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エロゲ転移『エロゲ世界に迷い込んだ史上最年少の阿闍梨、断罪寸前の悪役令嬢を救ったら攻略対象全員の様子がおかしくなりました』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第38話 本来ヒロイン、守られる側から降りようと決める

リリアーナ・フェアミントは、その朝、自分のノートを開いたまましばらく動けなかった。


 机の上には、これまで集めてきたメモがいくつも並んでいる。


 脅迫文が最初に見つかった場所。

 禁制品が“発見”されたとき、その近くにいた生徒の名前。

 上級貴族子弟グループのうち、噂の最初の押し出しに関わっていそうな者。

 学園の外へ流れた話が、どの店を経由してどんな形へ整えられていったか。


 前よりだいぶ見えてきた。

 自分でも、かなり役に立てていると思う。


 なのに、胸の奥に残る不安は消えなかった。


 舞踏会と公開討論会を兼ねたあの行事。

 華やかで、格式があって、外から見ればどこまでも正しく見える舞台。

 あの場所に立たされたら、また同じことが起きる気がする。


 セレスティアが悪役令嬢として視線を集め、

 自分は“かわいそうな庶民出身の本来ヒロイン”として置かれ、

 誰かが守る側へ回り、

 誰かが断じる側へ寄せられる。


 前回と同じだ。

 ただし、今度はもっと露骨に、もっと整った形で。


「……嫌だ」


 小さく声が漏れる。


 それは、セレスティアがまた傷つくことへの嫌悪でもある。

 けれど、それだけではない。


 今度また同じ場へ立ったとき、

 自分が“守られるだけの役”へ押し戻されることも、ものすごく嫌だった。


 以前の自分なら、それに気づかなかったかもしれない。

 優しい子でいようとして、

 善良な側へ置かれることにどこか甘えて、

 その中で動けなかったかもしれない。


 でも今は、分かってしまっている。


 自分はもう、ただ守られるだけではいたくない。


 リリアーナはノートの端をぎゅっと押さえた。


「庇われるだけで、終わりたくない」


 その言葉を口にした瞬間、ようやく少しだけ自分の輪郭がはっきりした気がした。


    ◇


 昼休み。

 リリアーナは中庭ではなく、図書塔裏手の静かな回廊で霊真を見つけた。


 最近の霊真は、一人で考えたいときは人目をほんの少しだけ外した場所へ立つことが多い。完全な孤立ではなく、呼べば届く距離の静けさを選ぶのが、いかにも彼らしいとリリアーナは思う。


