第13話 「君の隣は、特等席」
日曜日。
待ち合わせの十分前。
ユウキは駅前の時計台でスマートフォンを見ながら待っていた。
今日は、マミと約束した水族館へ行く日だ。
休日に二人で遊ぶのは、本屋以来二度目。
それなのに、なぜか今日はいつもより緊張していた。
「待った?」
聞き慣れた声がする。
振り向くと、マミが少し小走りでやって来た。
白いワンピースに、薄いベージュのカーディガン。
肩まで伸びた髪を揺らしながら、少し息を切らしている。
「ごめんね。」
「今来たところ。」
「よかった。」
マミは安心したように笑った。
「じゃあ、行こう。」
「ああ。」
二人は並んで歩き始めた。
◇◇◇
水族館は休日ということもあり、多くの家族連れやカップルで賑わっていた。
「すごい人。」
「人気なんだな。」
館内へ入ると、大きな水槽が二人を迎える。
青く揺れる水の中を、色とりどりの魚たちが泳いでいた。
「きれい……。」
マミはガラス越しに魚を見つめる。
その横顔は、水槽の青い光に照らされて幻想的だった。
「ユウキ。」
「ん?」
「見て。」
マミが指差した先では、小さな魚の群れが一斉に向きを変えて泳いでいる。
「息ぴったり。」
「本当だ。」
「私たちも、最近こんな感じかも。」
「どういうこと?」
「何も言わなくても、同じタイミングで動いたり。」
「……確かに。」
電車で席を取る時もそうだ。
お互いの動きが自然と分かるようになっていた。
◇◇◇
イルカショーを見終えた帰り道。
二人は館内のベンチに座って休憩していた。
「楽しいね。」
「ああ。」
「来てよかった。」
マミはジュースを飲みながら微笑む。
「ねぇ、ユウキ。」
「ん?」
「最初に会った日のこと、覚えてる?」
「もちろん。」
「電車で隣に座った日。」
「あの日が全部の始まりだった。」
「うん。」
マミは小さく笑う。
「あの時は、こんな関係になるなんて想像もしてなかった。」
「俺も。」
二人はしばらく静かに水槽を眺めた。
◇◇◇
帰り道。
夕方の電車は、行きよりも空いていた。
二人は窓際に並んで座る。
夕日が車内をオレンジ色に染めていた。
「今日は勝負しなかったね。」
マミが笑う。
「休日だから。」
「そうだね。」
少し沈黙が流れる。
電車の揺れだけが心地よく響く。
「ユウキ。」
「ん?」
マミは少し照れながら言った。
「私ね。」
「?」
「最近、朝起きると最初に思うの。」
「今日もユウキに会えるかなって。」
ユウキは驚いたようにマミを見る。
「学校でも。」
「帰り道でも。」
「電車でも。」
「一緒にいる時間が、一番落ち着く。」
マミは恥ずかしそうに笑った。
「変かな?」
「いや。」
ユウキはゆっくり首を横に振る。
「俺も同じだから。」
「……。」
「朝ホームにマミがいると安心する。」
「隣に座れると嬉しい。」
「帰り道が一番楽しみになってる。」
その言葉を聞いたマミは、優しく微笑んだ。
「よかった。」
その笑顔を見ていると、胸の奥が温かくなる。
◇◇◇
最寄り駅。
二人は改札を出て、いつもの分かれ道まで歩いた。
夕焼けに照らされた道。
何度も歩いた帰り道。
マミが立ち止まる。
「ユウキ。」
「ん?」
「ありがとう。」
「何が?」
「高校に入ってから。」
「毎日、一緒にいてくれて。」
「こちらこそ。」
ユウキは自然と笑った。
「俺も毎日楽しい。」
マミは少しだけ俯いて、それから顔を上げた。
「これからも。」
一歩近づく。
「毎日、一緒に電車乗ろうね。」
「ああ。」
「約束。」
「約束。」
二人は笑い合う。
握手も、指切りもしない。
ただ、お互いの笑顔を見つめ合うだけだった。
◇◇◇
マミが歩き出す。
数歩進んでから振り返った。
「ユウキ!」
「ん?」
「電車の席ってね。」
「?」
「今はもう、座れるかどうかより。」
少し照れながら笑う。
「ユウキの隣に座れるかどうかの方が大事なの。」
そう言って、小さく手を振る。
「また明日!」
「ああ!」
ユウキも手を振り返した。
「また明日!」
その後ろ姿が見えなくなるまで見送る。
春、電車で偶然隣に座った二人。
「座席争奪戦」という不思議な共通点から始まった出会いは、いつしか何より大切な時間になっていた。
まだ恋人ではない。
それでも、お互いにとって「隣」は、誰にも譲れない特等席になっていた。
そして、この小さな恋は、ここからさらに大きく動き始める――。
**――第1期 完**




