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08-3

「ところでさ、渡したいものって何?」

 才琉はなんでもないように、味噌汁に口をつけて今日の本題をつついた。

 光莉の心臓は一度どくりとさかさに落ちて、面持ちに緊張が表れる。

「本当は食べ物みたいな消えものが良いと思ったんです。でも、御手洗みたらいさんの好きなものってイチゴ牛乳くらいしか知らないなって。色々考えたんですけど、どうしても目に止まって」

 緊張から声がわずかに速くなって、光莉はなんて言い訳じみた話しかたなんだ、と自分でも思った。話せば話すほど、かんした自分が出てきて心がかいしていく。


 どうにもたまれなくなって、才琉の目の前に、つつましくラッピングされた袋を差しだす。ミントグレージュのすきからいだ眼差しが光莉を見ている。

 表情が読めない。ばくぜんと見透かされている気がして、じとりと掌に汗がにじんだ。

「ありがと。なんだろ。いま開けてもいい?」

 光莉は首を縦にふった。そのまま下を向いて、ひとりごちたように話す。

「――雑貨屋さんで見つけたとき、御手洗さんを思い出したんです」

「オレ?」

 袋をめていたシールが丁寧にがされて、中身の裏葉色が顔を出した。


「ハンカチです。御手洗さんぽい、いい色だなと思って。それで――」

 なんと続けたかったのか自分でも分からない。慕情ぼじようが混じったソレを、光莉は上手く説明できそうになかった。

 光莉の心を知らない才琉は物珍しそうに、しげしげとハンカチを眺め回す。

「これさ、父の日のプレゼント、ってわけじゃないよね?」

「御手洗さんをお父さんだと思ったこと、一度も無いですけど」

「チガウんだ? よかった。ハンカチ選んだのもそれっぽいし、父の日近いから思っただけ。オレ恩田さんからプレゼント貰う理由って、ほかに思い当たんなかった。いいのかな」

「いいんです。感謝の気持ちとか色々あるので」

「イロイロかあ」


 声音は嫌がっているようには見えない。光莉は才琉の顔をもう一度見た。どちらかというとおもはゆい気持ちを隠しきれない、そんな表情に見える。

「ありがと。大事に使うから」

 まろみをおびた笑顔を直でびて、光莉の心臓は空まで跳ねた。

「それは、よかったです」

 跳ねた心臓を必死に押さえつけて言う。光莉は表情を悟られたくなくて、下を向いた。

 ややあって、隣から「ねえ」と問いかけるように声がかけられた。

 軽薄とは無関係な、素直な目に見える。


「お礼とか、オレ何も浮かばなくて――どうしたらいい?」

「なにも。何もいりません」光莉は小さくかぶりを振って答えた。

「そーいうわけには、いかない。何か案だして欲しいっていうか」

「ええ、強引すぎません? そうですねえ」

 光莉はのろのろと才琉を見た。他人ひとごとのように面白がっている顔が見える。光莉がとんでもないことを言い出すかもしれないのに、彼は笑っている。

 のうにぼんやりと、初めて会った夜が浮かんだ。

「なら、一つだけ。ずっと気になっていて、教えてほしいことがあります」

 本人がいいと言っている。だから、聞いてしまえと勇気がささやいている。

 光莉は深呼吸した。


「どうして私の名前、知っていたんですか?」

 今度は答えてくれるだろうかと思いながら、あのときと、一字一句(たが)わず疑問をぶつける。

「――もしかして、今日も言いたくない?」

「いや、うーん。そういうワケじゃ、無いんだけど」

(本当に言いたくないんだ)

 才琉はいくぶんか怯んだように見える。何か壊れるのを恐れるような、そんな顔だ。

「なんていうか、覚悟がいる」

「覚悟?」

「どう伝えればいーのかなって。もしかすると、気持ちが悪い、かもしれない」

 鋭くゆゆしい言葉が飛びでた。

 とくに重大な何かを隠しているわけではない。だが、打ち明けるには心の準備が必要なんだと言う。裏葉のハンカチをにぎりしめて、たいそう大事なことのように告げる。


 才琉のおもわくがなにも分からなくて、光莉は困った顔のまま才琉を見つめ返した。

「つまり――君に嫌われたくないってコト」

 台詞だけ切り取ると、長年あたため続けた告白のように聞こえる。ただ、そう思えなかったのは才琉が一つあきらめたような笑いを見せて言葉がれたからだ。

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