「レイシンさん」


 呼ぶと、霊真はすぐに振り向いた。


「こんにちは、リリアーナ殿」


「こんにちは。あの……少しだけ、お時間いいですか」


「はい」


 その返事に迷いがないことが、今は少しありがたい。


 リリアーナはそのまま彼の近くまで歩み寄った。

 前より、少し自然に近づけるようになっている気がする。

 少なくとも、以前みたいに距離の取り方だけで慌てることは減った。


 ただし、心臓のうるささは別問題だ。


「どうかなさいましたか」

 と霊真。


 リリアーナは一度だけ息を整えた。


「私、今度は庇われるだけで終わりたくないです」


 はっきり言った。

 曖昧にせず、誤魔化さず。


 霊真は静かにその言葉を受け止めた。

 すぐに励まそうとも、否定しようともせず、まずきちんと聞く顔をしてくれる。

 そこがこの人のいいところだと、リリアーナは思う。


「舞踏会のこと、やっぱり怖いです」

 と続ける。

「またセレスティア様がああいう位置に置かれる気がするし、私もたぶん……」


 少し言いにくい。

 だが、ここで引っ込めたくなかった。


「“守られる側”みたいに扱われる気がするんです」


 霊真は小さく頷いた。


「はい」


「それが嫌なんです。もちろん、守ってもらうのが悪いってわけじゃないです。でも、それだけで終わるのは嫌で」


 リリアーナは自分の手元を見た。

 指先が少しだけ強く絡まる。


「前の私なら、たぶんそこで止まってました。優しくしてもらって、気づいてもらって、それで終わりでもうれしいって思ってたかもしれない」


 けれど今は、それでは足りない。


「私は、ちゃんと自分の足で立っていたいです」


 そこまで言ってから、ようやく霊真の顔を見た。


 彼は、少しだけ目を細めた。

 やわらかい、でも軽くはない表情だった。


「そうなさるのがよいと思います」


 その一言で、リリアーナの胸が少し熱くなる。


「……はい」


「何か、既にお考えはありますか」


 そこで初めて、彼は具体的な話へ入った。

 ただ気持ちを受け止めるだけではなく、その先へ進めようとしてくれる。


「あります」

 とリリアーナは頷いた。

「脅迫文の件で、最初に話を広げた下級生たち、もう一回ちゃんと聞きたいんです」


「はい」


「それと、噂を最初に“もっともらしく”した上級生たちの言い回しも整理したい。もし舞踏会でまた何か言われたとき、“どうやってこの話が作られたか”をその場で言えるようにしておきたいんです」


 そこまで口にすると、自分でも少し驚く。

 以前なら、こういう準備は誰かがしてくれるものだと思っていたかもしれない。


 今は違う。

 自分でやりたい。

 自分で立ちたい。


「とてもよいことかと」

 霊真が言う。


「本当ですか」


「はい。庇われるだけでなく、ご自分で選ぶ側に立てますので」


 その言葉は、昨日の街での言い間違いを思い出させた。


 “選ばれる役じゃなくて、選ぶ側にもなりたい”


 あれは半分以上、本音だったのだと今なら分かる。


    ◇


 その日の放課後、二人は空き教室の一つを使って証言の整理をした。


 窓際の机を二つ寄せ、ノートと紙片を広げ、リリアーナがこれまで聞いた話を一つずつ書き出していく。霊真はその横で、順序の整理や矛盾の確認を手伝った。


 静かな教室。

 夕方の光。

 ほかに誰もいない。


 これもまた、だいぶ“イベントっぽい配置”だなと霊真は少し思ったが、今は調査が先だった。


「最初に脅迫文を見たって言った子は、実際には“見た”じゃなくて“見たって聞いた”なんです」

 とリリアーナ。


「では、その前の人がいるのですね」


「はい。でも、そこから先が曖昧で……たぶん、曖昧なままでも“セレスティア様がやったらしい”って空気だけは固まっていったんです」


 霊真は紙の上へ簡単な矢印を書いた。


「噂の起点が曖昧でも、結論だけが強い」


「そうです」


「であれば、舞踏会で同じことが起きたとき、“誰が見たのか”を即座に問い直せば流れを崩せるかもしれません」


 その考え方に、リリアーナはぱっと顔を上げた。


「……はい。それ、いいです」


 目が少し輝いている。

 最近の彼女は、こういうとき前よりずっと主体的だ。


 紙へ視線を戻し、身を乗り出して続きを書こうとしたとき、不意に距離が近くなった。


 リリアーナの肩が、霊真の腕へほんの少し触れる。

 以前ならそこだけで慌てて離れたかもしれない。

 だが今の彼女は、すぐには引かなかった。


 ほんの一瞬だけその近さを意識し、

 そのうえで、紙へ視線を戻す。


 前より、少しだけ自分から寄れるようになっている。

 それが何だか、うれしいような、恥ずかしいような。


「どうかなさいましたか」

 と霊真。


「い、いえ。続きを」


 さすがにそこを指摘されるとまだ弱い。

 だが、完全に逃げるほどではない。


 そういう細かい変化が、今のリリアーナには大きかった。


    ◇


 整理が一段落したころには、窓の外の光がかなり傾いていた。


 机の上には、脅迫文関連の証言メモがかなり見やすくまとまっている。

 誰が最初に“完成した噂”を落としたか。

 どの時点で“セレスティアがやったらしい”という形になったか。

 それがどれだけ伝聞の積み重ねで、決定的な目撃証言を欠いているか。


「これなら、当日すぐ出せます」

 リリアーナが言う。


「はい」


「前みたいに、空気で押し切られるのは嫌だから」


 その声には芯があった。


 霊真は静かに頷く。


「前より、ご立派です」


「……またそういうこと言う」


 リリアーナは少しだけ唇を尖らせる。

 だが本気で嫌がっているわけではない。

 むしろ、その言葉がほしかったのだと、自分でも分かっていた。


「本当のことですので」

 と霊真。


 そういうところだ。

 心臓に悪いのは。


 リリアーナは紙をまとめながら、小さく笑った。


「私、今までずっと、“選ばれる役”みたいなところにいた気がするんです」


「はい」


「でも、今度は“選ぶ側”にもなりたいです」


 はっきりと言えた。

 昨日よりずっと自然に。


「それは、よいことかと」

 霊真が返す。


「怖くても、ちゃんと見て、ちゃんと考えて、それで自分で選びたいんです。誰が悪いとか、誰に庇われるとかだけじゃなくて」


 その言葉は、リリアーナ自身が自分へ言い聞かせるようでもあった。


「本来ヒロインっぽく、守られてるだけなのはもう嫌です」


 言ってから、少し照れる。

 “本来ヒロイン”という言い方を自分で使うのはまだ気恥ずかしい。

 けれど、最近の学園の空気や周囲の言葉を見ていると、それを完全に無視して話すのも難しかった。


 霊真は少しだけ考えてから、真面目に答えた。


「守られることと、ご自分で選ぶことは、両立してもよいのではないでしょうか」


「……え?」


「ご自分で立ちながら、必要なときは支えられてもよいかと」


 その言葉に、リリアーナはしばらく黙ってしまった。


 自分の中では、どこかで二つを対立させていたのだ。

 守られるか、自分で立つか。

 庇われるか、戦うか。


 でも、たしかにそうとは限らない。

 自分の足で立ちながら、必要なときに誰かを頼ることだってできる。


 それは、今のセレスティアやアルフレッドやミレーユたちを見ても分かることだった。


「……それ、ずるいです」

 とリリアーナ。


「何がでしょう」


「また、すごく欲しかった答えみたいなこと言うから」


 霊真は少し困ったようにした。

 だが、それ以上何も言わない。


 そういう沈黙が、今はありがたい。


    ◇


 教室を出るころには、学園の廊下はだいぶ静かになっていた。


 並んで歩きながら、リリアーナは胸の中のざわつきが、朝よりも少しだけ整っていることに気づく。


 怖さは消えていない。

 舞踏会のことを考えれば、まだ胃のあたりが冷える。


 でも、それと同時に、

 自分はもう“ただ守られるだけの役”へ戻りたくない

 という気持ちは、はっきり強くなっていた。


 角を曲がる前、リリアーナは立ち止まって霊真を見た。


「レイシンさん」


「はい」


「私、今度はちゃんと立ちます」


「はい」


「もしまた、空気が私を“かわいそうな側”に置こうとしても、そこに甘えたくないです」


「そのほうがよろしいかと」


「……でも、もし本当に怖くなったら」


 そこまで言って、少しだけ声が弱くなる。


「そのときは、少しだけ助けてください」


 ようやく、それも言えた。


 自分で立つことと、必要なときに助けを求めること。

 その両方を口にできたことが、何だか前進に思えた。


 霊真は静かに頷いた。


「もちろんです」


 その返答に、リリアーナはちゃんと笑えた。


 きっと、これが今の自分にとっていちばん自然な形なのだろう。


 守られるだけではない。

 かといって、一人で何もかも背負うわけでもない。

 自分で見て、自分で選んで、自分で立つ。

 そのうえで、必要なら誰かの手も借りる。


 そういう本来ヒロインなら、少しだけ好きになれる気がした。


 そしてその夜、リリアーナのノートには、証言整理の隣へ新しく一行だけ書き加えられた。


 私は、“選ばれる役”じゃなくて、“選ぶ側”にもなる。


 その文字は、昨日までより少しだけ強く見えた。

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