寄るような曲線を描いた。


 ざわめきが起こる。


「これは……」

 とミレーユが小さく呟く。

 礼拝堂側から人心の揺れを見ていた彼女には、線の偏りが感情の偏りと重なって見えたのだろう。


「先ほど一度、壇上装飾付近へ干渉を加えたことで、脈動が乱れました」

 ルシアンは続ける。

「その直後、会場全体の“流れ”が変わった。ローゼンベルク嬢へ集まりかけていた視線が、一瞬明らかに散った」


 その場にいた者なら、多くが覚えているはずだ。

 実際、進行が止まり、ざわめきの質が変わったのを、皆感じていた。


「偶然だと言い張ることはできます」

 ルシアンは冷たく言う。

「ですが、偶然にしては整いすぎている。あまりにも」


 その一言が、会場に重く落ちた。


    ◇


 アルフレッドは、ルシアンの説明を聞きながら、改めて確信していた。


 ここで引いてはならない。


 王子として正しく見えることより、

 この場で何が起きているかをはっきり言葉にするほうが重要だ。


「十分だ」

 と王子は言う。

「少なくとも私は、この説明を踏まえたうえで、今この場の“印象による議論”を無効とする」


 今度の言葉は、さらに強かった。


 無効。

 つまり王子は、この会場で自然に発生したように見える空気そのものを、王族として認めないと宣言したのだ。


 来賓席が明確に揺れる。

 教師席には緊張が走る。

 そして、バルトランの目が初めてわずかに鋭くなる。


「殿下」

 とバルトラン。

「それは少々、早計ではありませんか。術式の存在が仮にあったとしても、それだけで全参加者の判断が不当になるわけでは――」


「“仮にあったとしても”ではない」

 アルフレッドは切った。

「存在した可能性が高く、しかもその影響が特定の流れに偏っていた以上、この場で個人の品位や責任を問うこと自体が不適切だと言っている」


 その言葉に、霊真は胸の奥で静かに息を吐いた。


 もう王子は迷っていない。

 “そう見えるべき王子”ではなく、

 今この場で何を裁くべきかを自分で選ぶ側に立っている。


    ◇


 ここで、セレスティア・フォン・ローゼンベルクが再び口を開いた。


「ようやく、まともな土台に戻りましたわね」


 その声音は冷たいが、先ほどより呼吸は安定している。


「少なくとも今、わたくしは“何となく怪しく見えるから説明しなさい”と言われているわけではないと理解してよろしいかしら」


 その言い方は、かなり棘がある。

 だが今の会場では、その棘すらむしろ必要だった。


 来賓の一部には眉をひそめる者もいる。

 しかし、それでいいのだと霊真は思う。


 悪役令嬢らしい怒り方ではない。

 高位の立場にある者として、自分が不当に処理されかけたことへ筋を通しているだけ。


 役に押し込められていない怒りは、以前よりずっと強い。


「ローゼンベルク嬢」

 進行役の教師が何とか笑みを作ろうとする。

「誰もそこまで――」


「ならば、最初からそういう進行をなさらなければよろしいのです」


 遮った。


「曖昧な印象を“周囲の不安”などと美しく言い換え、誰か一人に説明責任を負わせる流れを作る。そういうことを、わたくしは今後一切黙って受け入れるつもりはありませんわ」


 会場の一部が、そこでようやく理解した顔になる。


 この令嬢はもう、前のようには押されない。

 悪役令嬢として沈黙させられる側ではない。


 自分から舞台を噛み砕いてくる。


    ◇


 その空気の変化を、ミレーユはとてもよく感じ取っていた。


 最初に会場を覆っていた、

 “誰か一人へ意味を背負わせたい欲望”

 が少しずつ散っている。


 まだ完全には消えない。

 だが少なくとも今は、

 “ローゼンベルク嬢を悪役へ置けば話がきれいにまとまる”

 という甘い期待が崩れ始めていた。


 代わりに広がっているのは戸惑いだ。

 舞台装置がうまく機能しないことへの戸惑い。

 王子が止めたことへの戸惑い。

 聖女候補と本来ヒロインと騎士枠と天才魔術師と、そして悪役令嬢自身が、それぞれ別方向から“流れの異常”を指摘し始めたことへの戸惑い。


 それは、この会場の“見世物としての快適さ”を壊す戸惑いでもあった。


 よい傾向だ、とミレーユは思う。


 人は、心地よく物語を消費できるときほど残酷になる。

 ならば、その心地よさを壊してしまえばよい。


    ◇


 一方で、霊真はまだ気を抜いていなかった。


 黒幕側は、これで終わるはずがない。

 ここまで整えた舞台を、たった一度流れが崩れたくらいで諦めるとは思えない。


 そしてその予感は、すぐに形になった。


 バルトランが、ほんの少しだけ間を置いてから口を開いたのだ。


「殿下のご判断、そしてクロイツ君の指摘には敬意を表します」


 その声音は、妙に落ち着いていた。

 落ち着きすぎている、と霊真は思う。


「だからこそ、なおさら明確にすべきでしょう」


 明確にすべき。

 その言葉に、会場の空気が再びわずかに張る。


「学園内部の印象論や術式補強の存在があったとしても、それとは別に、実際に不自然な出来事がいくつか生じていたことまで消えるわけではありません」


 来た。


 断罪劇そのものは一度止められた。

 ならば今度は、

 “術式や空気の問題はそれとして、事実だけを並べましょう”

 という顔をして、別ルートから再起動を狙ってくる。


 バルトランは続ける。


「禁制品の件。脅迫文の件。そして、舞踏会前に生徒間で広がったいくつかの不穏な動き。これらまでが、すべて印象の産物とは申しますまい」


 会場がまた揺れる。


 完全には終わっていない。

 順番は壊した。

 だが敵は、まだ舞台の上にいる。


 霊真は静かに呼吸を整えた。


 第二の断罪劇は、まだ諦めていない。

 ならばこちらも、さらに壊すだけだ。


 舞台装置を暴いただけでは足りない。

 次は、その“事実”の並べ方そのものを壊す必要がある。


 そう思った瞬間、リリアーナがノートを強く握りしめるのが見えた。

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