第3期 第1話 「恋人になった朝」
文化祭の日から一週間。
ユウキとマミは恋人になった。
それなのに——。
「……。」
「……。」
朝の駅のホーム。
二人とも少し離れた場所で立ち止まり、お互いを見つけても照れてしまっていた。
昨日までなら、自然に隣へ歩いていけた。
でも今日は違う。
"恋人"という言葉を意識した瞬間、どう接していいのか分からなくなっていた。
「お、おはよう。」
先に声をかけたのはマミだった。
「おはよう。」
ユウキも少しぎこちなく笑う。
「今日は早かったね。」
「うん。」
「ユウキに早く会いたくて。」
「……。」
さらりと言われて、ユウキは思わず顔を赤くした。
「そういうこと普通に言うなよ。」
「え?」
マミは首をかしげる。
「本当のことだもん。」
今度はマミまで照れてしまい、二人で笑い合った。
◇◇◇
快速電車がホームへ滑り込む。
「今日は勝負する?」
マミが笑う。
「久しぶりに。」
「恋人になっても?」
「恋人だから。」
「負けないよ。」
二人は別々のドアから乗り込む。
乗客の流れを読む。
降りる人を見極める。
長年磨いてきた"座席争奪術"は、体が覚えていた。
数駅後。
七人掛けの席が二つ空く。
二人は同時に動き——。
「また隣。」
「引き分け。」
どちらからともなく笑みがこぼれる。
「結局ここになるんだね。」
「もう指定席みたいだ。」
肩が少し触れる距離。
恋人になった今は、その距離が少しだけくすぐったい。
◇◇◇
教室へ入る。
前後の席は変わらない。
「おはよう!」
高橋が大きな声を上げる。
「恋人さんたち!」
「やめろ。」
ユウキが苦笑する。
「昨日まで普通だったのに。」
「いやいや。」
高橋は笑いながら肩を組む。
「告白成功したって聞いた瞬間、クラス中で拍手だったぞ。」
「誰が広めた。」
「佐藤さん。」
「やっぱり。」
その頃、女子グループでは。
「マミ、おめでとう!」
「付き合ったんだって?」
「きゃー!」
マミは耳まで真っ赤だった。
「そんなに騒がないで……。」
「幸せそう!」
「う、うん……。」
照れながら笑うマミを見て、友達も嬉しそうに笑った。
◇◇◇
昼休み。
いつもの屋上。
ベンチに並んで座る。
「恋人になっても。」
マミがお弁当を開きながら言う。
「結局ここに来ちゃうね。」
「落ち着くから。」
「うん。」
少し風が吹く。
沈黙さえ心地いい。
「ねぇ、ユウキ。」
「ん?」
「一つお願いしてもいい?」
「何?」
マミは少し照れながら微笑む。
「誰もいない時だけでいいから。」
「?」
「名前、呼び捨てにして。」
「……マミ。」
初めて、照れ隠しもなく名前だけを呼ぶ。
その一言だけで、マミは幸せそうに目を細めた。
「もう一回。」
「欲張り。」
「だって嬉しいんだもん。」
ユウキは少し笑って、もう一度呼ぶ。
「マミ。」
「うん。」
マミは小さく返事をした。
「私も。」
優しく微笑みながら。
「ヒロキ……じゃなくて。」
「あっ。」
「ごめん、ユウキ。」
二人は一瞬固まり、同時に吹き出した。
「緊張しすぎ。」
「間違えちゃった。」
笑いが止まらない。
恋人になっても、こんなところは変わらない。
◇◇◇
放課後。
駅へ向かう道。
「恋人になったからって。」
ユウキが歩きながら言う。
「無理に何か変える必要はないよな。」
「うん。」
マミもうなずく。
「今までみたいに笑って。」
「一緒に帰って。」
「一緒に電車に乗って。」
「それだけで幸せ。」
改札を抜け、いつもの快速電車へ乗る。
窓際の席が二つ空いていた。
二人は並んで座る。
電車が走り出す。
マミはそっと小指を差し出した。
「?」
「誰にも見えないように。」
ユウキも小さく笑い、自分の小指を重ねる。
指先がそっと触れ合う。
手をつなぐほど大胆ではない。
それでも恋人になったことを確かめ合うには、十分だった。
「えへへ。」
「嬉しそうだな。」
「だって。」
マミは夕焼けに照らされながら微笑む。
「今日も、一番好きな席に座れたから。」
「俺も。」
恋人になっても、二人の日常は大きくは変わらない。
朝のホーム。
通学電車。
前後の席。
屋上でのお昼。
帰り道。
その何気ない毎日が、今は昨日までより少しだけ特別だった。
恋人として迎えた最初の朝。
それは、これから始まる新しい思い出の、最初の一ページになった。
**――第3期 第1話「恋人になった朝」 完**




