第2話 「ライバルとの通学ルーティン」
高校生活二日目。
朝六時四十五分。
目覚まし時計が鳴るより少し早く、ユウキは目を覚ました。
「……よし。」
制服に袖を通しながら、スマホで時刻を確認する。
朝の準備は毎日ほぼ同じ。
七時十二分に家を出る。
七時十九分に駅へ到着。
七時二十五分発の快速に乗る。
この数分の違いが、座れるかどうかを左右する。
そんなことを真剣に考えている高校一年生は、きっと自分くらいだろう。
昨日のことを思い出す。
電車で隣になった少女。
マミ。
同じ高校で、同じクラス。
しかも、座席を取る技術まで自分と同じだった。
「……変わった子だったな。」
そう呟いた瞬間、自然と笑ってしまう。
昨日一日だけで、あんなに話した相手は久しぶりだった。
いや、もしかすると初めてかもしれない。
◇◇◇
駅のホーム。
昨日と同じ車両。
昨日と同じ位置。
(今日はどうかな。)
すると──
「あっ。」
聞き覚えのある声。
振り向くと、マミが小さく手を振っていた。
「おはよう、ユウキくん。」
「おはよう。」
「やっぱりここなんですね。」
「マミも。」
「えへへ。」
二人とも笑う。
昨日まで他人だったとは思えないほど自然だった。
「今日は勝負します?」
「もちろん。」
「負けませんよ?」
「昨日引き分けだったからな。」
「今日は決着です。」
電車がホームへ入ってくる。
ドアが開く。
「行くよ。」
「はい!」
二人は別々のドアから乗り込んだ。
◇◇◇
(四人掛けは無理。)
(なら七人掛け。)
(スーツの人は次で降りる。)
ユウキは周囲を観察する。
その一方でマミも反対側から車内を見渡していた。
(あのおじさん、バッグを持ち直した。)
(降りる。)
(でももう一人いる。)
(その人は終点まで。)
次の駅。
プシュー。
ドアが開く。
二人が同時に動く。
「!」
「!」
空いた席。
またもや。
二人同時だった。
「どうぞ。」
「え?」
ユウキが一歩引く。
「今日はマミの勝ち。」
「いいんですか?」
「一歩早かった。」
「……。」
マミは少しだけ嬉しそうに座る。
「ありがとうございます。」
すると、その隣の席も空いた。
「ユウキくん。」
「ん?」
「ここ。」
「……。」
結局また隣だった。
「これじゃ勝負にならないね。」
「ですね。」
二人は顔を見合わせて笑った。
◇◇◇
一年二組。
ホームルームが始まる。
先生が出席を取っている最中。
コンコン。
前から小さく机を叩かれる。
「ん?」
マミだった。
「今日も座れましたね。」
「結局隣。」
「奇跡ですよね。」
「二日連続。」
「これ、三日目もあったら運命かもしれません。」
その瞬間。
「そこの後ろ!」
先生の声が飛ぶ。
「はい!」
二人同時に返事をしてしまう。
教室中から笑いが起こる。
「朝から仲がいいな。」
先生が苦笑する。
ユウキとマミは顔を赤くして前を向いた。
「……。」
「……。」
数秒後。
二人とも吹き出してしまった。
◇◇◇
昼休み。
「ユウキくん!」
「ん?」
「購買、一緒に行きません?」
「いいよ。」
二人で廊下を歩く。
その姿をクラスメイトたちが見ていた。
「ねぇ。」
「昨日も一緒じゃなかった?」
「あの二人知り合い?」
「付き合ってるとか?」
そんな声が聞こえてくる。
「違います!」
マミが慌てて振り返る。
「昨日知り合ったばっかりです!」
「余計怪しいぞ。」
男子が笑う。
「ほんとです!」
マミは真っ赤だった。
ユウキも苦笑するしかない。
「昨日電車で偶然会っただけ。」
「へぇ。」
「そんな偶然ある?」
「あるんだよ。」
説明しても誰も信じない。
結局、その日から二人はクラスで少し有名になってしまった。
◇◇◇
放課後。
「今日も帰ります?」
マミがランドセル……ではなくスクールバッグを肩に掛けながら聞く。
「もちろん。」
「今日は負けません。」
「だから昨日も今日も引き分けだって。」
「今日は勝ちます!」
駅へ向かう道。
信号待ち。
他愛もない話。
好きな教科。
苦手な教科。
好きなアイス。
ゲーム。
テレビ。
たった二日。
それなのに、話題が尽きることはなかった。
「ねぇ。」
マミがふと聞く。
「ユウキくんって。」
「?」
「友達、多い?」
「少ない。」
「私も。」
「そうなんだ。」
「だから。」
マミは少し照れくさそうに笑う。
「高校最初の友達がユウキくんで良かった。」
その言葉に、ユウキは少しだけ照れながら答える。
「俺も。」
短い返事。
でも、その一言だけで十分だった。
電車がホームへ滑り込む。
今日もまた始まる、座席争奪戦。
ライバルなのに、一緒にいると楽しい。
そんな不思議な関係が、少しずつ形になり始めていた。
二人はまだ知らない。
この何気ない通学時間が、いつかかけがえのない思い出になっていくことを。




