表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/20

第9話(前編)「絶対大丈夫です」

「はい、住宅ローン相談室です」


 昼過ぎ。


 相川澪は、軽く伸びをしながら電話を取った。


『突然すみません!』


 妙に明るい男の声だった。


『将来の資産形成に興味ありませんか?』


「資産形成?」


『はい! 今、会社員の方にすごく人気のマンション運用でして』


 相川は最初、“営業電話か”と思った。


 だが男の話し方は妙に上手かった。


『実は、家賃収入でローンを返済しながら、将来的には資産になるんです』


「へぇ……」


『しかも住宅ローンを使うので、普通の投資ローンより金利が低い』


「えっ、そうなんですか?」


『はい。若いうちしか組めませんから』


 相川は少し姿勢を正した。


『老後二千万円問題って聞いたことありますよね?』


「ありますあります」


『皆さん不安なんですよ』


 気づけば相川は、メモまで取り始めていた。


『一度だけ、お話し聞いてみません?』


「うーん……」


 相川は少し笑った。


「なんか、ちょっと興味出てきました」


 電話を切ると、相川は勢いよく秋月の席へ向かった。




「秋月さん!」


「どうした」


「なんか今、すっごいマンション投資すすめられました!」


「へぇ」


「いやでも、ちょっと話聞きたくなっちゃいました」


 秋月は書類から目を離さない。


「相川」


「はい?」


「“絶対大丈夫です”って話ほど、危ない」


 相川は数秒止まった。


「……あっ」


 そして顔を赤くした。


「危なっ!」


 秋月は小さく笑った。


「相川は素直だからな」


「いやでも、ほんと上手かったんですよ!」


「だから仕事なんだろ」


 相川は自分のメモを見て、恥ずかしそうに笑った。


「私、住宅ローン相談室なのに……」


「だから怖いんだ」




 数日後。


「秋月さん、今日お時間あります?」


 昼休み前。


 尾方修一から珍しく電話が入った。


「どうした」


『近くまで来てまして。よかったらお茶でも』


「近く?」


『はい』


 少しだけ間が空く。


『……ちょっと相談もあります』




 駅前の喫茶店。


「相談って?」


「すみません」


 尾方は苦笑した。


「実は今、相続案件抱えてまして」


「相続?」


「登記が止まったままなんです」


 秋月は黙ってコーヒーを口にした。


「相続人、何人いる?」


「……十五人です」


「それは大変だな」


「もう誰が土地持ってるのか分からなくなってまして」


 尾方は頭を掻いた。


「売りたい人もいれば、絶対売らないって人もいて」


「よくある話だ」


「いや、今回はかなり揉れそうです」


 尾方は珍しく疲れた顔をしていた。


「……近くまで来たっていうのは嘘です」


「ん?」


「秋月さんに聞いてほしかっただけです」


 秋月は少しだけ笑った。


「最初からそう言え」


「はは……」




 その帰り道。


 尾方はふと立ち止まった。


「そういえば最近、GAJアーバンスって会社、かなり動いてます」


「投資系か」


「はい。若い会社員狙いです」


「そうか」


「ちょっと強引な噂も聞きます」


 秋月は何も言わなかった。




 休日。


 相川澪は駅前のスターバックスで、期間限定のフラペチーノを飲みながらスマホを眺めていた。


 その時。


『住宅ローン減税も使えますし』


 聞き覚えのある声が耳に入った。


 相川は顔を上げた。


 窓際の席。


 スーツ姿の男と、若い会社員風の青年。


 机には高級そうなマンションパンフレットが広げられている。


『あ……』


 この前の電話営業の会社だった。


 GAJアーバンス。


「でも……住んでないって、バレたりしないんですか?」


 青年が小声で聞く。


 営業マン――茂本強は笑った。


「銀行はいちいち見回りなんて来ませんよ」


「はあ……」


「それに、年末残高証明がなんで郵送なのか知ってます?」


「え?」


「本人が住んでるか確認するためです。もし住んでなかったら、銀行へ返送されるでしょう?」


 青年は黙って聞いていた。


「つまり、郵便だけちゃんと受け取れるようにしとけば問題ありません」


 相川は、少しだけ背筋が寒くなった。


「実際、みんな普通にやってますよ」


 茂本はそう言って笑った。


 最初、相川も少しだけ「そんな方法あるんだ」と思った。


 でも聞いているうちに、だんだん違和感が強くなった。


 茂本の話し方は上手かった。


 不安を煽って、安心させて、専門用語を混ぜる。


 まるで“正しい話”みたいに聞こえる。


 でも薄かった。


 言葉が。


 誰かの人生を背負って話している感じがしなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