第7話 「名前で呼んで」
休日に一緒に本屋へ出かけてから数日。
ユウキとマミの距離は、本人たちが気づかないくらい自然に縮まっていた。
朝のホーム。
人が行き交う中でも、お互いの姿を見つけるのが早くなっていた。
「おはようございます。」
「おはよう。」
マミは少し小走りでユウキの隣へ来る。
「今日も間に合いました。」
「いつも時間ぴったりだな。」
「実は少し急ぎました。」
「そうなの?」
「ユウキくんが先にホームにいたら、一人で待たせちゃうかなって。」
そう言って照れ笑いを浮かべる。
その一言が妙に嬉しくて、ユウキは少しだけ頬をかいた。
◇◇◇
電車へ乗り込む。
今日も二人は別々に座席を狙う。
しかし数駅先で空席ができると、まるで示し合わせたように隣同士へ座っていた。
「またですね。」
「もう驚かなくなった。」
「ふふっ。」
マミが笑う。
「ユウキくん。」
「ん?」
「最初に会った日は、こんなに仲良くなるなんて思いませんでした。」
「俺も。」
「電車で席を取るのが上手な人なんて、もう一生会わないと思ってました。」
「そこ基準なのか。」
「はい。」
二人は思わず吹き出した。
◇◇◇
昼休み。
教室では次の週末に行われる歓迎レクリエーションの話で盛り上がっていた。
「二人一組で校内を回るゲームをやるらしい。」
「面白そう!」
「誰と組もうかな。」
そんな声が聞こえてくる。
すると高橋がユウキの机へやって来た。
「ユウキ。」
「ん?」
「お前、もう決まってるだろ?」
「何が。」
「ペア。」
「決まってない。」
高橋はマミを見る。
「マミさん。」
「はい?」
「ユウキと組むんだろ?」
「えっ?」
マミは目を丸くする。
「まだ何も決めてません。」
「じゃあ今決めればいい。」
「そんな急に……。」
高橋はニヤリと笑って教室の後ろへ戻っていった。
その後ろ姿を見送りながら、二人は顔を見合わせる。
「どうする?」
ユウキが聞く。
マミは少しだけ考えたあと、小さく笑った。
「もしユウキくんがよかったら。」
「俺はいいよ。」
「本当ですか?」
「いつも一緒だし。」
マミは嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ決まりですね。」
◇◇◇
放課後。
駅まで歩く途中。
「そういえば。」
マミがふと思い出したように言う。
「ユウキくん。」
「ん?」
「私たち。」
「?」
「ずっと名前で呼んでるの、ユウキくんだけですよね。」
「え?」
「私はずっと『ユウキくん』って呼んでるのに。」
少しだけ口を尖らせる。
「ユウキくんは『マミ』って呼び捨てです。」
「嫌だった?」
「違います!」
慌てて首を振る。
「嫌じゃなくて……。」
少し視線を逸らしながら続ける。
「なんだか私だけ距離を感じちゃって。」
ユウキはその意味を理解した。
確かに、自分は自然と「マミ」と呼んでいた。
でもマミは「ユウキくん」。
「じゃあ。」
「?」
「ユウキ。」
「え?」
「『くん』なしでもいい。」
一瞬、マミは固まった。
「……本当に?」
「うん。」
その瞬間、マミは満面の笑みを浮かべる。
「じゃあ……。」
少しだけ照れながら。
「ユウキ。」
初めて名前だけで呼ばれた。
たったそれだけなのに、胸が少し熱くなる。
「……なんか照れるな。」
「私もです。」
二人とも顔を見合わせて笑った。
◇◇◇
ホームへ着く。
「今日の勝負は負けません。」
マミ――いや、マミはいつも通り宣言する。
「毎日言ってる。」
「今日は本当です。」
電車が到着する。
乗り込み、人の流れを読む。
次の駅。
七人掛けの真ん中が二つ空いた。
二人は同時に動く。
「!」
「!」
結果は――
「また隣。」
「もう運命ですね。」
「その言葉、最近よく聞く。」
「私は少し信じ始めてます。」
マミは窓の外を眺めながら、小さく笑った。
その横顔を見て、ユウキは思う。
最初は「座席争奪戦のライバル」だった。
それが「友達」になり、今では毎日会うのが当たり前になっている。
名前で呼び合うようになった二人。
その小さな変化は、二人の心の距離を確かに縮めていた。
まだ恋とは言えない。
でも、友達とも少し違う。
そんな曖昧で心地よい関係が、ゆっくりと育ち始めていた。
**――第7話「名前で呼んで」 完**




