第8話 「二人だけの昼休み」
五月に入り、暖かな日差しが校舎を照らしていた。
入学してから一か月。
ユウキとマミが一緒にいることは、もうクラスでは珍しい光景ではなくなっていた。
「おはよう、マミ。」
「おはよう、ユウキ。」
名前で呼び合うことにも、少しずつ慣れてきた。
最初は照れていた二人も、今では自然に笑い合える。
それでも、ふと目が合うと照れてしまうのは変わらない。
◇◇◇
一時間目が終わる。
チャイムが鳴ると同時に、マミがくるりと振り返った。
「ユウキ。」
「ん?」
「今日のお昼なんだけど。」
「うん。」
「屋上、行かない?」
「屋上?」
「先生に聞いたら、お昼だけ開放してるんだって。」
「知らなかった。」
「私も昨日知ったの。」
少し期待するような笑顔。
「景色、見てみたくて。」
「じゃあ行こう。」
「やった。」
マミは嬉しそうに微笑んだ。
◇◇◇
昼休み。
二人はお弁当を持って屋上へ向かう。
ドアを開けると、爽やかな風が吹き抜けた。
「わぁ……。」
マミが目を輝かせる。
校庭では運動部が練習をしている。
遠くには街並みが広がり、青空にはゆっくりと雲が流れていた。
「思ったより広いな。」
「気持ちいいですね。」
二人はフェンス際のベンチへ腰を下ろした。
「いただきます。」
「いただきます。」
いつものように食べ始める。
「今日のお弁当、唐揚げなんだ。」
「いいなぁ。」
「マミは?」
「卵焼きです。」
「交換する?」
「え?」
マミが少し驚く。
「いいの?」
「一個だけ。」
「じゃあ……。」
二人はおかずを交換した。
「いただきます。」
マミが唐揚げを一口食べる。
「おいしい!」
「よかった。」
「じゃあユウキも。」
ユウキは卵焼きを食べる。
「甘い。」
「うちの定番なんです。」
「うまい。」
「本当?」
「本当。」
マミは嬉しそうに笑った。
◇◇◇
食べ終えたあとも、二人はベンチに座ったままだった。
風が心地いい。
「なんだか。」
マミが空を見上げる。
「ここにいると時間がゆっくり流れてるみたい。」
「分かる。」
「教室より落ち着きますね。」
その時だった。
「いたいた。」
高橋たちが屋上へやって来た。
「やっぱりここにいた。」
「二人だけで昼休みか。」
「仲いいなぁ。」
マミは少し照れながら笑う。
「たまたまです。」
「またその『たまたま』?」
高橋は笑いながら言った。
「そのうち付き合うんじゃない?」
「……。」
「……。」
ユウキとマミは顔を見合わせる。
二人とも何も言えなかった。
高橋たちは笑いながら別の場所へ行ってしまう。
少しだけ静かな時間が流れる。
「……。」
「……。」
最初に口を開いたのはマミだった。
「最近、よく言われますね。」
「付き合ってるって?」
「うん。」
「嫌?」
マミは少しだけ考える。
そして、小さく首を横に振った。
「嫌じゃない。」
「……。」
「でも。」
少し照れながら笑う。
「言われると恥ずかしいかな。」
ユウキも苦笑する。
「俺も。」
二人は同時に笑った。
◇◇◇
放課後。
駅へ向かう途中。
「そういえば。」
マミが思い出したように言う。
「今週末、歓迎レクリエーションですね。」
「ああ。」
「ペアで回るやつ。」
「そうだった。」
「優勝目指しましょう!」
「そんなにやる気なんだ。」
「もちろん!」
マミは小さく拳を握る。
「負けず嫌いなので。」
「座席争奪戦だけじゃなかったんだ。」
「ふふっ。」
「ユウキには負けたくないです。」
「ペアなのに?」
「……あ。」
自分で言って気付いたらしい。
「味方でした。」
二人は顔を見合わせ、大笑いした。
◇◇◇
ホームに着く。
今日もいつもの快速電車。
人の流れを読み、車内へ入る。
数駅後。
空席が二つ。
二人は同時に座る。
窓から差し込む夕日が、車内を優しく染めていた。
「ユウキ。」
「ん?」
「今日は楽しかった。」
「屋上?」
「うん。」
「俺も。」
マミは少し照れたように笑う。
「これからも。」
「?」
「お昼、一緒に食べようね。」
「もちろん。」
その約束に、特別な意味はまだない。
でも二人にとっては、それだけで十分嬉しかった。
毎日少しずつ増えていく"二人だけの当たり前"。
その積み重ねが、まだ名前のついていない気持ちを、ゆっくりと育てていくのだった。
**――第8話「二人だけの昼休み」 完**




