第3話(前編)「先祖の土地」
空は高く、田んぼの向こうで風が揺れていた。
秋月耕助は、車を降りると小さく目を細めた。
目の前には、広い土地が広がっている。
畑。
古い納屋。
そして、その奥には瓦屋根の古民家。
不動産会社・オガタ不動産の尾方修一が、腕を組みながら言った。
「秋月さん。ここに家を建てるには、広すぎますか?」
秋月は周囲を見渡した。
「住宅ローンの相談があるって聞いたが、土地を見せたかったのか」
「住宅ローンの相談をする前に、家が建てられなかったら意味ないですから」
尾方は苦笑した。
「このままだと、土地が広すぎて住宅ローンの対象にならない可能性が高いんですよ」
秋月は小さくうなずいた。
住宅ローンは“居住用”が前提だ。
だが、広すぎる土地は資産性や利用目的の問題から、銀行の審査が厳しくなる。
特に田舎の土地は、農地や雑種地が混ざっていることも多い。
「分筆が必要だな」
秋月が言った時だった。
「何をしとる」
低く、よく通る声がした。
二人が振り向く。
杖もつかず、しっかりした足取りで老人が歩いてきた。
背筋はまっすぐだった。
年を重ねているのに、不思議と迫力がある。
「孫が家を建てるけぇ、あんたら来たんか」
尾方が頭を下げる。
「はい。住宅ローンの件で」
老人は黙って土地を見渡した。
秋月は静かに口を開く。
「このままだと、土地が広すぎて住宅ローンの対象にならない可能性があります」
「ですから、建物を建てる部分だけ分筆を――」
「そんなことはせん!」
老人の声が響いた。
「先祖代々の土地じゃ!」
「分けてしまったら、ご先祖様に申し訳なかろうが!」
尾方が慌てて言う。
「いえ、書類っていうか登記の上で分けるだけですから」
「帰れ!」
老人は鋭く言った。
「土地を切るくらいなら、家なんか建てんでええ!」
その言葉には、本気の怒りがあった。
秋月と尾方は顔を見合わせる。
風だけが、静かに畑を揺らしていた。
数日後。
「秋月さん、お客様です」
相川澪が相談ブースを覗き込んだ。
「この前、尾方さんから聞いてたお客様です」
秋月は少しだけうなずいた。
「お孫さんの方か」
「たぶんです。すごく緊張してそうでした」
相川はそう言って、相談ブースの方をちらりと見た。
相談ブースへ入ってきた青年は、深々と頭を下げた。
「この前は、すみませんでした」
「いや」
秋月は静かに首を振った。
「お祖父さん、大切にされてるんだな」
青年は、少し困ったように笑った。
「はい。昔から、あの土地のことになると頑固で」
「お名前を」
「水谷拓海です」
拓海は緊張した様子で座った。
「今日は、改めて住宅ローンの相談をしたくて」
秋月は資料へ目を落とした。
年収。
勤務先。
勤続年数。
特別高収入ではない。
だが、堅実だった。
「結婚を機に、家を建てたいと思ってます」
拓海はそう言ったあと、少し視線を落とした。
「本当は、もっと便利な場所に建てた方がいいのかもしれません」
「職場も市内ですし」
「でも」
拓海は静かに続ける。
「じいちゃんの気持ちも分かるんです」
「先祖代々の土地だから」
秋月は黙って聞いていた。
「父も母も、早くに亡くなったんです」
拓海は静かな声で言った。
「だから、じいちゃんとばあちゃんに育てられて」
「去年、ばあちゃんも亡くなりました」
短い沈黙が落ちる。
「だから」
拓海は少し笑った。
「できれば、近くにいたいんです」
「先祖の土地も、ちゃんと残したい」
「婚約者も、“それがいい”って言ってくれてて」
秋月は、小さくうなずいた。
「いい人だな」
拓海は照れたように笑った。
「はい」
「俺には、もったいないくらいです」




