06-1 2年春、襲来(過去話)
井上丈慈も光莉にとって、はじめは悪い人ではなかった。光莉が井上に出遭ったのは光莉が高校一年の四月のことだ。
高校生になった光莉は、自由なお金が欲しくて、アルバイト募集の広告を確認していた。
光莉の親は共働きだ。光莉のバイト経験は、家の近所に店を構える母方の真理叔母さんの、リネン生地と雑貨を扱う個人経営店で、年に数回、店番という名のお留守番を任された。それだって片手に数えるていどで、まともに働いたとは言えないだろう。
うまく働けるのか不安で、求人サイトの条件に未経験者歓迎、学歴不問、短時間、と光莉が気になる条件に次々《つぎ》チェックを入れる。
検索にヒットした求人に「学生さん大歓迎。初バイトにもオススメです」と書かれた募集を見つけた。興味を惹かれて内容をクリックする。募集していたのは、光莉が通う高校の近くにあるグラシアスという名前のメキシカン料理店だった。
グラシアスの面接日は、日曜でお昼のピークが終わった頃だった。木枠の扉を開けるとチリリンと澄んだドアベルの音が鳴る。ちらほらチェリーパイを頼んでいる客が見えた。
「いらっしゃいませ、お一人様ですか」
同い年くらいの若い男の店員が光莉に話しかけた。
「ごめんください。すみません、本日面接をお願いしていた恩田光莉です」
「ああ、君が。ちょっと待ってて。担当者、呼んでくるから」
「は、はい。どうぞよろしくお願いします」光莉は勢いよく頭を下げる。
「はは。そんな緊張しなくていいよ。オーナー優しいし。これ飲んで待ってて」
光莉を対応してくれた若い男は朗笑し、水が入った綺麗なグラスをテーブルに置いた。
グラシアスの面接で、光莉が初めて会ったのが井上丈慈だった。
「恩田さん」
「あ、面接の日の……」
「そう。面接の日ぶりの井上です。井上丈慈。これからよろしく」
「恩田光莉です。こちらこそよろしくお願いします」
光莉はグラシアスで働くことになった。初出勤の日に、光莉を出迎えてくれたのが井上だ。ちょっとした雑談で井上が一つ上の先輩だということを知った。それから、シフトが同じ日は井上から仕事を教えてもらうことが多かった。
「病欠とかシフト変わってほしい日があれば、遠慮せず俺に連絡して」理由が理由だったのでとくに疑問に持たず、光莉は井上とメッセージアプリで連絡先を交換した。
ほどなくして、光莉のバイトが入っていない日に、井上からメッセージが来るようになった。朝から夜まで時間はまばらで、仕事の連絡はすぐ返すことと教えられた光莉は、届いた内容をなるべくその場で読むように心がけていた。




