第3話 「一緒に帰る理由」
高校生活が始まって一週間。
いつの間にか、ユウキとマミには一つの"当たり前"ができていた。
「おはよう。」
「おはよう、ユウキくん。」
朝のホームで合流し、同じ電車に乗る。
別々に座席を狙うものの、不思議と最後は隣同士になる。
そして学校では前後の席。
休み時間になれば、マミはくるりと振り返る。
「ユウキくん、昨日のテレビ見ました?」
「見た見た。」
「最後の展開びっくりしましたよね。」
「主人公、絶対そこで気付くと思ったのに。」
「ですよね!」
二人は顔を見合わせて笑う。
その様子を見ていた周りのクラスメイトも、今では「あの二人はいつもあんな感じだ」と受け入れ始めていた。
そんなある日の昼休み。
「ねぇ、ユウキ。」
隣の席の男子・**高橋**が声をかけてきた。
「お前ら、本当に付き合ってないの?」
「付き合ってない。」
「毎日一緒じゃん。」
「たまたまだ。」
「その"たまたま"が毎日続くのか?」
高橋は半分呆れたように笑う。
「……まあ、仲がいいのは分かるけどな。」
その会話を聞いていたマミが、少しだけ頬を膨らませた。
「付き合ってません。」
「でも仲良し。」
「友達です。」
そう言って笑うマミを見て、教室に小さな笑い声が広がった。
◇◇◇
放課後。
いつものように駅へ向かう。
夕暮れの歩道は、春らしい穏やかな風が吹いていた。
「今日は暖かいですね。」
「桜もまだ残ってるな。」
「もう少しで散っちゃいますね。」
マミは桜並木を見上げながら歩く。
花びらが風に乗って舞い、一枚が彼女の髪に乗った。
「……。」
ユウキは自然と手を伸ばしかける。
だが途中で止めた。
(さすがに急に触るのは……。)
するとマミが首を傾げる。
「どうしました?」
「髪。」
「え?」
「花びら付いてる。」
「あ、本当だ。」
マミは鏡代わりにスマホを取り出すが、なかなか見つけられない。
「どこですか?」
「……。」
「分からないです。」
「取っていい?」
一瞬だけ沈黙。
マミは少し照れながら、小さくうなずいた。
「……お願いします。」
ユウキはそっと花びらを摘まむ。
「取れた。」
「ありがとうございます。」
マミは耳まで赤くなっていた。
ユウキも少し照れくさくなり、お互い何となく視線を逸らしてしまう。
◇◇◇
ホームへ着く。
「今日は混んでますね。」
「新学期だからかな。」
電車が到着する。
「勝負。」
「負けません。」
二人は人の流れを見極めながら乗り込んだ。
数駅先。
空席が二つ空く。
ユウキは一歩前へ。
しかし、その瞬間。
マミの前へ大きな荷物を持った男性が入り、進路を塞いでしまった。
「……!」
このままでは座れない。
ユウキは迷わず一つの席へ座る。
そして隣の席へバッグを置き、男性が通り過ぎた瞬間にバッグを膝へ戻した。
「マミ!」
「あ……!」
マミはその席へ座ることができた。
「間に合った……。」
ほっと息をつくマミ。
「ありがとう。」
「偶然。」
「絶対違います。」
マミは嬉しそうに笑った。
「席、取ってくれましたよね。」
「……まあ。」
「優しいですね。」
「隣に座れた方が話し相手いるし。」
その一言に、マミは少しだけ目を丸くする。
「……私も。」
「?」
「ユウキくんと帰る時間、好きです。」
電車がゆっくり走り出す。
窓の外には夕焼けが広がっていた。
オレンジ色の光が二人を優しく照らす。
「学校って最初は不安だったんです。」
マミがぽつりと話し始めた。
「友達できるかなって。」
「俺も。」
「でも。」
彼女は柔らかく笑う。
「毎朝ホームでユウキくんを見つけると、なんだか安心するんです。」
その笑顔は、初めて会った日のぎこちなさが嘘のように自然だった。
ユウキも少しだけ笑う。
「俺も、同じ。」
「ふふっ。」
「笑うなよ。」
「嬉しかったので。」
その時だった。
車内アナウンスが流れる。
『次は──』
「もう降りる駅ですね。」
「あっという間だな。」
ホームへ降りる。
二人は改札まで並んで歩く。
別れ道に差しかかると、マミが振り返った。
「ユウキくん。」
「ん?」
「また明日、一緒に帰りましょう。」
「もちろん。」
「約束ですよ?」
「約束。」
マミは満足そうに笑って手を振る。
「また明日!」
「ああ、また明日。」
小さな約束。
それだけなのに、不思議と胸が少し温かくなった。
毎日同じ電車に乗る。
毎日隣の席を目指す。
その何気ない時間は、いつしか二人にとって、一日の中で一番楽しみな時間へと変わり始めていた。
**――第3話「一緒に帰る理由」 完**




