第8話(後編)「隠し事」
一か月後。
秋月は駅前で健吾を見かけた。
「あれ、川村さん」
健吾は苦笑した。
「どうも」
公園のベンチ。
二人で缶コーヒーを飲んだ。
「大変でしたね」
秋月が言う。
健吾は空を見た。
「家なんか買ってる場合じゃなかったのかもしれないです」
しばらく沈黙。
「許せませんか」
健吾は苦笑した。
「正直、まだ分かりません」
「でも」
「でも?」
「蒼太の動画、毎日送られてくるんです」
秋月は黙って聞いていた。
「離乳食ぐちゃぐちゃにしてる動画とか」
「夜中に急に笑ったとか」
「昨日は寝返りしたとか」
健吾は少し笑った。
「美咲、俺には送らなくていいって言ってるのに」
「毎日送ってくるんです」
しばらくして、小さく続ける。
「たぶん……」
「俺、怒る相手間違えてたのかなって」
「過去より、“隠してたこと”に怒ってたつもりだったけど」
「美咲、ずっと怖かったんだと思うんです」
秋月は静かに言った。
「誰でも、知られたくない過去はあります」
健吾は黙っていた。
「でも」
秋月は続ける。
「夫婦は、“過去を許せるか”より、“これからを一緒に生きたいか”なのかもしれません」
その夜。
健吾はアパートのドアを叩いた。
しばらくして。
美咲が出てきた。
目が真っ赤だった。
「……ごめん」
健吾が言う。
「俺も、ごめんな」
美咲は泣きながら頭を下げた。
「本当に、ごめんなさい……」
健吾は小さく笑った。
「とりあえずさ」
「家買うの、少しやめとこう」
美咲が顔を上げる。
「蒼太が泣いても気にしなくていいアパート探そう」
「あと」
健吾は苦笑した。
「隠し事なしな」
美咲は何度も頷いた。
その後。
夫婦は少し広い賃貸アパートへ引っ越した。
壁は薄かった。
蒼太は夜泣きもした。
でも。
休日になると、三人で近くの公園へ行った。
小さな食卓を囲んだ。
笑う日も増えた。
それから二年後。
「秋月さん!」
相談ブースへ現れたのは、川村夫婦だった。
蒼太は、もう元気に走り回っている。
「こら! 静かに!」
美咲が慌てる。
「いやー、元気で」
健吾が笑う。
「今度こそ、“幸せの家”探しに来ました」
秋月も笑った。
「そうですか」
すると。
相川が蒼太へしゃがみ込む。
「大きくなったねぇ」
蒼太は元気よく言った。
「ぼく、おうちすき!」
一瞬、相談ブースが静まり。
そして皆が笑った。
相川は笑いながら秋月を見る。
「秋月さん」
「ん?」
「住宅ローンって、“家を買う”より、“家族を続ける”ためのものなのかもしれませんね」
秋月は、小さく微笑んだ。
「そうかもしれんな」




