03-2
裏門にほど近い文系棟の自動販売機前で、光莉と才琉は待ち合わせをしていた。
才琉は薄いピンクが印象的なイチゴ牛乳の紙パックを選んだ。ここに自動販売機があることは知っていたけれど、買っている人を見るのは初めてだった。
あざみ川高のカフェテリアには昼食用のパンや弁当が売られている。食べ盛りの男子高校生向けにカスタマイズされた昼食は、外部の弁当屋と提携して置かれている物らしい。らしいというのも、光莉はそこで弁当を買ったことがない。入学時から自家製の弁当か、友達と一緒にカフェテリア内で調理された学食を選ぶ。
今日も才琉は弁当を買ったようだ。なぜ弁当を買うのかと聞いたら、カフェテリア内の学食だと噂されたり、目線が気になる。だから、場所を選べる弁当がいちばん都合が良いらしい。
有名税も大変なのだなあと光莉は軽く考えた。だが、夏からの根拠のない風声を思えば人を避けたくなるのも分かる気がした。
裏門は誰もいない。今日はハチワレも見えなかった。
「そーいえば、学校にある自販機ってフツーじゃないの知ってた?」
「普通じゃないって?」
ベンチに到着すると、クイズが飛んできた。少しだけイタズラっぽい穏やかな表情だった。
「学校の自販機って健康のためにとかで、飲み物の制限あるらしいんだよね。だからこーいうイチゴ牛乳の紙パックって、砂糖マシマシぽいのに、学校で買えることに感謝してんのオレ」
才琉は顔のまえで手を合わせ「学校のエラい人たちありがとね」と大げさに言葉を述べる。
「へえ。知らなかった。よく知ってるね」光莉は素直に感心した。
「学校の自販機って、街で見ないラインナップのヘンテコ自販機あるじゃん。なんでかなってググっただけ。大したことないよ」
光莉はなんとなく、そこそこ頭がいいと言っていた心晴の言葉を思い出していた。
定位置のベンチに二人で座る。光莉がふと視線を上げると、梢が青々としげって夏の訪れを感じた。学校の喧騒から切り離された木陰の中で、微睡むみたいに時間が過ぎている。おなじ気持ちだったのか、才琉は眠気を覚ますよう浅く座りながら背筋を伸ばした。
「今日の弁当なあに?」
さきほどまで眠そうだった才琉の目が光る。オレは中華丼だよと弁当を見せて、まっすぐに光莉の手にあるレモン柄の巾着を見ている。
(興味津々な猫みたい)
一瞬、跳ねるみたいに目があった。
「見ないでください」
光莉はそっと弁当を隠す。せめてもの抵抗だった。
「でも見たい」
「だ、だめ」
今日も自作の弁当だ。卵焼きを焦がしてしまい、あまり人には見せたくない。母が作ることのほうが多いのに、どうして才琉と一緒のときに限ってこうなのだろう。
才琉がこちらを覗きこんだので、肩が触れ合った。光莉は驚いて思わず才琉のほうを見る。呼吸音が分かるくらい目線の距離が縮まって、うまく言葉が出ない。頭がショートしたらしい。光莉の思考が復帰して初めに考えたことは、影の中でもミントグレージュの髪は綺麗なんだなと呑気な性分としか言いようのない感想だった。
「ねえねえ、恩田さん。最近は来てませんか。例のアイツ」
「――御手洗さん、来ていませんよ。平和です」
例のアイツとは井上のことだ。一週間前の朝に来たあと、光莉のもとに訪れた事実はない。何もしてこないのが、逆に不気味だった。
「それはよかった。平和が一番」
何事もなかったように、才琉は中華丼を食べ始める。イタズラを仕掛けてきたのは、才琉のほうなのに納得がいかない。光莉の心臓が弾けそうなことも気にしないのだろう。
(こういう所、なんだろうなあ)
前にも思ったことがある。今日確信に変わった。才琉は顔の良さを自覚している。さきほど、才琉が光莉を覗きこんだときに、才琉は一瞬「やりすぎた」という顔をしたのだ。
こんなイタズラ気質なところも、タラシ男だと言われる原因だとわかった。




