02-2
「あと何回だっけ」
光莉は体育テストまでの、残りの授業回数を指折り数える。
「四回じゃない?」と灯里からパスが来た。
あざみ川高の体育は合同授業だ。一組と二組が合同で、男女に別れてグループを作る。五月の末に、創作ダンスのテストがある。
光莉のグループは灯里、二組のひなたと真帆だ。
「そいえば、ひなた。昔はダンス授業、無かったらしいよ」
ポーズを復習していた灯里が思いついたように言った。
「へえ、いいなあ。意味わかんないって、中学のころから思ってるけど」
「ダンスは室内で出来るからじゃない? 男子はマラソン、女子は体育館で踊っといてって」
「キモ。走るほうがマシ。選ばせろ」
ひなたは、今すぐ舌打ちしそうな、うんざりした様子で答えた。
「わたしは踊るの、結構すきだけどなあ」
「真帆うまいもんね」
「まあねえ」
真帆は余裕のあるターンを決めた。
「私は無理すぎて、中学のとき踊った悪夢をまだ見る。たぶん、今回のも見る」
「嫌いすぎでしょ」
ひなたの反応に真幌はくすくすと笑う。
「私よりも、ひなたは、ぜんぜん上手いと思うけど」光莉は正直に伝えた。
光莉のダンスは、頑張っているのはすごく伝わると評価される腕前だ。今だって光莉の足はズレている。モタモタしている自覚はあれど修正できない。
「ひかりん、上手い下手じゃないんよ。私ダンス生理的にムリなんよ」
キレのある腕振りを披露しながら、ひなたはどれだけ嫌なのか喋りたおす。
「ヒラユーにもダンス見せてって言われた。ホント最悪。体育にダンス入れた人、一生恨む」
「えー、彼氏が言っても無理かあ」
「普通に冷めそう」
「重症すぎん」
四限によくある注意散漫な雰囲気が蔓延している。光莉のグループも例外ではない。
昼が来る。光莉は、胃の奥がグズグズと重いような、憂鬱と緊張が混じった気持ちになった。
(御手洗さんは、何とかするって言ってくれた。大丈夫、大丈夫……)
体操着から制服に着替える途中、一度スマホをチェックする。
新規メッセージの通知はない。もしも、お付き合いをしている人がいたら、こんな感じで一喜一憂するのだろうか、と場違いなことを考えていた。
気づけば他の生徒たちが、更衣室からちらほら出ていく姿が見える。
「光莉。いこ」
「うん」
光莉がこんなに落ち着かない気持ちになるのは『昼にそっち行く』という言葉が、どう実行されるのか、さっぱり見当がつかないからだ。
才琉は目立つ。太陽みたいに。
一組の教室前、と、と、と。こちらに元気よく足音が近づく。
「光莉ー、灯里ー」弁当とペットボトルを持った心晴は、こちらに手を振る。
「心晴。今日はやいね」
「シノ先だったから」
「ああ……」
灯里は納得した。シノ先生は授業の締めが早い。昼前だと、なおさら早いからだ。
才琉は心晴と同じ四組だ。どうなるんだろう。わからない。光莉はそればかり考えている。
「おまたせ光莉」
甘い、砂糖の声がする。
光莉は軽く唇をかんで声のほうに振りむく。少し癖っ毛の、明るいミントグレージュの髪が、陽に照らされて綺麗だ。会えて嬉しい、そんなふうに見える。たぶん、これも才琉節だ。今まで光莉は、蜂蜜がかかったように自分の名前を呼ばれたことがない。頬に熱がこもる。
「げ。御手洗才琉」
光莉ではなく、心晴が返事をした。
「いいカゲン、その『げ』やめられん?」
同じクラスだからか、どうやら心晴と才琉は交流があったらしい。
「てか何。『光莉』って。御手洗才琉が光莉を呼び捨てって、どういうこと?」
「ん? そういうこと」
「はい?」
教室の外で、心晴と才琉がまだ会話をしていた。
近くで「え、何。才琉?」という誰かの声が聞こえる。教室の中が、じわりと色めき立つ。
光莉は自席に戻り、体操服をリュックにしまう。代わりに弁当と水筒を出す。
緊張で下唇を強く噛んでいた。
(腹をくくろう)
教室の外に出た。才琉と心晴の視線が、光莉に集まる。
「ね、昼は短いよ。行こ」才琉は、少しだけ首を傾げた。光莉を見ている。
そのまま、光莉の前に当然のように手を差しだした。この手を掴めと琥珀色の目が物を言う。
(ここまでしてって、言ってない、けど)
今も熱は引かない。
その手を掴むのが正解だと、直感が告げている。才琉の手は温かかった。
(あ、エクボ)
「えっ、え? 光莉ー」
「あとで。あとで言うー」
ふわふわとした足取りの中、隣から小さく笑い声が聞こえた気がした。




