01-2
タイミングよく、最寄り駅行きの電車が到着して、駆けるように二人で電車に乗りこんだ。乗車してからしばらく、お互い無言だった。
沈黙を破ったのは、心配そうに光莉の顔を覗きこむ才琉だった。
さきほどとは違い、はじめましてに適した距離で口が開く。目と目があった。
「アイツやば。ダイジョーブ? 恩田さん」
才琉は全身で嫌悪を露わにして、光莉に話しかけた。
「……大丈夫、だと思います。さっきの人は同じ高校で、三年生の井上丈慈って人です。去年の夏前まで三ヶ月くらい、バイト先が一緒だったんです」
光莉は目を伏せて伝えた。
「去年で、しかも三ヶ月?」才琉は首を傾げた。
「簡単に言うと、最近まで、私と付き合っていると思っていたみたいで」
「思ってたみたいって? じゃあ、実際は付き合ってなかった、で合ってる?」
才琉の質問に頷く。
「へえー。普通にヤバい奴。たまにいるよね」
たまにいるんだ。
才琉が遠い目で過去を反芻する口ぶりだったため、光莉は口を噤んだ。
「今さらですけど、突然なのに話を合わせてくれて、ありがとうございました。本当に助かりました。あの、才琉さんってこの電車で合ってます?」
「ぜんぜん逆方向だけど、家まで送る」
「あっ。その、ごめんなさい」
光莉はやっぱりと思った。
高校に通ってから今まで、電車内で才琉を見かけることは一度も無かったからだ。光莉は慌ててリュックの中から財布を取り出す。
「ダーメ。オレの意思で送りたいから、これで良いの。カッコつけさせてよ」
才琉はやんわりと手を押さえた。
意思の固い様子に、光莉は腕を引っ込めるしか無かった。
「そうそう。それでいーの」才琉はまんざらでもない顔でこちらを眺める。
「いいのかなあ」
「さっきの奴が追っかけてて、家まで来たら困るでしょ?」
「困ります。けど、御手洗さんはきっと暇人じゃないから。申し訳ないんです」
才琉は駅で会ったときに、スマホに何かを打ち込んでいた。
だから、誰かへのメッセージを送っていた途中だろうと直感が告げている。思ったことを、そのまま才琉に伝えた。
才琉は口元を歪めた。日本人には珍しい琥珀色の目が少し細くなる。
「目ざといね。まあ、別に約束していたわけじゃないし。大丈夫」
相手は噂の『日替わり彼女』なのだろうと光莉は思った。
けれど、才琉が触れて欲しくないそぶりをしたため、話題を変えることにした。
「わかりました。お言葉に甘えます。すみませんが、あと一つだけ、質問良いでしょうか」
「なあに」
「どうして私の名前、知っていたんですか?」
光莉の質問に、才琉の整った顔がキョトンと崩れた。
「ん? どういう意味? 一年の頃から一緒の学年でしょ。恩田さんもオレの名前、知ってるみたいだけど」
「私は違いますけど、御手洗さんは学校の有名人だから」
「有名人ねえ……」
才琉は苦笑した。それから、一度だけ目が泳いだ。
「あー。えと。オレが恩田さんのこと知っている理由ね。本当に答えなきゃダメ?」
「えっ?」
少し甘えた言い方も才琉に合っていた。しかし、もったいぶる必要がなく不安になる。
「言いたくないカモ。特に今日は」
「なら、明日は?」
「それはー、明日は明日次第じゃない?」
才琉は言いたくないようだ。
あれこれと話しているうちに、二駅先の目的の駅についたと、アナウンスが告げる。二人はそのまま電車を降り駅を出た。視線を後ろに投げても、後をつけてくる人物はとくに見当たらない。
駅の近くに光莉の住むアパートがある。ほどなく会話をしていると、家に着いた。
別れぎわアパート前で、才琉は光莉の顔をまじまじと覗きこんだ。
「ん。顔色良くなってる。難しいと思うけど今日はゆっくり休んで。じゃね」
片エクボの優しい微笑みも置いて、お礼を言う間もなく才琉は駅の方へ向かっていく。
ああ、これが噂の才琉節かあ、と光莉は深く感心した。
ふと、一年の頃に同じクラスだった男子の「才琉はただカッコつけてる優男」という陰口じみた評価も一緒に思い出した。
嫌そうな顔をしていたのに、ここまで付き合ってくれたことが、胸に応えて泣きたくなった。
人知れず感動に浸っていると、才琉がこちらへ戻ってくるのが目に入る。
「ごめん忘れてた。連絡先ちょーだい」
「連絡先?」
「そう。今日みたいにヤバいなーって感じなら、必要かもしれないでしょ?」
才琉はスマホを構えたまま、早くスマホを出せと、こちらを急かす。
数タップでメッセージアプリに才琉の連絡先が追加された。
「今度こそ、本当におやすみ」
「おやすみなさい。今日はありがとうございました」
「いいよ。こっちも連絡先ありがと。あと……」
思考が読めない才琉の視線と正面からぶつかる。顔が、近い。
「才琉でいいから。ね、恩田さん」
イタズラが成功した猫のような微笑みを残して、今度こそ才琉は本当に帰っていった。
さきほどよりも、数段は破壊力が甚大な笑みだった。
たちが悪いのは、彼は自分の顔の良さを重々承知していることだ。
光莉は彼の美貌にまごついている態度を見せた自覚がある。
最後も思わず赤面してしまった。だから、あれは確実にわざとだろう。
「お、大人げない!」
早くこの熱が引いてくれれば良い。光莉はそう思いながら玄関の扉を開けた。




