第5話 「雨の日は一つの傘で」
朝。
窓を叩く雨音で、ユウキは目を覚ました。
「結構降ってるな……。」
カーテンを開けると、灰色の空から大粒の雨が降り続いている。
天気予報は当たったらしい。
こんな日は、通学電車も普段以上に混雑する。
「今日は座るの、難しそうだな。」
そう呟きながら、玄関で傘を手に取った。
◇◇◇
駅へ向かう道。
雨のせいで足早に歩く人が多い。
ホームもいつも以上に混んでいた。
「ユウキくん!」
聞き慣れた声がする。
振り向くと、マミが傘を閉じながら駆け寄ってきた。
「おはよう。」
「おはようございます。」
髪に小さな雨粒を残したまま、マミはにっこり笑う。
「今日は大変ですね。」
「雨の日はみんな電車だからな。」
「今日は座れないかもしれませんね。」
「それでも狙う。」
「ふふっ。」
マミは楽しそうに笑った。
「やっぱりユウキくんですね。」
◇◇◇
案の定、車内は満員だった。
立つ場所を確保するだけでも一苦労だ。
二人は少し離れた位置になってしまった。
(今日は無理か……。)
そう思っていた矢先。
次の駅で数人が降りた。
ユウキは空いた席を確認する。
一つだけ。
(マミの方が近い。)
ユウキは動かなかった。
マミも一瞬ユウキを見る。
「……。」
そして首を横に振った。
譲ろうとしている。
その間に、別の乗客が座ってしまった。
「……あ。」
二人は同時に苦笑した。
結局、その日は学校まで立ったままだった。
◇◇◇
「今日は引き分けですね。」
教室へ向かう廊下でマミが笑う。
「勝負にもならなかった。」
「たまにはこんな日もあります。」
前後の席に座ると、いつものようにマミが振り返る。
「でも。」
「ん?」
「立ってる時間も、悪くなかったです。」
「どうして?」
「だって。」
少し照れながら答える。
「近くで話せましたから。」
ユウキも思わず笑う。
「それは確かに。」
◇◇◇
放課後。
外を見ると、朝よりもさらに強い雨が降っていた。
「うわぁ……。」
マミが窓の外を見つめる。
「帰る頃には止むと思ったのに。」
「無理そうだな。」
二人は昇降口へ向かう。
そこでマミがバッグの中を探し始めた。
「あれ?」
「どうした?」
「傘が……。」
何度探しても出てこない。
「ない……。」
「忘れた?」
「たぶん教室に置いたと思ってたんですけど……家に忘れてきたみたいです。」
困ったように笑うマミ。
「どうしよう。」
昇降口には先生が何人か立っている。
雨は弱まる気配がない。
ユウキは少し考え、自分の傘を見た。
「マミ。」
「はい?」
「途中まで一緒に帰る?」
「え?」
「駅までなら同じ道だろ。」
「でも……。」
「風邪ひく方が困る。」
マミは少しだけ迷ったあと、小さくうなずいた。
「……お願いします。」
◇◇◇
二人で一本の傘に入る。
自然と肩と肩の距離が近くなる。
雨が歩道を静かに濡らしていた。
「近いですね。」
マミが照れ笑いする。
「濡れないようにすると、どうしても。」
「ありがとうございます。」
歩幅を合わせて歩く。
静かな雨音だけが聞こえる。
「ユウキくん。」
「ん?」
「私、小さい頃から雨の日って苦手だったんです。」
「どうして?」
「なんとなく気分まで暗くなる気がして。」
少しだけ空を見上げる。
「でも。」
マミは隣を見た。
「今日は好きかもしれません。」
「え?」
「だって。」
照れくさそうに笑う。
「こうして話しながら歩けるので。」
ユウキは何と返せばいいか分からず、頭をかいた。
「……俺も。」
その一言だけだった。
でもマミは嬉しそうに微笑んだ。
◇◇◇
駅へ着く頃には、二人とも肩が少しだけ濡れていた。
「ありがとうございました。」
「気にしなくていい。」
「明日はちゃんと傘持ってきます。」
「忘れないようにな。」
「はい。」
改札へ向かう前。
マミはくるりと振り返る。
「ユウキくん。」
「ん?」
「今日、一つ分かったことがあります。」
「何?」
マミはいたずらっぽく笑う。
「座れなくても、一緒なら楽しいです。」
そう言って、小さく手を振る。
「また明日!」
「ああ。また明日。」
その笑顔を見送りながら、ユウキはふと気づく。
毎日続けてきた座席争奪戦。
最初は「勝つこと」が目的だった。
けれど今は違う。
座れるかどうかよりも、マミと過ごす時間の方が、ずっと大切になり始めていた。
雨はまだ降り続いている。
それでもユウキの心は、不思議なくらい晴れていた。
**――第5話「雨の日は一つの傘で」 完**




