02-1 作戦会議が必要です
光莉のスマホに内蔵されたアラーム音が鳴る。まだ瞼のおもい朝だった。
昨夜は、赫怒の色を見せた男に追いかけられた。それなのに、光莉は朝までぐっすりと寝た。自分が思うよりも、図太い精神を持っているらしい。
数分前に一通、連絡が来ていた。
御手洗才琉という名前が一瞬見えて、どきりと胸が鳴る。
一呼吸してアプリを開く。
『恩田さま。初めてご連絡いたします。御手洗才琉と申します。風薫るさわやかな季節となりました。お元気でいらっしゃいますか』
「――うん?」
疑問を持ちつつも、そのまま画面をスクロールする。
『朝早くからの連絡申し訳ございません。さっそく本題に入ります。昨晩のご様子から、早急に作戦会議を実施したいと考えております。本日お時間をいただけますか。難しいようであれば、恩田さまのご都合が良い日時をお伝えいただければと思います。お忙しいところ大変恐縮ですが、ご検討くださいますようお願い申しあげます。過ごしやすい時季ですが、ご無理をなさいませんように。 御手洗才琉』
これが普段の才琉の文章なのだろうか。ちぐはぐな印象を受ける。
けれども、光莉を気遣っている、丁寧な文章だった。
『御手洗才琉さま。ご連絡ありがとうございました。恩田光莉と申します。お誘いいただいた作戦会議ですが、本日バイトの予定があり、放課後だと厳しいです。本日中ですと、お昼でしたら時間がとれます。そちらのご都合はいかがでしょうか。お忙しいとは思いますが、お返事をお待ちしております。お体に気をつけて。 恩田光莉』
送信ボタンを押す。合っているかは分からない。
でも、何となくいい朝だなと光莉は思った。
窓のそとで雀が鳴く。
まだ静かな、朝の教室でよく聞く音だ。輪唱している。今日は仲間がいるらしい。
「それレーズン?」心晴は灯里の手元を覗く。
「そお。ドライレーズン。聞いてよ。東坂コンビニ、ラズベリー売ってなくてさ」
灯里は早朝の教室で朝ごはんと言い、よくドライフルーツを食べる。今日はレーズンを一粒口に入れた。味わうために、あえてゆるゆると咀嚼している。
それを見た心晴は「うへえ、あたしレーズンだけは無理」と嫌そうな顔をする。
「おいしいのに。光莉は?」
「私? 私はあれば、食べるかな?」
「じゃあ、はい」灯里はそう言って、光莉の手のひらに、数粒レーズンを置いた。
「いいの? 灯里、ありがとう」光莉はそのまま口に入れた。
「うむ。レーズン教には優しくせんとな」
仙人のような口調で、灯里はニヤリと笑った。光莉はいつの間にかレーズン教だったらしい。
「ところで、心晴。もうチャイム鳴るけど」
「やだあ。まだ帰りたくないの」
心晴は駄々っ子ぶった。
灯里は容赦なく「うわ、面倒くさい彼女みたい」と切る。
「面倒いうな。はいはい。ひとり寂しく四組に帰りますよー」
「また言ってるし。六月はいっても言ってそう」
光莉と灯里は一組だ。一年のときは、揃って同じクラスだった。
一人離れた心晴はこういう言いかたをする。こんなやり取りをしても、また後でと仲良く手を振りあう。チャイムがなり、駆け足の心晴がまだ見えた。
「そいえば光莉、トイレ中にお客さん来てたよ」
「お客さん?」
「んー、名前しらない。たぶん、クラス表みてるとき話しかけてきた、男の先輩?」
(……井上だ)
二年の始業式の日、四組になってワーワー言う心晴を慰めていた。
そのとき、井上が話かけてきた。光莉にとって嫌な思い出だから、覚えている。
怖い。
(御手洗さん、どうしよう)
担任の酒井先生が朝の挨拶をし、流れるようにホームルームが始まる。
ゴールデンウィーク中に気がゆるんだ生徒の話、中間テストの話、光莉はうつむいたまま、それを聞いていた。
ホームルームが終わったあと、光莉はすぐに才琉にメッセージを送る。
『さっき、教室に来たって友だちに言われました。どうしよう。どうすればいい?』
数分経つ。既読はつかない。祈る気持ちだった。
スマホが小さく振動する。
才琉の返事は『落ちついて』とアワアワと焦っているデフォルメされた猫のスタンプだった。続けて『昼、オレがそっち行きます。四限の授業は何ですか?』と質問が届く。
『体育です』
『了解です。一緒になんとかしましょう』
才琉なりの、話の締めだろうか。応援する猫のスタンプも同時に表れる。
光莉は『OK』と書かれたスタンプを返す。少しだけ何とかなる気がした。




