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08_悩める死神と思わぬ目撃者

 静寂が戻った第三セクター。


 桜夜は小さく息を吐き、能力を解除する。


 パキン、と音を立てて瞳の桜の紋章が消え、全身を覆っていた黒雷が霧散する。


「くっ……」


 僅かな時間とはいえ、スロットルを開放した反動が全身の筋肉を襲う。


 だが、休んでいる暇はない。


 魔物が消滅したと同時に、この区域を覆い通信を遮断していた不自然な『隔離』の結界が、ガラスが割れるように崩れ去ったのだ。


(やはり、あの魔物自体が結界の核になっていた……? いや、誰かが意図的に仕組んだトラップ……)


 思考を巡らせる桜夜だったが、結界が解けたことで、ようやく気絶している穂香の端末からエラー音が消え、学園側との通信が回復した音が鳴り響いた。


『こちら学園本部! コモレビ、応答せよ! 第三セクターにて異常な魔導力反応を検知……無事か!?』


 通信機から焦ったような大人の声が響く。


 桜夜は急いでいつもの『底辺の桜夜』へと戻る。


 そして、倒れている乙羽たちの傍に駆け寄り、通信機に向かってわざと切羽詰まった震える声を出した。


「本部……こちらコモレビの神白です! 突然、地下から巨大な魔物が現れ……隊長月乃たちが総がかりでなんとか相討ちに持ち込みました……! みんな倒れています、すぐに救護班を!」


『なんだと!? すぐにゲートを開く! 待っていろ!』


 通信が切れ、桜夜はホッと息をつく。


(偽装は完璧ではありません。現場を詳しく調べられれば、おそらく私の戦いの痕跡がバレでしょう……)


 国王イヴによる改ざんや監視カメラの隠蔽といったサポートがない今、薄氷を踏むような状況だ。


 それでも、後悔は微塵もなかった。


 桜夜は気絶している乙羽の頭をそっと撫でる。


(どんな形でも、私は絶対にこの子を守り抜いてみせます)


 空を見上げる桜夜の胸中には、まだ見ぬ敵――魔帝王やソルベ、そして暗躍する裏切り者への静かで冷たい殺意が、激しく燃え上がっていた。



 転移ゲートの近くに全員を寝かせ、しばらく待っていると青白い光とともに、ガーディアンの救護班が数人やってきた。


「キミ! 大丈夫か?! どこか怪我をしているか?!」


「私は大丈夫です。それよりもみんなを」


 桜夜の言葉ですぐに全員の軽い応急処置が開始された。


「これは、一体何があったというのだ……すぐに運ばなければ!」


 乙羽の怪我の状態を見ていた救護班の人は、この第三セクターにいる魔物との戦闘後とは思えないほどの状態に驚愕している。


 どうやら、通信が遮断されていたことでこの第三セクターに、特A級の魔物が発生したことを知ることもなく記録も残っていなかったようであり、桜夜としては少し安堵する。


 つまり不幸中の幸いで、少なくとも世間に正体が露見することは免れたようだ。


 それに、この医師が思っているほど乙羽の状態が酷くないことは、咄嗟に衝撃を緩和させていた桜夜が一番分かっていた。


「キミ、少し話を聞いてもいいかね?」


 一通り全員の応急処置を終えた救護班の人が桜夜に話を聞こうと問いかけてきた。


「ご、ごめんなさい……私……こ、こわく……て」


 桜夜はわざと声を震わせ、涙を拭う仕草を見せた。


「ご、ごめんごめん! おじさんが悪かったよ! きっと怖い思いをしたんだね。もう聞かないから早く病院へ行こうね! さぁみんな、全員を運ぶんだ!」


 学生の力を使って見事に一時しのぎをした桜夜は、クルりと後ろを向いて担架で運ばれるメンバーと共にその場を後にした。


 ただ、この後すぐにこの救護班の報告を受けた本部が、調査隊を派遣することは確実だろう。


 そうなれば、氷漬けでバラバラの死体が特A級のベヒーモスだということがすぐに分かるはずだ。


 通常、魔物との戦闘には魔導力やギアメタルを使用するため、現場には必ず個人の『魔導力の残滓』が残る。


 『誰のどのような属性』の攻撃が致命傷を与えたのか、詳細な痕跡が記録されるのだ。


 しかし、魔導力そのものを使わない桜夜の特異な攻撃は、現場に一切の残滓を残さないため、本部がどれだけ調査しようと発生源を特定することは不可能なのだ。


 当然そうなると、コモレビに対して尋問を行う可能性が高い。


 コモレビがガーディアン正式部隊とはいえ、大人でも一小隊だけで特A級モンスターを倒せるわけがないと誰もが分かっている。


 それなのに、あの死体や現場の状態は不可解としかいえないのだろう。


 すぐに訪れるであろう、困難に桜夜は頭を悩ませていた。



 真っ白な天井と、ツンと鼻を突く消毒液の匂い。


 乙羽がゆっくりと目を開けると、そこは学園に併設された医療棟の大型病室だった。


「……ん、ぁ……」

「気が付きましたか、乙羽」


 ベッドの傍らで本を読んでいた桜夜が、パタンと本を閉じて無表情のまま乙羽を見下ろす。


 周囲のベッドでは、梓、巴瑞季、美咲、穂香の四人も包帯を巻かれた状態で、すでに目を覚ましていた。


「桜夜……? あれ、私……」

「アタシらは助かったんだよ、乙羽。……信じられねぇことにな」


 梓がベッドの上であぐらをかきながら、深くため息をついた。


 特A級指定の巨大魔物、ベヒーモス。


 ガーディアンのトップ層でなければ太刀打ちできない理不尽な暴力の前に、乙羽たちは為す術もなく吹き飛ばされたことを思い出す。


 あの時はあの場のほとんどが全滅を覚悟していた。


「でも一体どうやって助かったの?」


 乙羽の問いに、梓も巴瑞季も首を横に振る。


「ボクさ、実は見ちゃったんだよ……!」


 しかし、美咲だけが興奮冷めやらぬ様子で、身を乗り出した。


 その様子に桜夜を含めた全員が驚き、美咲に注目する。


「ボクが意識を失う前ね……フードを深く被った人が現れたの! 誰だと思う~?!」


 思わぬ美咲の言葉に、桜夜の心臓が大きくドクンと鼓動した。

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