06-3
次の春。進級した。
案内板に光莉のクラスは二年一組だと書かれていた。四組になった心晴と教室が遠いことに悲しみを分かち合う。お昼は絶対一緒だよと約束しながら雑談しているときだった。
「光莉」
聞いたことがある声の低い男が、光莉の名前を呼んだ。
このころには、井上と同じ学校だという認識が薄れていて、井上の声だと気づいて反射神経でビクリと大きく肩がはねた。
「井上さん」
「ごめんねお友達さん。ちょっと光莉かりてくね」
「えっ? あ、はい。ごゆっくりどうぞ」
井上は田沢が目の保養だと浮かれる笑みを、灯里と心晴に振りまいた。
(私の返事はきかないんだな)
すでに光莉の左手首はしっかりと井上に引っ張られていて、逃げられそうにない。力の差を意識せず無理に引っ張るものだから、左手首から皮が伸ばされた鈍い痛みが伝わってくる。
どこまで連れ回すつもりだろうと考えたころ、腕が解放された。体育館に近い中庭だった。
「光莉。俺がなんで呼んだか、分かる?」
光莉は力なく首を横に振った。井上の考えていることなんか知らない。
少し苛立った井上の目が、光莉を捉えている。
「前から言いたかったんだ。連絡するとき、いつも俺からだよね。どうして?」
(どうして? どうしてって何だろう)
「特に、連絡することがないから」
「連絡することがないって何? ちょっとした日常だとか、今日の夕飯なに食べたとか、そういう話一つでも全然違うだろ。友達とこんなことしたよって話でもいい」
井上は悲壮と憤怒がいり交じった形相すさまじいまま光莉に訴えた。
「すみません」
「そういう考えかた、光莉の良くないところだと思う」
「……そうですか」
井上は怒っている。光莉はなぜ怒っているのか、さっぱり理解できない。友達でも仕事仲間でもない井上に何故ここまで言われるのだろう。
「光莉が俺の受験に配慮して、連絡を控えているのはわかるよ」
「……」
「でも、寂しいよ」
「えっ」
井上は情緒たっぷりに、そのまま光莉を抱き寄せようとした。瞬発的に光莉は地面を蹴って距離をとった。そのまま、じりじりと井上とは距離を取り続けて拒否の姿勢を示す。光莉の指はみっともなく震えている。
「光莉……」
井上のねちっこく縋る視線が、光莉を貫いている。
冷や汗がでた。この関係のどこかで決定的なボタンの掛け違いが起きている。
「——もう、私に、関わらないでください」
どうにか出た言葉はどれも掠れていた。井上の返事を待たず光莉は早足でその場を離れた。




