↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
5/64

第5話 「雨の日は一つの傘で」

挿絵(By みてみん)


 朝。


 窓を叩く雨音で、ユウキは目を覚ました。


「結構降ってるな……。」


 カーテンを開けると、灰色の空から大粒の雨が降り続いている。


 天気予報は当たったらしい。


 こんな日は、通学電車も普段以上に混雑する。


「今日は座るの、難しそうだな。」


 そう呟きながら、玄関で傘を手に取った。


◇◇◇


 駅へ向かう道。


 雨のせいで足早に歩く人が多い。


 ホームもいつも以上に混んでいた。


「ユウキくん!」


 聞き慣れた声がする。


 振り向くと、マミが傘を閉じながら駆け寄ってきた。


「おはよう。」


「おはようございます。」


 髪に小さな雨粒を残したまま、マミはにっこり笑う。


「今日は大変ですね。」


「雨の日はみんな電車だからな。」


「今日は座れないかもしれませんね。」


「それでも狙う。」


「ふふっ。」


 マミは楽しそうに笑った。


「やっぱりユウキくんですね。」


◇◇◇


 案の定、車内は満員だった。


 立つ場所を確保するだけでも一苦労だ。


 二人は少し離れた位置になってしまった。


(今日は無理か……。)


 そう思っていた矢先。


 次の駅で数人が降りた。


 ユウキは空いた席を確認する。


 一つだけ。


(マミの方が近い。)


 ユウキは動かなかった。


 マミも一瞬ユウキを見る。


「……。」


 そして首を横に振った。


 譲ろうとしている。


 その間に、別の乗客が座ってしまった。


「……あ。」


 二人は同時に苦笑した。


 結局、その日は学校まで立ったままだった。


◇◇◇


「今日は引き分けですね。」


 教室へ向かう廊下でマミが笑う。


「勝負にもならなかった。」


「たまにはこんな日もあります。」


 前後の席に座ると、いつものようにマミが振り返る。


「でも。」


「ん?」


「立ってる時間も、悪くなかったです。」


「どうして?」


「だって。」


 少し照れながら答える。


「近くで話せましたから。」


 ユウキも思わず笑う。


「それは確かに。」


◇◇◇


 放課後。


 外を見ると、朝よりもさらに強い雨が降っていた。


「うわぁ……。」


 マミが窓の外を見つめる。


「帰る頃には止むと思ったのに。」


「無理そうだな。」


 二人は昇降口へ向かう。


 そこでマミがバッグの中を探し始めた。


「あれ?」


「どうした?」


「傘が……。」


 何度探しても出てこない。


「ない……。」


「忘れた?」


「たぶん教室に置いたと思ってたんですけど……家に忘れてきたみたいです。」


 困ったように笑うマミ。


「どうしよう。」


 昇降口には先生が何人か立っている。


 雨は弱まる気配がない。


 ユウキは少し考え、自分の傘を見た。


「マミ。」


「はい?」


「途中まで一緒に帰る?」


「え?」


「駅までなら同じ道だろ。」


「でも……。」


「風邪ひく方が困る。」


 マミは少しだけ迷ったあと、小さくうなずいた。


「……お願いします。」


◇◇◇


 二人で一本の傘に入る。


 自然と肩と肩の距離が近くなる。


 雨が歩道を静かに濡らしていた。


「近いですね。」


 マミが照れ笑いする。


「濡れないようにすると、どうしても。」


「ありがとうございます。」


 歩幅を合わせて歩く。


 静かな雨音だけが聞こえる。


「ユウキくん。」


「ん?」


「私、小さい頃から雨の日って苦手だったんです。」


「どうして?」


「なんとなく気分まで暗くなる気がして。」


 少しだけ空を見上げる。


「でも。」


 マミは隣を見た。


「今日は好きかもしれません。」


「え?」


「だって。」


 照れくさそうに笑う。


「こうして話しながら歩けるので。」


 ユウキは何と返せばいいか分からず、頭をかいた。


「……俺も。」


 その一言だけだった。


 でもマミは嬉しそうに微笑んだ。


◇◇◇


 駅へ着く頃には、二人とも肩が少しだけ濡れていた。


「ありがとうございました。」


「気にしなくていい。」


「明日はちゃんと傘持ってきます。」


「忘れないようにな。」


「はい。」


 改札へ向かう前。


 マミはくるりと振り返る。


「ユウキくん。」


「ん?」


「今日、一つ分かったことがあります。」


「何?」


 マミはいたずらっぽく笑う。


「座れなくても、一緒なら楽しいです。」


 そう言って、小さく手を振る。


「また明日!」


「ああ。また明日。」


 その笑顔を見送りながら、ユウキはふと気づく。


 毎日続けてきた座席争奪戦。


 最初は「勝つこと」が目的だった。


 けれど今は違う。


 座れるかどうかよりも、マミと過ごす時間の方が、ずっと大切になり始めていた。


 雨はまだ降り続いている。


 それでもユウキの心は、不思議なくらい晴れていた。


**――第5話「雨の日は一つの傘で」 完**


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。