第七十九話 桃栗三年柿八年
79.
あれから、走りに走った。グウェンちゃんも良く頑張った。以前は冒険者をしていただけあって、アテナさんとシュリさんに比べたら体力は抜群に優れていた。
グウェンちゃん曰く、冒険者は走ることが資本なのじゃ! とのことだった。近接戦闘も経験が少ないながらも、学校である程度は学んではいたらしく、動きも骨槍の扱いも上手だった。ミズーリで教師をしていたくらいだから、当たり前かもしれないな。俺はグウェンちゃんを侮っていたようだ。
「ふーんじゃ。もっと敬っても良いのじゃぞ~」
そんなことを言っていたので、逆立ちでかさかさ追いかけたら半べそになって逃げ回っていた。半べそのグウェンちゃん、かわいいなぁ。
クーも嫌な顔ひとつせずに俺達をサポートしてくれた。二週間が過ぎたころには、走りながらも食事を取ったり、おしゃべりしたりする余裕が生まれていた。
この世界の住人は簡単に体力が付くのだ、魔素を体に取り込むことで強くなるシステムの影響が大きいのだろうな。限界がすぐに限界では無くなるのだ、異世界って便利! すぐ死ぬけど。魔物怖いです。
怖いと言えば、アテナさんとシュリさんが俺を見る目が変わった気がする。夕飯が終わると、二人とも俺を見つめながら、
「ブツブツ、ころす殺すコロスころすころころころころころ……」
「あ、お、じ、る? あああああ、おおおおおお、じじじじじ、るるるるる!!!!!」
こんな感じの艶声を上げる様になったよ。どうしたのだろうね、不思議だね。うふふっ。元気いっぱいだから、問題ないよね。
そんな二人を見て、グウェンちゃんがゲッソリとした表情をしていた。グウェンちゃんは青汁を頑なに拒んだせいで疲れているのだろう。もう、好き嫌いはいけないよ。
「モズタローさん、まじで少し黙れであります……」
「モズタロー様、私はこれほど人を憎めるとは思いもよりませんでした。私の中にこれほど、仄暗い感情が渦巻いていたなんて、あはっ、はぁ~、楽しいぃ……」
ほら、元気いっぱいでしょ? そんな和やかなムードでおしゃべりをしながら、全力疾走する俺達。その姿は見紛う事なき、……なんだろう? 遠目から見たら何に見えるのだろうか?うーん、難しい問題だな。湿原ダッシュ!
そして本日、ようやく第一チェックポイントが見えてきた。
俺達の目の前には巨大な氷壁が立ちはだかっていた。高いな、数百メートルはあるだろうか。東京タワーを下から見上げた時よりも高さを感じる。
遠目から分かっていたのだが、近くで見ると凄まじいな。どこをどうしたらこうなってしまうのだろうか。
それで、これが大断崖なの? 崖というよりも壁なのだけれど、あ、向こう側から見たら崖であっているのかな? 崖の定義がよくわからないよ。それにしても誰だよ、こんな名前を付けたのは。マツオさんから、巨大なぁ行き止まりがあらぁ、と教えてもらっていたのだが、さすがに垂直の壁は予想外だ。滝でもあったら途中で霧になって、さぞ美しかっただろうなぁ。
「ごくっ、これが大断崖でありますか……飛空挺から見た時は、大したことが無いように思えたのでありますが……」
上空から見たら、高低差がわかりそうなのだけれど。まあ、よく見ていなかったのかな。それとも、緑溢れる湿地帯に感動していたのだろうか。通過するときに夜だった可能性もあるし、飛空挺が飛んでいた高度にもよるな。
「どうしましょう……これは、登攀できるのでしょうか?」
今三羽スズメとクーが上空を確認してきてくれているので、無事に飛んで行けなるといいね。よじ登れるとは初めから思っていない。だって、氷だもの。つるつるというわけではないけど、すべすべくらいの危険度はあるのではなかろうか。この壁にアイスクライマーするのは無謀だろう。
「タロー、無理無理~、途中から風がすごくて、スズメじゃ飛べないよ!」
「ちゅん……」「ちゅちゅん……」「ヴァー、ツカレタ」
あらま、ダメでしたか。氷壁の上層は激しい風か……。リンさんの話であったが、この断崖は古代技術によって作られた氷河地帯の一部なのだから、魔物避けとしても効果があるのだろうな。そう簡単には越えさせてくれないだろう。ここにきて古代の叡智が道を阻むことになるとはね。
「ふむ、この断崖をよじ登るのは無理そうじゃな」
ぶっ壊れないかな? パーンチ! 冷たい。せっかくだから、削りだしてかき氷を作ろう。シロップは砂糖水でいいだろう、スイ味という奴だね。実際にある味だよ。化学合成したシロップの味が嫌いだと言う人向けだね。
とりあえず、本気で殴りつけよう。
「ふん!」
ドゴン!! グラグラグラ……ビキッ! ビキキッッ!!
「タ、タロー・・・何してるの!?」
「どわぁ、ゆれるのじゃ」
「あわわであります」
「モズタロー様でも、さすがに破壊して進むのは非現実的ではないでしょうか?」
「ちゅちゅ!」「ちゅちゅちゅん」「ヴァービックリシタ」
よし、大きな氷岩が剥離したな。クーの刀を借りて、しゃりしゃり削りだして見よう。おー、全てが氷で出来ているな。土埃が混じってはいるが、中が丸ごと土になっていることはないようだな。
少し食べて見よう、ふむふむ、しょっぱくはない。海が凍って氷河地帯になったと聞いていたので、少し心配していたのだ。これは南極や北極の氷と同じだと思っていいだろう。氷になる段階で塩などの不純物は取り除かれてしまったのだろうね。
しゃりしゃりしゃりしゃり……
器に持って、砂糖水をかけて、いただきまーす。冷たい。今は三月の頭だが、春はまだ来ていない。寒い中、かき氷もおつな物だが、たくさんはいらないな。
「氷を……食べてる……」
「クーよ、モズタローに一々突っ込んでいたら、埒があかんのじゃよ……」
ふぅ、まあまあだったな。オスアナア大陸では氷を食べる習慣はないのかな?皆の目線が痛い。
「なるほどであります! 氷河地帯を食べ進むのでありますな!」
いや、無理でしょ!? 何を納得した様な顔をしているの!!
「洞窟を喰って掘って向こう側へ抜けるのですね! すばらしい発想です!」
シュリさんも、その発想は無かった!みたいな顔をするのをやめてよ。
「それは、さすがにやりたくないなぁ~。クーが魔術で氷を溶かして、洞窟を作っても良いけど、距離が長くなると崩落が怖いよ」
「そうじゃな、崩落はごめんじゃのぅ。さて、どうしたものじゃか」
さて、どうするかな。相手は氷だからなぁ。しかし、ここにきて迂回するのは癪にさわる。俺らしく進んでやりたい気持ちになってきた。
階段を作ると言うのはどうだろうか?
「階段でありますか? ……氷を削って段差にするというわけでありますか。しかし、それはどれだけの作業になるか……」
中国の黄山という場所では、凄まじい傾斜に階段を作っていた。ここでも、できるのではないだろうか。アテナさんは建築や土木の知識があるので、意見を仰いでみよう。
「うーん、ずっと内部を繰り抜くんじゃなくて、上に登れるようにするわけか。どうだろう、すごい事故が起きそうだよ」
「事故が起こっても、わたし達さえ巻き込まれなければ誰にも迷惑をかけんのじゃ。やるだけやってみるかのぅ」
人里から離れているし、他者を巻き込む可能性は低いだろうね。
「そうですね、モズタロー様が砕いて、クーさんが溶かして、アテナが形を整える、役割分担はこれでいいでしょうか」
溶かすのは危ないかもね。上に登るわけだし、滑るかもしれない。俺が砕いて、異次元鞄に詰め込んでいくようにしようか。
「ふ~む、他に良い方法が思いつかないでありますし、迂回したところで、この大断崖を越えられるかも不明でありますし、……しょうがないでありますな。危険かもしれないでありますが、挑戦して見るでありますか」
アテナさんはイヒッに乗りながら作業してください。上空に辿り着く前なら大丈夫だろう。イヒッに乗っていれば事故に巻き込まれないで済むだろう。
「了解であります。まさか、ここで建築の仕事をすることになるとは、故郷は遠いであります」
「わたしは防寒具を作成するのじゃ。氷河地帯に入ると言うのに、防寒対策が何もできていないのじゃ。この場でも既に、ちょー寒いのじゃ。サブローがいなければ凍えてしまうところじゃよ」
スズメ達は温かいからなぁ。それにこいつらは寒さにも強いみたいだ。丈夫なスズメだ。人よりもずっと高性能だ。ちなみに、俺は『冷気耐性:上』のおかげで、冷気に対してはすごく我慢できる。それこそ、我慢大会で優勝できるどころか、冷凍庫の中で熟睡できるレベルだ。我慢できるだけだから、寒いものは寒い。悔しいです!
そう言うことなら、グウェンちゃんのために、俺の異次元鞄に入っている塩漬けの皮をなめし作業からしてもらおうかな。溜っちゃって、困っていたのだ。なめし作業は大変だし、面倒くさいからやっていなかったのだ。塩が大量にあることに感けて、塩漬けにしていたから驚くほどの量がある。
「私は……どうしましょう。えっと、何か……え、大人しくしておけ? いやです! 何かしたいです! 寒さにも強いですから、役に立ちます!」
え~、それじゃあ、ジローには悪いけどシュリさんと狩りにでも行ってきてくれる? 最悪、周囲の散歩でいいよ。
「ちゅちゅん♪」
そうかそうか、しっかり監視してくれるか。迷子にならない様にしてあげてね。
「むー。ジロー号さんに頼らなくても、ちゃんとできますよ!」
そうなの? 不安だなぁ。あ、ちょっと待ってよ、どこに行くつもりなの!
「狩りに行ってきます! 見ていてください!目指せ、大猟です!」
いや、待ってよ。リアカーも何も持たないで行ったら、大猟でも持って帰れないでしょ?
「あ!」
ふ、不安だ。前まではナクアさんが面倒を見ていてくれたから良かったが、ジローをつけるとは言え自由にさせて良いものだろうか。
「正直、不安でありますよ。でも、シュリ様も成長しているであります……、 きっと、たぶん、もしかしたら、大丈夫であります……」
「アテナ、それは大丈夫とは言わないんじゃない?」
俺もそう思うよ。
こうして俺達の無謀な挑戦が幕を開けた。何か月に渡る工程になるかは不明だが、やれるだけやってみることにしよう。
・・・・???・・・・
巨大な魔石が浮かぶ不思議な空間。地面から生えた鉤爪の様な構造をした柱の中央に存在する魔石は正立方体に加工され、不気味な胎動をし続けている。それは今にも弾け飛び、中に蓄えられた力のままに暴れたがっているようにも思えた。
「もう限界なのら……このままじゃ、全てを吹き飛ばしてしまうのら。誰でも良いのら……誰か、誰か助けてほしいのら」
どこか調子はずれな声が響いた。心配している様な文言であるが、その声にはわずかに喜色が混じっている。
魔石から発せられる強過ぎる灯りの中、その声は誰にも聞こえることなく消えていった。
次回、プ□ジェクト×! 地味な作業が続くのでカットカットカット!! おっさんはすぐに飽きた。クーさんも飽きた。どうなる、この先?




