09_正体露見の危機と、国王からの遣い
思わぬ美咲の目撃告白に、桜夜は心臓の鼓動が激しくなるのを感じた。
「フードの人物……それに氷って、まさか?!」
「その人がスッて手を挙げただけで、あの巨大なベヒーモスが一瞬で氷に包まれて……ドカンッて! 粉々になっちゃったんだよ! もうビックリしちゃったよ!」
穂香が推測を口にするより早く、美咲が目を見開いて叫んだ。
「フードの背中にはね、『第七席』の紋章があったんだよ!」
「ホ、ホンマかいな?! あの七大執政が一人、第七席の『暗黙の白姫』様やったっちゅうんか?!」
「絶対に間違いないよ! そもそも正体不明のフード姿で特A級魔物のベヒーモスを一瞬で消滅させる人なんて、この世にあの方しかいないよ!」
「あれほどの敵を一瞬で……ここまで力の差があんのか。しびれるぜ」
「う、嘘でしょ!? あの伝説の第七席が、どうして第三セクターなんかにいたの!? 私たちガーディアンの隊長にもそんな連絡入っていなかったのに! あぁ! 一言お会いしてお礼を言いたかったよぉ!」
「私も生きているうちに一度でもいいから実物を拝見したいです!」
病室が一気に騒然となる。
命を救われたことへの安堵と、雲の上の存在である最高戦力が自分たちを助けてくれたという興奮で、乙羽たちのテンションは最高潮に達していた。
その中で桜夜は、自分が第七席の衣装へ着替えていたのを美咲に見られていたわけではないと分かり少し安堵していた。
「本当にすごい! やっぱり私、どうしてもお礼が言いたいよ! ガーディアン本部に報告したら謁見の機会を作ってもらえるかも! 第七席様が助けてくれましたって!」
「せやな! どうせ明日にはあれこれ本部に聞かれるはずやから、ちょうどええやん! 現場の痕跡とか調べてもらえば、第七席様の魔導力の残債とか分かるかもしれへん!」
(…………それは、非常にマズいですね)
歓喜に沸く仲間たちを余所に、桜夜は内心で冷や汗を流していた。
特A級魔物の討伐が『第七席』の仕業だと結論づけられれば、本部の調査は一気に加速する。
なぜベヒーモスが現れたのかを調べるために現場が徹底的に精査されれば、致命的な矛盾が露呈する。
――現場に『魔導力の残滓』が一切残っていないという、異常事態が。
本来、強大な魔導力を使えば、大気中には必ずその痕跡が残る。
だが、桜夜の放つ力は既存の魔導力とは一線を画す異質の力。
もし精密調査が行われれば、破壊の起点が「桜夜の立ち位置」と一致することまで特定されかねない。
即ち、それは『第七席』と『桜夜』が同一人物であると証明するに等しかった。
「……頭を打って夢を見ていたのでは?」
「ううん! ボク絶対に見たもん! ってか、なんで桜夜は見てないの?! あの位置からなら一番近かったでしょ?! ボクは何回も白姫様の戦いを映像で見ていたからね! あの神々しい姿、絶対に見間違えるわけないよ!」
「よーし、じゃあアタシがそのことだけでもすぐ本部に連絡を――」
梓がベッド横の通信端末に手を伸ばした、その時だった。
――ガチャリ。
病室の扉が開き、室内の空気が一気に氷結したかのように冷え込んだ。
そこに立っていたのは、漆黒のスーツを隙なく着こなし、銀縁の眼鏡をかけた長身の男だった。
足音一つ立てずに入室してきたその男の胸元には、学園の教師すらも平伏す『王家直属』の紋章が輝いている。
「そこまでにしていただこうか、お嬢さん方」
「な、なんやアンタ……!」
「待って巴瑞季! この方は……」
「私は『国王の秘書』。国王の命によりここに参上しました」
秘書――そう名乗った男の静かだが絶対的な威圧感に、コモレビの面々は息を呑んだ。
桜夜は『白亜の桜』でこの者が隠密行動をしながらここへ近づいてきていることはわかっていたが、『王家直属』の紋章を持っている者は国王の手の者とわかっていたため、そのままにしておいた。
七大執政とは別にある、国王イヴが直轄する近衛部隊の長。
噂には聞いていたが、桜夜自身も対面するのは初めてだった。
「先ほどの君たちの会話、病室の外まで聞こえていたよ。……結論から言おう。君たちを救ったのは、間違いなく第七席『暗黙の白姫』様だ」
「やっぱりそうなんだ!」
秘書の言葉に、再びコモレビに笑顔がこぼれる。
「だが、この件を本部に報告することは禁ずる」
「え……?」
「それはどういう……」
秘書の冷徹な言葉に、乙羽たちは頭を傾げる。
「キミたちが被害にあったあの隔離結界と巨大魔物は、何者かが仕組んだ罠のようだ。この異常をいち早く察知された国王様が、極秘裏に第七席様を急行させた。つまり、第七席様の介入は『国王陛下の極秘任務』によるもの。君たちが下手に騒ぎ立てれば、第七席様の動向を敵に悟られることになる」
「国王陛下の……極秘任務……」
「つまり、その何者かの罠にたまたま我々は巻き込まれてしまったわけですね」
「だから第七席様はあんな場所におられて、『ついで』に私たちをお救いに……」
「理解したのなら結構。現場の痕跡はすでに我々が完全な隠蔽処理を施した。君たちは『謎の結界崩壊によって魔物が消滅し、運良く助かった』とだけ報告しろ。いいね?」
逆らうことなど許されない、国家権力そのものの圧力。
コモレビの面々は、ゴクリと唾を飲み込み、コクコクと頷くことしかできなかった。
(……正直助かりましたよ、イヴ。わざわざこの者を直接よこしたということは、何らかの理由で私と通話ができない状況だということでしょう)
桜夜は内心ホッと胸をなでおろした。
この秘書自身も第七席の正体がこの場にいる桜夜だとは夢にも思っていないだろうが、王への報告と迅速な事後処理は見事の一言に尽きる。
「理解してくれて感謝する。……それと、お前たちに国王様からのお言葉だ」
秘書が両腕で大切そうに小型モニターが付いたデバイスを向けると、そこには国王イヴ本人が映し出された。




